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死亡フラグは序盤からやってくる ③

 シェリーの翡翠の瞳がこちらを射抜く。その顔には動揺が滲んでいて、ネージュの心中に罪悪感を募らせた。


 ——心配かけてごめん、シェリー。そして攻略対象のみなさん、ヒロインと親睦を深める機会を奪って本当にごめんなさい。でもこれしかないの。大丈夫、生きていれば恋なんていくらでもできる!


 そう、この偵察任務はシェリーと攻略対象の初のデート……にしては殺伐としているが、れっきとした恋愛イベントでもある。最も好感度の高いキャラが一緒に来てくれて、胸キュンなシチュエーションが目白押しだったのに。

 ネージュは感情を押し殺して会場中を見渡し、最後にクレメインにぴたりと視線を据えた。さあ、立候補は済んだが、ここからどうなるか。


「レニエ副団長、貴女は病み上がりです。それに、副団長程の実力者が赴く任務ではありませんが……」


 クレメインは瞳を戸惑いに揺らしていた。その反応は想定内だったので、ネージュは畳み掛けるように身を乗り出す。


「だからこそです。ブラッドリー公爵の異変に気付きながら此度の騒動を防ぐことができなかった失態は、自身の献身を持って返上したく存じます」


 出来る限り堂々として見えるように言い切ったものの、全員を納得させるには至らなかったらしい。特に難色を示したのが、治癒魔法使いたる第四騎士団の二人だった。


「レニエ副団長、あなたはまだ寝ていた方がいいくらいなのですよ」


 エスターが心配そうに眉を下げる。対面に腰掛けた副団長ヤン・レンフォールドも、神経質な性格をよく表した鼠色の瞳をすがめて見せた。


「理解に苦しむ。体調のせいで失敗をしても言い訳にはなりませんが」


 この男も物言いはきついのだが、実は真心ある好人物なのだ。エスターとは違って本当に心配して言ってくれているのだろう。


「よしなよ、レニエ副団長。下のもんにまかせりゃいい」

「その通りだ。副団長たるものが、そう簡単に持ち場を離れるな」


 フレッドも呆れ顔をしているし、ライオネルに至っては眉間に皺を寄せて不愉快そうだ。

 これは本来シェリーが受けるはずの糾弾。まったく、こんなことを好んでやる気が知れない。本当に彼女は正義感に溢れていて、ちょっと無鉄砲だ。


「偵察任務なら新人の折に経験しました。体調は一切問題ありません。お役に立ちたいのです。どうか、私にその任務をお任せ下さい!」


 ネージュは猛然と頭を下げた。友のために。彼らを失いたくないと思う自身のために。

 ここまで言ったのだから、皆もそうは反対などできはしまい。


 ——なるべく一人で行きたいな。次々と危険を回避してたら変に思われるかもしれないし。


 ネージュはそんなことを呑気に考えていたので、見事に反応が遅れてしまった。


「そうか、ここまで覚悟が据わっているなら異論はない」


 穏やかに話し出した低音はカーティスのもので、ネージュは導かれるようにして顔を上げた。


「私も行くことにするよ。いいかい、レニエ副団長」


 端正な顔が有無を言わさぬ笑みを描いている。

 あまりにも予想外の展開に、ネージュは呆けた顔を晒すしかなかった。


 *


 とんでもないことになってしまった。

 ネージュは額を押さえつつ廊下を歩いていた。会議が夜通し行われたこともそうだが、まさかの事態に目眩がおさまらない。

 カーティスによれば、ブラッドリー公爵の居城は幼い頃に遊びまわったため、裏道も含めて知悉しているらしい。

 それならハンネスでも可能なのだが、彼は奥方が身籠っているため却下となった。あと性格的に隠密行動に向いていない。うん、これは正しい決定だ。

 だがしかし。王立騎士団を統括するカーティス・ダレン・アドラス程の者が、偵察任務とは流石におかしくないだろうか。

 ああ、一日目にしてこんなに本来のシナリオから逸脱してしまうとは。せめてシェリーと一緒に行けたら、もう少し話が逸れずに済んだはずだったのに。


「はあ……」

「ネージュったら、大きなため息ね。自分で名乗り出たのに」


 シェリーが呆れ顔で隣を歩いている。白の騎士服に身を包んだ彼女は、徹夜などものともしない美しさだ。


「だって、まさかアドラス騎士団長閣下と一緒にだなんて」

「騎士団長閣下の事、尊敬してるって言ってたじゃない」

「だからこそだよ。あまりにも偉大な存在すぎて尻込みしちゃうというか」


 カーティスは全騎士団員憧れの存在であり、幹部ですら畏敬の念を抱く絶対的リーダーだ。

 とにかく強い。魔力の保有量が半端じゃない。しかもその心根は気高く、誰にでも公平に心を配り、常に努力を怠らないばかりか物腰柔らかで超美形。

 完璧だ。そしてその人柄は、血が繋がらないはずのシェリーにしっかりと受け継がれている。

 それにネージュにとっては騎士を目指したきっかけそのものでもある。サブキャラ同士の関係に隠された話があったとは驚きだが、過去だけは揺らぎようがない。


「緊張する……失敗したらどうしよう……」

「ネージュなら大丈夫よ。それに知ってるでしょ、けっこう気さくな人なのよ。この際大いに役に立って貰えばいいじゃない」

「うう……そんなことできないよ」


 ネージュは背を縮めたが、シェリーは面白そうに笑っている。


「私ね、本当は立候補しようとしてたの。ネージュに先を越されちゃったけど」


 本当にシナリオ通りなのだと改めて知らされて、ネージュは小さく息をのんだ。


「私たちって似た者同士みたいね。同じ志の仲間がいるって、すごく嬉しいことだわ」


 ——違うよ、シェリー。私はあなたと似た者同士なんかじゃない。


 ネージュはこの先の展開を知っているから、必要な行動を取っているだけのことなのだ。そこに目的はあっても誇りはない。

 友の罪悪感など知る由もないシェリーは、朗らかに笑って肩を叩いてくれた。



 *



 仮眠をとって夜、ネージュは無機質な小部屋に佇んでいた。身に纏うのは平民然としたワンピースと背中に背負った鞄、スカートの中に隠した短刀のみ。

 隣に立つのは騎士団長カーティス。彼もまた簡素なシャツにベスト、綿のズボンを身に付けていたが、気品のある佇まいは健在だ。

 今から彼と共に偵察任務に向かう。現実のものとは思えない事態だが、今更やめるわけにはいかない。

 床には膨大な情報を含んだ魔法陣が記されていた。二人がその中央に進み出ると、足下の陣が俄かに輝き始める。


「さてと、それでは頑張ろうかな。よろしく、レニエ副団長」

「は! 精一杯努めさせて頂きます!」


 気楽な笑みを浮かべるカーティスに向かって、ネージュは気合も新たに敬礼した。その瞬間に視界が光の渦へと飲み込まれていったので、尊敬すべき上官の反応を見ることは叶わなかった。


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