まるでデートみたいに ④
「いいえ、そんな……! お昼までご馳走して頂いたのに、これ以上頂けません! そもそも私がお礼をしなければならないほどで!」
「遠慮しなくていいよ。選ばないなら本当にこれを買うけど?」
悪戯っぽく微笑んでの駄目押しには白旗を上げるしかなかった。ネージュは真っ赤になって言葉に詰まった末、視線を飴細工の群れに漂わせる。
「……では、これを」
戸惑いながらも選んだのは、金魚を象った小さな飴細工だった。
赤と透明な飴がグラデーションを描き、黒いつぶらな瞳が描き入れられたそれは、愛嬌と美しさが同居した素晴らしい出来栄えをしている。
カーティスは満足げに頷いてその飴を買ってくれた。ともすれば遠慮しすぎと受け取られかねないほど小さな飴だったが、彼はネージュの選択を否定したりはしなかった。手渡された時にほんの少し指先が触れて、そんな些細な事にすらどきどきしてしまう。
ネージュは花でも抱くみたいに、飴の棒を両手で握った。
「可愛い。ありがとうございます……」
その時の自分がどれほど幸せそうに微笑んでいたのかなんて、ネージュは知りたくもなかった。
彼のことを諦めたいと思っているのに、こんな贈り物は嬉しすぎる。幸せなのに切なくて、涙が出そうなほどに。
「……参ったな。落とそうとしているのに、これでは落とされているだけじゃないか」
カーティスが目をそらして小声で何か言ったがよく聞こえなかった。首を傾げたところで空色の双眸がネージュのそれを射抜き、見惚れるような笑みを浮かべる。
「うん、可愛いね。君によく似合う」
また、そんなことを。
ネージュは真っ赤になって絶句した。彼に微笑んでそんなことを言われたら虜になるに決まっているのに、この騎士団長閣下は自分の色男ぶりに自覚がないのだろうか。
だめだ無理。もう完全にキャパオーバーだ……!
「本当にありがとうございますっ! あの、それでその……私、水を飲み切ってしまったので、買ってまいります!」
あまりにも不自然な言い訳を並べ立て、ネージュは凄まじい勢いで走り出した。
形振り構ってなどいられなかった。今はとにかくカーティスから逃げ出したかったのだ。
「うう、最低……。意味わかんないことしちゃった……」
ネージュは飴を握りしめたまま肩を落として歩いていた。取り急ぎ逃げてきたはいいものの、思い返すと挙動不審にも程がある。
ともかく水を買ってすぐに戻らなければ。気落ちしたまま周囲を見渡したネージュは、活気付く景華街の中にあって一際目立つ集団を見つけた。
何やら揉めているようだ。柄の悪い男が五人ほど寄ってたかって、白髪の老人に因縁をつけている。
「おいおい爺さん、ぶつかったンだから謝れヨ?」
「この国の奴あそんなことモできねえのかア?」
またベタなチンピラがいたものだ。いくら治安が良くなったとはいえ、まだまだこの手の輩は存在していたらしい。
ネージュは眉を釣り上げると、問答無用で老人と景国人集団との間に割って入った。
「やめなさい。守るべきご老人にそのような態度をとって、恥ずかしいと思わないの」
「ああ? 何だよネエちゃん、関係ねえ奴はひっこんでナ」
「ん? ……おいおイ、よく見ろ。結構いい女じゃねエか」
ネージュの姿を上から下へ舐め回すように眺めた男たちは、一斉に下卑た笑顔を浮かべた。その内の一人がニヤニヤと笑いながら、無遠慮に手を伸ばしてくる。
「あんたガ相手してくれるなラ、じじいを許しテやってもいいぜ?」
肩に触れようとしたところで、ネージュは飴を持っていない方の手で男の手首を素早く掴んだ。それだけで動かなくなった己の腕に、男が表情を驚愕に塗り替える。
「三十秒もあれば、私は貴方達全員の腕を折ることができる」
「な、なんだヨ、あんた!」
「試してみてもいいけど……?」
ぎり、と掴んだ手首に力を加えてやった。ただの女であるはずのネージュが放つ殺気と尋常ではない握力に、男達は只ならぬ恐怖を抱いたらしい。すっかり青ざめてしまったところで手を離してやると、よろめきながら一歩も二歩も下がっていく。
「く、くそ! 覚えてろヨ、クソアマ!」
小物のお手本のような捨て台詞を残し、男達は逃げ出して行った。他愛のないことだとため息をついて、ネージュは後ろを振り返る。
「ふう。お爺さん、大丈夫ですか?」
そうして、ここ最近では二度目の驚愕を得ることになった。
彼は老人ではなかった。ふわふわとした白髪の下にある口元は若く、髪の合間に見える瑠璃色の瞳は澄んで、ネージュより少し上の年齢であることを物語っている。
この世界には老人以外に白髪などいない。いるとするならば、それは。
「ありがとうございます……。とても困っていたので、助かりました」
彼は聞き取りにくいほど小さな声で礼を述べる。ゲームの中では目元が明かされなかったその男は、今は騒動のせいで美しい素顔が少しだけ垣間見えていた。
リシャール・バルニエとの出会いは、ロードリックの時と同じく街角に転がっていたのである。




