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まるでデートみたいに ③

 白に案内されたのは二階の個室だった。当然のようにVIP席なのだから流石である。

 ネージュは円卓の中心に回転テーブルが付いているという本格仕様にも感動しきりだったのだが、運ばれてきた料理には正直落涙しそうな程だった。


「ほっかほかの白いご飯……!」


 比喩ではなく夢にまで見た白米。それが今茶碗の中で燦然と輝き、箸と共に目の前に供されている。

 前世の記憶を取り戻したのが最近だったので日本の食べ物を欲する間もなかった。こうして対面してみると、喉から手が出るほどに食べたかったのだと実感してしまう。


「レニエ副団長?」


 カーティスがただならぬ部下の様子に首を傾げたので、ご飯というものを食べてみたかったのだと誤魔化しておいた。

 他にも海産物の餡掛け、何かの揚げ物、更には点心など、中華料理にしか見えないものが並んでいる。まさしく洋食といったメニューも好きだが、このラインナップには感動せざるを得ない。素晴らしきかな中華料理。


「美味しそうですね……! 食べてもよろしいんですか?」

「もちろん。冷める前に頂こう」


 最早振られたばかりの相手に奢ってもらっているという状況への悲観すら忘れ去っていた。ネージュは食前の祈りももどかしく、箸を手にとって食べ始める。

 白米。白米……!


「お、おいしい……!」


 端的な感想はほとんど涙声になっていた。

 美味しい。あまりにも美味しすぎる。白米とはこんなにも滋養に溢れた優しい味わいをしていただろうか。

 感動に打ち震えていると、不意に前方の空気が揺れる気配がした。見ればカーティスが口元に手を当てて肩を震わせており、ネージュはようやく己の失態に気付いた。


「っふ、ははは! それは良かった。ここまで喜んでもらえるとは、流石に予想外だったな」


 実に楽しそうな笑い声だ。カーティスが声を上げて笑うのはとても珍しく、一瞬見とれてしまったネージュだが、すぐに羞恥心が勝って顔を赤くした。


「みっともないところをお見せしまして……」

「いやいや悪かった、私がレディに対する無作法を犯したんだ。可愛らしかったものだから、ついね」


 ネージュは今度こそ絶句した。

 どうしてそんな優しい笑顔で、そんなことを言うんだろう。本当にやめてほしい。胸が痛いほどに高鳴って、未だにこの人のことが好きなのだと思い知らされてしまうから。


「レニエ副団長は箸の使い方が綺麗だね。どこかで使ったことがあったのかな」


 ネージュは自らの胸の内を抑え込むのに必死になっていたので、何気なく投げかけられた言葉に反応を返すのが遅れてしまった。

 よく見るとフォークとナイフ、スプーンまでもが箸と一緒に並んでいた。それでも前世で染み付いた習慣を知らずのうちに表に出していたことに、つい動揺を表に出してしまう。

 どうしよう。上手い言い訳が思い浮かばない。


「そ、の。見たことがありましたので、こんな感じかな、と……」


 明らかに青ざめた顔をカーティスは見逃してはくれなかった。心配そうに目を細めて、どうしたのかと問いかけてくる。


「い、いえ! 美味しすぎて、びっくりしているんです」

「……そうかい?」

「はい、そうです! こちらも、いただきますね」


 今度はスプーンを使って餡掛けを皿に盛り、カーティスに手渡した。

 訝しそうにしつつも礼を言って受け取ってくれたことに胸をなで下ろす。自分の分も皿に盛り付け口に入れてみると、餡の鶏ガラ出汁が良く効いていて、海産物と野菜の旨味と相まって非常に美味だった。


「おいしいぃ……!」


 文字通り噛みしめるようにつぶやくネージュにカーティスが笑みを深める。慣れているのだろう、彼もまた器用に箸を使いながら食べ始めた。


「気に入ってもらえて良かった。体を動かすとお腹が減るからね、どんどん食べて」

「はい、いただきます!」


 ネージュは溌剌と笑い、その後も大いに食べた。ボロを出しそうなのが恐ろしかったが、心から楽しいと思ったのもまた事実なのだから。




 店を出た後は閑散とした通りまで歩くことになった。転移魔法を使う時はあまり街中だと一般人を驚かせてしまうため、できる限り誰もいないところを選ぶのだ。

 景華街の風景はとても活気があって物珍しい。ネージュは好奇心に引っ張られて周囲を見渡していたのだが、その結果として飴細工の屋台に目を留めてしまった。

 様々なモチーフが形取られた飴細工は、見るからに美しく魅力的だった。なによりもその場で飴を操る職人の手腕に見惚れ、なかなか目が離せない。

 その様子にカーティスも気付いて、すぐに足を止めてくれた。


「凄いな。器用なものだ」

「そうですね、とても綺麗です」


 なんだか前世における祭りを思い出す光景だ。沢山の屋台が立ち並んで、行き交う人は皆楽しそうで。

 ネージュは感傷を押し殺してカーティスを見上げた。忙しいこの方を引き止めるわけにはいかないから、早く訓練に戻らなくては。

 もう行きましょう。そう提案しようとしたところで、長い足が屋台へと一歩を踏み出した。


「どれがいい?」

「え……」

「訓練を頑張る君にご褒美。なんならこの一番大きなものでも構わない」


 カーティスがディスプレイ用の巨大な鳳凰らしきものを指差したところで、ネージュは琥珀色の瞳を見開いた。


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