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諦めたい乙女と焦る騎士団長 ③

 すぐには反応すら返すことができなかった。切実さを伴って輝く空色と告げられた言葉が結びつくまで、ネージュはただその場に立ち尽くしていた。

 平凡な女を高潔な騎士様が見初めてくださるという乙女ゲームのような奇跡は起こらない。そんなことくらい前世からの経験で百も承知だ。だから。


「……いま、なんと仰いましたか」

「君のことが好きだ、と」


 なかなか要領を得ないネージュに可笑しくなったのか、カーティスが口の端に苦笑を浮かべる。

 頭のてっぺんから魂が抜け出ていくような心地すらした。まともな思考は働かなくなって、言語機能が幼児レベルにまで退化していく。

 どうしよう、意味がわからない。好きってどういう時に使う言葉だったっけ? ああそうか、聞き間違いか。あるいは冗談とか——。


「一応先回りして言っておくけど、聞き間違いでも冗談でもないよ」


 ネージュは心を読まれたのかと思った。

 そこまではっきり言われてしまっては否定材料は一つしか浮かんでこず、衝動的に口を開く。


「でっ、ですが、以前にレンフォールド副団長との仲を取り持とうとなさったではないですか……!」

「なんだ、やっぱり聞いていたんじゃないか」


 苦笑するままに指摘され、失言であったことを悟ったネージュは顔を白くした。

 そうだ、あの時は泣いたことを強引に誤魔化して、その場から逃げ出したのだ。嘘であったことを自ら暴露してしまった。馬鹿にも程がある。


「あれは自分なりに諦めようとしていた時期だったんだ。君はシェリーの友達で、部下で、前途ある若者だから。……けど、そういうのはもうやめた。何もせずに諦めるのは無理なんだと気付いたからね」


 相変わらず何一つとして理解できないまま、ネージュはじわじわと頬を染めていった。思考回路が麻痺しているはずなのに何故か涙腺が刺激され、目に薄い膜が張ったのを感じる。


「ところで、聞いていたのならどうして泣いたのかな」

「う……そ、れは」

「私が泣かせてしまった?」

「そういう、わけでは」


 しどろもどろになって視線を左右に彷徨わせつつ、ネージュは足を一歩引いた。するとカーティスも一歩踏み出してきて、足の長さの差の分だけ距離が縮まってしまう。


「そんな言い方では駄目だ。はっきりと否定しないと調子にのるよ」


 笑みを消した表情が余裕の無さを表して見えるだなんてとんだ自惚れだ。

 ネージュは無意識のうちに踵を返そうとしたのだが、今度は逃げることなど叶わなかった。長くたくましい腕が伸びてきて壁を衝き、熱を帯びた空色の双眸が至近距離に迫る。


「何か言って。……レニエ副団長」


 思わず壁に背を押し付けたところで、ネージュは現在の状況にようやく思い至った。


 ——これはいわゆる、壁ドンというやつなのでは?


 ぶつん、と何かが耳元で切れる音がした。

 もう何も考えられなかった。熱を持った頬も、潤む視界も、爆発した思考回路のせいで何もかもが遠い。


「お、恐れ入りますが、一度持ち帰って整理させて頂いてもよろしいでしょうか!?」


 もうカーティスと目を合わせることができなくて、焦りと動揺ばかりが滲んだ声は無様に掠れていた。冷静を装うことすらできない不甲斐なさに、更なる羞恥心がネージュを襲う。

 カーティスは何を思ったのか少しの間表情を止めたが、すぐに微笑んで頷いてくれた。


「わかった。年長者として待つくらいのことはして見せよう」


 何なのだろうこれは。夢なのか、幻なのか。

 実感が湧かない、現実のものと思えない。こんなことが起こりうるのだろうか。

 ネージュはぼんやりとしたまま一礼して部屋に戻った。頭が真っ白になったままシャワーを浴び、髪を乾かし、ベッドに横になってみても、何一つとして思考など生まれてはくれなかった。

 そうして一睡もできないまま朝を迎えたことにより、夢落ちの可能性すら潰えた段階になって、ネージュは意味のないうめき声を上げて枕に突っ伏したのだった。


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