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女王と復讐者と ②

「叔父上、貴方は王位になど少しの価値も見出してはいない。貴方の目的は我が父の目論見を潰すこと。先王アレクシオスが自身こそを直系とすべく企てた愚かな計画を」


 ネージュは声もなく琥珀の双眸を見開いた。

 まさか、彼女が知るはずはない。マクシミリアンの口から語られて初めて知ることのできる真相を、どうして。

 マクシミリアンは特段の驚きを示さなかった。ただ仄暗い瞳に憎悪の輝きを乗せ、皮肉げな笑みを浮かべて見せる。


「……そうか、女王陛下。貴女はご存知だったか」

「ええ。だって全く私に関わろうとしなかった貴方が、急に謀反だなんておかしいもの。少しずつだけど、調べていたのよ」


 ゲームにおいて女王陛下に謀反の動機を知る様子はなかった。現にカーティスも知らないと言っていたはずだ。最後の戦いにおいて真相を得た彼女は、深い絶望と後悔を抱いて一人生きてゆくことになる。

 狼狽えるあまりに視線を滑らせたネージュは、とある人物に目を留めた瞬間に全てを悟った。

 宰相クレメイン侯爵。有能で忠実な女王の懐刀。最初の宣戦布告の際にファランディーヌを庇って死ぬはずだった彼が、本来の仕事を果たしたのか。


「それで、どうなさるおつもりか。まさか俺のために死んで下さるわけでもないだろう」

「ええ、それはできないわ。私にはやるべきことがあるから」


 マクシミリアンが両目を眇めた。どれほど重大な使命があるのかと試すようなその色に怯むことなく、ファランディーヌはにっこりと微笑んで見せた。


「まずは魔道車を敷くの。せっかく城壁が壊れたんだもの、活用しなくちゃ。いずれは国中に張り巡らせて、全ての民が労なく移動できるようにするのよ」


 藤色の瞳が未来を見据えて輝いている。自身の人生が続くことを、そしてこの国の繁栄を信じて疑わないその様子に、マクシミリアンまでもが呆気にとられたようだった。


「魔具の生産力も上げたいわ。工業を発展させれば働き口も増えるし、同時に公共施設も整備しましょうか。そうそう、成人年齢を引き上げようと思うのよね。中世の様式をそのままにしているからおかしなことになるのよ、だって十三歳ってまだまだ子供じゃない? そうつまり、法も整備しなくちゃいけないわ。酷いのよ、中世の法が放りっぱなしで」


 ファランディーヌはゆっくりとした口調で長い理想を語る。彼女が増援の到着を見越して時間を稼ごうとしているのは明白で、ネージュは緊張を解かないまま聡明な女王の作戦に身を委ねることにした。


「ねえ、そういえば叔父上はご存知? 通称で『復讐法』と呼ばれていた法律があることを」


 まるで台本でもあるかのように語りを続けていたファランディーヌが、ふと不敵な笑みを浮かべた。

 その表情に明らかな含みを感じたネージュは彼女の言うことを考えてみる。復讐法……はて、聞いたことがないが随分と物騒な通り名だ。


「刑法204条から228条までに記された法律よ。平たく言えば一親等の親族を失った場合において復讐を認めるという物騒な内容なのだけど」


 ——なにその江戸時代みたいな制度?


 ネージュが呆気に取られている間にも話は続く。いわく、その法律は100年以上前の刑法改定の際にどさくさに紛れて見過ごされ、錆びついて忘れ去られていたらしい。その復讐は罪に問われることはないが、当然ながら復讐される側にも権利が与えられているのだと。


「復讐を受ける者が生き残った際には、復讐を成そうとした者の処遇を一任する。凄くリスキーでしょ? たまーにこの法律に則って復讐しようとした者もいたのだけど、大抵失敗して酷い目にあうか、成功しても殺した相手の家族に殺されてしまうから、どんどん忘れられていったみたいね」

「……何が言いたい」

「つまりね、私は貴方を捕らえた上で貴方を許すからよろしくって言いたかったの。これが私にできる父上の尻拭い……叔父上への精一杯の償いよ」


 反逆者は死刑。しかし女王はその「復讐法」とやらに則って、復讐者を許すのだと言う。

 ネージュはマクシミリアンを死なせない方法をずっと考えていた。しかし名案はついに浮かぶことはなく、反逆者を捕らえた後の計画は未定のまま。まさかファランディーヌがその悩みを払拭してくれるとは思いもしなかった。

 女王の泰然とした笑みと、その側に控える宰相の苦虫を噛み潰したような表情を見て、ネージュはとある記憶を蘇らせる。

 つい最近、シェリーと共にランチに呼ばれた時のこと。

 ファランディーヌとクレメインが何やら相談をしていたのだが、あれはこの法律を探し出し、マクシミリアンを許すという意思確認をしていたのか。


「なるほど、よくわかった」


 地を這うような低い声が空気を震わせた。ファランディーヌはそれでも笑みを絶やすことなく、小動物の如き愛らしさで小首を傾げている。


「お気遣い痛み入るが、俺は貴女の償いなんてものを望んじゃいない。貴女個人に恨みがあるわけでもない。ただ、あの男の馬鹿げた計画を潰えさせるまで……俺には死ぬ権利がないというだけのことだ」


 マクシミリアンが剣を構える。血の瞳はもはやなんの感情も映してはおらず、ただ淡々と復讐の対象を見据えている。

 彼は死にたがっているのだ。この血塗られた人生から解放される時を待ち望んでいる。


「捕らえてから言ってみろ、女王。俺はお前を殺すまで捕まってやるつもりはないぞ」


 突きつけられた剣の先に真紅の火球が出現した。攻撃が始まろうとしていることを瞬時に悟ったネージュは、集中を高めようとして。

 その瞬間、バタバタと響き始めた足音を聞き留めた。


 鬼気迫る表情でドアをぶち破ったのは二人。彼らはネージュがここ最近で最も深く関わった人達であり、この復讐劇の主役とも言うべき人物でもあった。

 シェリーはほとんど怪我は無いようだが、カーティスの有様を見ればどれほどの激戦をくぐり抜けて来たのかは容易に想像がついた。顔や手は朱色に汚れ、紺の騎士服が黒く染まっている。治癒魔法は施したのかもしれないが、この出血量では全快とはいかなったのではないか。

 それなのに彼はここに来たのだ。理不尽な運命によって道を違えた親子の邂逅を見届けるため。そして友を死なせないために。


「ハリエット……」


 計画の大目標は的を射たものだったらしい。マクシミリアンはシェリーを目にするなりそう呟いて、剣を構えた腕から力を抜いたのだから。


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