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我々だって騎士ですから

 女王を守る役目を買って出たのはネージュだった。

 もちろん今も護衛の騎士がファランディーヌを守っている。それでもマクシミリアンが到着すれば歯が立たないことは明白なので、無尽蔵の魔力を持つネージュが防御魔法を張れば限りなく安全だ。戦力を分散することもできるし、この配置に否やを唱える理由はないはず。

 それなのに、カーティスは最後まで難色を示していた。何か予期せぬ魔力の不具合が起きたらまずいと言って、住民の避難に徹するべきだと主張していた。

 必死に食い下がって役目をもぎ取ったのは自分自身なのだ。だからこそ失敗は許されない。


 ネージュは教会の階段を一段飛ばしで駆け下りて王宮へと向かう。

 先程は西の方角からはっきりと爆発音が聞こえた。唯一残した城壁の側にはフレッドの部隊が展開しているはずだが、おそらく避難に人数を裂かなければならない都合上、全ての敵を押し留めるのは難しいだろう。

 人の流れは完全に逆を向いており、なかなか走る速度が上がらない。それでも避難の邪魔になるわけにはいかないので、なるべく道の隅を選んでなんとか人混みを掻き分けていく。

 もう少しで王宮へ辿り着こうかという頃、右後方から炸裂音が聞こえてきた。何事かと振り返ったネージュの視界に飛び込んできたのは、民家の屋根の上に佇む男の姿だった。

 ゴードンだ。あれほど衰弱していた彼もすっかり元の調子を取り戻したのか、後ろには大勢の部下を従えて、堂々とした立ち姿を見せつけている。

 反射的に防御魔法を張ったのは、ゴードンが雷魔法を発動させる僅かに前のことだった。

 雷光の軌跡が防御魔法に弾かれて、恐怖に引き攣った住民の顔が照らし出される。ネージュに対してのみ加えられた攻撃ではあったのだが、バリバリという轟音と共に複数の悲鳴が響き渡ってしまっては、もうパニックを押しとどめることは不可能だった。

 逃げ惑う人々の列から逃れ、ネージュは塀や雨どいを伝ってすぐ側の屋根の上に飛び乗った。道路を挟んで相対したゴードンは瞳を厳しく細めて、彼にとっては初対面である女を睨み据えている。


「……貴方とは、どこかで会ったか?」

「ヒトチガイデスネ。ワタシトアナタハショタイメンデス」


 声でバレそうだったので思わず棒読みで言葉を返す。ゴードンは訝しそうにしたものの、すぐに剣を構えてくれた。


「そうか。……ならば、やりやすい!」


 ゴードンの剣先に電撃が走るのを見たネージュは再度防御魔法を展開しようとしたのだが、ここで驚くべきことが起こった。

 目の前に何かが立ち塞がる。突然のことに呆気にとられているうちに、防御魔法が展開されていく。またしても雷鳴が轟いて閃光が迸る中、目を焼くような光に照らし出されたのはよく知る部下の姿だった。


「ルイス!? それに、アルバーノも……!」


 どうやら二人掛かりで防御魔法を展開して防いでくれたらしい。ルイスとアルバーノは少しだけこちらを振り返ると、満足げな笑みを浮かべて見せる。

 いつの間にか部下たちがネージュの周りに集っていた。あるものは地上にて避難誘導に勤め、またあるものは屋根に上がってゴードンたちを睨み据えている。


「ここは俺たちの担当だぜ、副団長」

「レニエ副団長はご自身の任にお戻りください」


 堂々と笑う二人の向こう、隣の屋根の上にマルコの姿もあった。少年騎士は厳しく眉をしかめつつ、ゴードンに向かって剣を突きつけるという暴挙に出る。


「僕は近頃やけくそ気味なので、ぜんぜん貴方なんて怖くないです! 幹部だろうがなんだろうが、僕が倒してやりますよ!」


 ——マルコ、一体どうしたの!?


 危うくツッコミの声を上げそうになったネージュは、「だそうだ。あいつに任せて俺たちは逃げるかね」とアルバーノが冗談を飛ばしてくれたことによってぎりぎりで口を噤んだ。


「冗談はやめてください。相手は幹部ですよ」

「お前は本当にクソ真面目だな、ルイス。わかってるよ、俺たちがなんとかするしかねえよな」


 班長二人はどうやら覚悟を決めているらしかった。彼らの瞳に強固な決意を見て取って、ネージュは顔色をなくして彼らに詰め寄った。


「何言ってるの……!? そんな無茶させられないよ!」

「大丈夫だって、数は揃えてきたし。副団長の代わりくらい務めてみせるよ」


 アルバーノが軽快に笑う。

 彼の強さはよく知っている。けれど。


「レニエ副団長、我々は騎士ですよ。騎士の本分としてレディをお守りします」


 そしてルイスまでもが、冗談を口にして笑顔を見せるから。


「やめてよ……そんなこと、今まで一度も言わなかったじゃない!」


 彼らはずっとネージュを対等に扱ってくれた。

 女だからとか平民だからとか、そんなことで一度だって見下したりはしなかった。それなのに、こんな時だけ女性扱いしないで欲しい。


「やれ、ルイス!」

「ええ!」


 ルイスが呪文を唱えたことによって、ネージュの周りを風の渦が包み込んだ。容赦なく吹き荒れる風の音に負けじと、腹の底から声を張り上げる。


「ねえ、待ってってば……! ルイス! アルバーノ!」


 悲痛な訴えを聞く者はいない。風の壁の向こうに見える彼らは皆が笑みを浮かべていて、誰もが何の憂いも抱いていないようだった。

 皆のことを守りたい。でも行かなければ。相反する気持ちに整理がつかないまま、ふわりと体が浮き上がる。

 王宮に向かって吹き飛ばされながら、ネージュはあらん限りの大声で命令を下した。


「絶対に、死なないでよ! 死んだら、死ぬまで許さないから……!」





 いつしかルイスは魔法の腕を上げていたらしい。

 正確な軌道で空中を旅したネージュが着地したのは、見知った王宮の前庭だった。吹き飛ばされたせいで髪紐がなくなって、ミルクティー色の髪が視界をちらついている。

 左右対称に整えられた庭も今は雪化粧を施されて白に溶け込んでいた。人気がなく静まり返っているのは既に臣下たちが避難を終えた故か。


「みんな……無事でいてよ……!」


 ネージュは雪を踏みしめて走り出した。

 早く、早くしなければならない。送り出してくれた彼らのためにも、絶対にファランディーヌを守り抜くのだ。


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