落ち込んでも仕方がない
「おい、カーティス。何だその辛気臭い顔は」
騎士団長執務室に入ってくるなり顔をしかめたハンネスに、カーティスは別段表情を変えることなく書類から目線を上げた。
「なあ、ハンネス。君は奥方をどうやって口説いたんだい?」
「……はあ?」
まるで幽霊でも見たような視線を向けられたが、特に何とも思わなかった。ハンネスは書類の束を執務机に積み上げてから、一言断りを入れて応接用のソファに腰掛ける。
「お前、本当にカーティスか? 俺の友は仕事中に色ボケるような男ではなかったはずだが」
「残念ながら本人だよ。友だと思うなら、何も言わずに答えてくれないか」
明らかに沈鬱な様子の友に豪放磊落な男も思うところがあったらしい。ハンネスは一拍だけ考える間を取ると、すぐに堂々とした態度でこう言った。
「そんなもの、愛している結婚してくれと言っただけだ。それ以外にどんな言葉がいる」
「……君に聞いた私が間違っていた」
カーティスはげんなりとした様子を隠す気すら起きなかった。世の男が全員それをやってのける勇者なら、誰も悩みなんてものを持ったりはしないだろう。
「お前、噂になっているぞ」
「ああ」
「レニエ副団長と付き合っているのか」
「付き合ってない。レニエ副団長は我が家に住んでいるのかと聞かれたから、そうだと答えただけだよ」
マルコと言う名の年若い騎士は、どうやら決死の覚悟で騎士団長に話しかけてきたらしかった。
かの青年が自身の上官に想いを寄せているのは明白だったので、牽制の意味も込めて笑顔でそうだと言っておいたのだ。
「なるほど、つまりは焦りすぎて逃げられたということか。格好のつかん話だな」
ずばり状況を言い当てられて、カーティスはつい友の強面を睨み据えてしまった。
珍しくも負の感情を表に出している騎士団長を前に、親友兼部下はさも面白いものを見たと言う顔をしている。
「前言っていた、女性を泣かせたというのは彼女のことなのだろう」
「……そうだよ。次々と言い当てて楽しそうだね、君は」
「ああ、楽しい。騎士団長閣下の醜態なんぞ、そうそう拝めるものではないからな」
ハンネスがニヤリと口角を上げる。その意地悪げな笑みにますます苦い想いを抱いて、カーティスは意味もなく視線を机上へと落とした。
まさしく醜態というべき姿を晒している自覚はある。考えてみれば、今まで女性を口説き落とそうと躍起になったことなど一度もなかった。それでもある程度は上手くやれるはずだと思いきや、実際は翻弄されるばかりで何一つとして思った通りにいかなかったのだ。
あんな風に勢いだけで気持ちを伝えるつもりはなかったのに、ネージュが出て行くなどと言うからつい冷静を失ってしまった。十代の子供でもあるまいし、もっと紳士的な態度を取れなかったのだろうか。
「まあなんだ、中々に見る目があると思うぞ。応援するから頑張れ」
「……もう既に引かれている気がするんだが、そういう場合でも君の応援は有効か?」
ネージュはいつ逃げ出そうかそわそわとしている様子だった。想い人の態度に密かに傷ついたカーティスは、それと同じくらい自身の不器用さにも失望したものだ。
しかし哀れな男に対して、ハンネスは堂々とした笑みを浮かべて驚くべき事実を告げてきた。
「大丈夫だ、俺はパトリシアに三回振られた。四回目までは粘ってみろ!」
あまりにも凄すぎる逸話に、カーティスは思わず絶句してしまった。
確かに振られた末にようやく承諾がもらえたと言っていたような記憶はあるが、三回とは。
「ちなみに、何と言って振られたんだい……?」
「暑苦しい男は好みではないと言われたな!」
「君の精神力は一体どうなっているんだ」
何という無慈悲な断り方だ。そこまでばっさり切り捨てられてもめげないとはどう考えても尋常ではない。しかし得難い強さであることもまた事実で、カーティスは呆れ半分ながらも友への尊敬を新たにした。
「ハンネスは凄いな。羨ましいよ」
「何、俺とて傷つかないわけではない。だがまあ、惚れていたからな。諦められないのなら追いかけるしかなかろう」
ハンネスの言う事はもっともだった。
諦められないのなら行動するしかない。それは日を追う毎に増し続ける想いを鑑みれば、すぐにでもわかることなのだから。




