大立ち回り ①
最後の会議は非常に有意義なものになりそうだ。手渡された資料を読み終えたカーティスは、小さな笑みを浮かべて有能な部下たるネージュを見つめた。
バルトロメイも同じような顔をして資料から顔を上げたところだった。彼が育てた年若き副団長は事務仕事でも力を発揮してくれるのだから、きっと得難いほどに助けられていることだろう。
「わかりやすいね。時系列に沿ってよくまとめてある」
「それは閣下が未来にて立案した作戦です。見てきたままを記しました」
「ああ、そうなのか。そう言われると不思議な感じがするね。……なるほど、未来においても一応は黒豹騎士団が王都を襲う可能性については考えていたというわけか」
「はい。ですが、魔獣が来るとは想像すらしていなかったので、大変な劣勢とならざるを得ませんでした」
そしてその結果多数の命が失われる。王都の民も全てを救うことはできず、逃げ遅れた住民や街全体に多大なる損害が生じたのだという。
しかし今回は状況が違う。死んでいったはずの騎士たちは全員が生き残り、戦力としては十分に対抗しうるだろう。
「ふむ、やはりなるべくネージュの見てきた未来とは違う行動をとるべきだろうな」
バルトロメイの言うことは単純なようで真を突いていた。
ようは裏をかくことが重要なのだ。この闘いの流れから意図をくみ取って、相手の狙いが果たされないようにしてやればいい。
「ええ、バルトロメイ団長。当然ながら彼らは女王陛下を狙ってくる。ただその一点が果たされればどうでもいいと言う捨て身の攻撃ですから、全てがそのために企てられていると考えるべきでしょう」
カーティスは言いながらもじっと資料を見据えた。
魔獣を操るリシャールの護衛はロードリック。転移魔法を扱えない平騎士達も、魔獣と共に空路を飛んでやってくる。イシドロとミカ、そして下級幹部を筆頭とした別働隊が街で暴れ、マクシミリアンは直接女王を狙う。
随分と主君の周囲を手薄にした布陣だ。マクシミリアンの実力ならそうおかしな話ではないものの、その潔さが妙に引っかかる。
「陛下の守りを薄くするために、王都に攻撃を加えたのか……?」
口をついて出たのはあまりにも真実味のある推測だった。
カーティスにはわかるのだ。マクシミリアンは復讐を邪魔立てされたくないと思っているが、特に王都の民に恨みを抱いているわけではない。ただ確実に女王を排するため、使えるものはなんでも使うという覚悟を固めているだけのこと。
「そういうことかもしれんな。魔獣なんてものに来られては、我々も戦力を割かざるを得ない」
バルトロメイも同じ結論に至ったらしく、なんて奴らだとばかりにため息をついている。
魔獣の召喚は簡単には成し得ない偉業だ。その理由がただの囮とは、バチが当たってもおかしくない暴挙と言える。
「それでは、重要なのは魔獣が王都に到達する前に倒すこと、でしょうか」
ネージュが思案げに口元に手を当てる。戦いにおいて冷静さを失わないからこそ、彼女は本当に頼もしい存在なのだ。
「そうだね。住民を守りながら魔獣を倒すとなると、人手がいくらあっても足りない。レニエ副団長、魔獣の襲撃がどの方角からだったかは覚えているかな」
「……確か、西です。そこまで細かいことだと、うろ覚えなのですが」
ブラッドリー領は西に位置する。彼らの本拠地がどこにあるのかは未だに知れないが、西からの襲撃は真実味のある予測だろう。
カーティスはこの時点で既に決めていたことがあった。それは魔獣の相手は己が務めるのだということ。
それを告げた時、ネージュはどんな反応を見せるだろう。少しでも心配してくれたなら、こんなに嬉しいことはないのだが。
*
王都を目前にした荒野にて、巨大な獣が宙に浮かんでいる。
身の丈は自身の二十倍程もあるだろうか。カーティスは苦笑しつつ、ギラギラと輝く金の眼光を泰然と見上げた。
体色は紫紺。全身が鱗に覆われて煌めいており、大地を割るための太い四肢にはこれまた立派な爪が生えている。全身から放たれる気は禍々しく、闇の眷属であることを語らずとも物語っていた。
こんな巨大な獣を一人で相手取るなど正気の沙汰ではないのだが、部下を犬死させる訳にはいかないのだから仕方がない。カーティスは召喚して間もない今、まだ黒魔術師も扱いきれていないうちに、とっとと倒してしまうつもりなのだ。
「中々の佇まいだな。相手に取って不足なしだ」
「違うよハンネス、君の担当はあっち」
隣に仁王立ちになったハンネスが不敵に笑うので、カーティスは魔獣のすぐ隣を視線で示した。
そこには翼竜に乗って飛ぶロードリックと、三百から成る黒豹騎士団員たちがいる。彼らの相手をしながら魔獣を掃討するのは流石に厳しいため、今回はハンネスとの共同戦線だ。
「……随分と早いお出ましだな、アドラス、オルコット。どんな魔法を使った?」
ロードリックが空中から苦々しげな声を放る。その言葉に呼応したのはハンネスで、彼もまた素直な疑問の視線を寄越してきた。
「それは俺が聞きたいぞカーティス。未来を見てきたような慧眼ぶりは、いったいどうやって身につけたんだ?」
「いやあ、たまたまだよ。見張りを増やした途端に来てくれたんだから、幸運だったね」
一分の隙もない笑顔で誤魔化しておいたのは、真実は墓場まで持って行かなければならない程の重大機密だから。
ロードリックは変な顔をしたが一応納得してくれたらしい。そんなことよりも急がなければという思いが、彼を駆り立てているのだろう。
「リシャール、魔獣に攻撃をさせろ! 力を確かめるのにもちょうどいい!」
ロードリックの命令に反応して、魔獣の上に彩りを添えていた白がピクリと動いた。どうやらあれがリシャール・バルニエらしいが、遠すぎて顔貌も判別しにくい。
「………、………………………」
「良い。責任は私が取る」
声が小さすぎて全く聞こえなかった。話の流れから推測して「上手くいかないかも」というような事を言ったようだが、リシャールの憂いは現実のものとなるだろう。
何故なら、カーティスはここで死ぬつもりはないからだ。
「ハンネス、周りは頼んだよ」
「ああ。せいぜいお前の足を引っ張らんよう、頑張って働くとしよう」
言うなり、ハンネスは雷の極大魔法を発動させた。
煌々と輝く魔法陣が百もの数でもって展開していく。それらは絶妙なコントロールによって電撃を放ち、まさしく電光石火の速さで魔獣の周囲を飛ぶ騎士たちへと迫った。
炸裂音がした瞬間、辺り一帯が真昼のような明るさに照らされて、まともに電撃を食らった黒豹騎士団員が翼竜ごと地面へと落下していく。全員を気絶させるには至らなかったものの、その戦力は半分ほどにまで削られることになった。
ロードリックにとっては想定内の出来事だったようで、別段の動揺を見せないまま部下へと指示を飛ばしている。
「各員前進! 隊列を崩すな!」
這々の体ですり抜けていく騎士たちを引き止める気は無かった。西側のみ残された城壁の前ではフレッドとその部下たちが待ち構えているはずで、副団長たるもの平騎士に負けることは許されていないからだ。
「アドラス……!」
ロードリックが苦々しげに呟く。彼はカーティスに攻撃を加えようとしたが、眼下からハンネスの魔法が発動されたことに気付いて防御魔法へと切り替えた。
「ロードリック! お前の相手はこの俺だ!」
「ちっ……! やりにくい相手だ……!」
雷をまともに受けた防御魔法陣が眩い光を放って鳴動する。直情型は苦手であろうロードリックが舌打ちをしたところで、ようやく魔獣に動きがあった。
どうやら攻撃の指示を出して動き出すまでに時間がかかるようだ。大きく開いた口に強大なエネルギーの塊を見つけたカーティスは、ひとまず風魔法を発動させると一気に魔獣の頭の上にまで浮き上がった。
同時に魔獣の口から炎が放たれる。音速に近い速さと思しき炎は先程までカーティスのいた場所を焼き払うだけでは飽き足らず、そのまま大地を駆けて長大な赤を敷いて見せた。
雪化粧の白が火の道を中心として瞬く間に蒸発していく。空高くにまで熱風が押し寄せて、皮膚の表面をチリチリと撫でた。




