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幕引きは如何に ①

 シェリーは母親の面影をよく残している、というのはカーティスの弁だ。

 この父と娘は今に至るまで会ったことがない。ファランディーヌの誕生会の時も、平原にて戦が勃発しかけた時も、シナリオを思い返したところによれば顔を認識するには至っていないはず。

 マクシミリアンがシェリーに攻撃できないことはゲーム中でも語られている。二人を引き合わせることにしたのは、復讐者の良心が揺らぐことを期待したのが半分と、単純に会わせるべきだと判断したのが半分。

 そんなことは知らないシェリーは半分が消えて無くなっている大ホールと、ネージュが展開した強大な防御魔法、そしてその場にいる顔ぶれを見て驚きの表情を浮かべたが、すぐにやるべきことを見出したらしかった。


「団長殿!」


 シェリーはライオネルの側に駆け寄ると、その怪我の酷さにはっと顔を歪ませた。それでも唇を噛んで上官に治癒魔法をかけ始めた彼女の側では、カーティスと女王が言葉を交わしている。


「ライオネルはもう大丈夫ね。間に合ってくれて良かったわ」

「ご無事で何よりでございます、陛下」

「よく言うわ。絶対に無事だって知っていたくせに」


 やれやれと肩をすくめたファランディーヌは、ちらとネージュに視線を飛ばしたようだった。カーティスは聡明な女王が何を言いたがっているのかを理解したようで、見惚れるような笑みを浮かべて見せる。


「私の部下は優秀でございましょう」


 ファランディーヌも柔らかく微笑んだ。短い会話を終えたカーティスは女王と宰相に下がるよう伝えると、最後にネージュへと空色の瞳を向ける。


「よくやってくれた。レニエ副団長」


 それは見慣れた笑顔。それなのに纏わりつく血の赤が不安を掻き立てて、心臓が鷲掴みにされたように痛むのだから頷くのがやっとだった。

 どうしてカーティスが来たのか、その理由はわかっている。

 ネージュの実力では攻撃を防ぐことはできても捕らえることは難しい。自身の仕事を終えてもなお余裕があるのなら女王陛下の元に参じるというのが、全騎士に課された任務だ。

 それでもここまでの怪我をしているのなら来るべきではなかった。来て欲しくなかった。そんなことを考える資格はないとわかっていても、ネージュはついそう思ってしまうのだ。

 身勝手な言葉を口に出しそうになったので、拳を握って口を噤む。カーティスの指示を受けて防御魔法を解いたところで、もう一人の人物がやってきた。

 ロードリックは翼竜に乗って星空を駆け、軽やかな動作で剥き出しになった地面に降り立った。彼もまた血の色を滲ませている上に、色々な仕事に巻き込まれたのか息を弾ませていたが、一応は無事でいるようだ。


「ご無事ですか、マクシミリアン様! ……マクシミリアン様?」


 ロードリックは主君の側へと駆け寄って無事を確かめるべく語りかけたのだが、少しも怪我を負っていない様子のマクシミリアンが、指の先すら動かさないまま何かを凝視しているのに気付いて視線の先を辿る。

 そこにはシェリーがいた。尊敬する上官の治療を終えた彼女は、立ち上がりながらも剣を構えて怒りに燃える視線をマクシミリアンへと向ける。


「今日こそは貴殿を捕らえる。女王陛下へ狼藉を働き、数多の民を傷つけた罪を償え」


 ぴくり、とマクシミリアンが肩を震わせた。

 ハリエットが命を落としたのは十八の時。そして今のシェリーもまた、十八歳。

 亡き妻の面影を宿したまま成長した娘に剥き出しの敵意を向けられて、彼は何を思ったのだろうか。


「マクシミリアン、君はやはり覚悟が足りていない。この程度のことで隙だらけになるくらいなら、最初からシェリーを敵にするべきではなかった」


 カーティスが静かに言う。その内容を理解することのできないシェリーは怪訝そうな表情をしていたが、マクシミリアンの反応は悲痛だった。


「……黙れ」


 秀麗な顔が憎悪と憤りに歪む。血の色の瞳が揺らいで見えるのは、きっとネージュの気のせいではない。

 対照的なまでの冷静さを保ったカーティスは、ただ友を説得するべく語りかける。この行動が実を結ぶ可能性はゼロに近いと解っていても。


「シェリーは女王陛下をお守りするために命を賭す覚悟でいる。君はどうなんだ」

「……うるさい」

「この戦いに至るまで王都の民に手を出そうとしなかった。君は大切な人を失う痛みを知る優しい男だ。そんな君がシェリーを殺せるか? 自分の」

「やめろ、黙れカーティス!!!」


 引き攣れたような怒声が夜の外気を鋭く裂いた。

 ロードリックが沈痛な面持ちで唇を引き結ぶ。ファランディーヌも、クレメインも、険しい表情でただそこに佇んでいる。

 ネージュは痛みを訴える胸を鎮めようとして、両手で心臓のあたりの生地を握り込んだ。

 マクシミリアンの表情は隠しきれない悲哀を覗かせている。それでも彼が止まらないのは、憎悪がとぐろを巻く赤い瞳を見れば明らかだった。


「証明してやる。この場に居る全員消し炭にすれば、馬鹿げたことは言えなくなるはずだ」

「……そうか。それは阻止しないといけないね」


 二人の持つ剣が火花を散らしたのは、会話の終わりとほとんど同時のことだった。

 ついに始まってしまった最高戦力同士の戦いに、ネージュは握り締めた両手に力を込める。

 できればこんなことにはなって欲しくなかった。何せ真ルートのラストでは、シェリーを庇って重傷を負ったカーティスの最期の攻撃によって、マクシミリアンは死という安寧を得るのだから。

 ロードリックは既に戦いの場から間合いを取って、険しい瞳で戦いの行方を見守っていた。ネージュの視線に気づいた彼はふとこちらを振り返ると、目を伏せて首を横に振って見せる。

 どうやら戦う意思が無いらしいと知ったネージュはそっと息を吐いた。思い上がりかもしれないが、ロードリックはゴードンを救出した時の恩を返してくれたのかもしれない。あるいは、彼もまたマクシミリアンを止めたがっているのかも。

 もしそうならいくらでも可能性はある。ここには切り札たるシェリーもいるのだから、マクシミリアンの隙を突くチャンスは必ずやどこかにあるはずだ。

 それでも体の奥底が冷えていく。鋼が合わさる音が響くたび、青と赤の炎が交錯して血が舞うたび、心臓が嫌な音を立てて目の前が霞む。

 それでもしっかりしなければならない。失敗は許されないのだ。ここでマクシミリアンを捕らえられなければ、悲劇の火種がこの先も燻り続けることになる。

 しかしそんな時に限って、珍客は突然やってくる。


「マクシミリアン様、伏せてください!」


 星空の中から突如として現れたミカが声高に叫ぶ。

 どうやら隠しの魔法を施していたらしい。予想しない登場に驚いた一同が上を見上げた時には、既に極大魔法による無数の風の刃が放たれたところだった。

 ミカはマクシミリアンに忠実な騎士だ。主君がこの国の王たるべきと信じ、その障害になるものは徹底的に排除する。

 ネージュはとっさに防御魔法を展開したのだが、驚くべきことが起きたのはその瞬間のことだった。

 シェリーが自身に小さな防御魔法陣をかけて走り出したのだ。まずいと思ったのと風の刃が降り注いだのは同時で、防御魔法の向こうはすぐに土煙に隠れて見えなくなった。

 ファランディーヌもクレメインも、そして倒れたままのライオネルも防御魔法の内側で無事だ。

 それなのにシェリーがいない。彼女の防御魔法ではミカの極大魔法を防ぐことなどできないというのに。


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