まるでデートみたいに ②
活気に溢れるモンテクロの大通りにおいて、ネージュは現在たくさんの注目を浴びているところだった。
いや、正確にはネージュではなく、隣を歩くカーティスが果てしなく目立っているのだ。
すれ違うお嬢さん方は九割方振り返るし、店頭に立つ売り子ですら仕事を忘れて魅入ってしまう始末。花屋のお姉さんが花をばら撒いたのには流石に驚いた。拾うのを手伝ったら当然ながらカーティスも同じようにしたので、彼から花を手渡された店員は頭に血が上りすぎて倒れそうになっていた。
そんなわけで隣を歩く女への視線は当然冷たい。大人の魅力に満ちた美丈夫をうっとりと見つめた後、ネージュを一瞥する目は全て「なんでこんな平凡な女が?」と雄弁に物語っていた。
「さて、レニエ副団長。何が食べたい?」
全く動じた様子のない騎士団長に微笑まれ、ネージュは返答に窮した。
午前の魔法の訓練を終えて、前日の予告通り昼食を取りにモンテクロに向かう事になった。断る隙のない見事な流れで街に連れ出されたネージュは、ただただ困惑するばかりだ。
お礼にお礼を返されては意味がないのに、一体どうしてこんなことに?
心の中での疑問に答える者は当然いない。青空を背にした端正な顔を見上げたネージュは、部下らしく無難な答えを口にした。
「好き嫌いはありませんので、何でも結構です」
「遠慮しいだね。せっかくの機会なんだから、美味しいものをねだればいいのに」
「そ、そんなことはできません! それに、本当に好き嫌いは無いんです!」
泡を食って首を横に振るネージュに、カーティスは面白そうに笑った。
「よし。それでは、行ったことが無さそうなところに連れて行ってあげよう」
モンテクロのダウンタウンの近く、その区画は「景華街」と呼ばれている。
東の大国からの移民が暮らすこの地区では、古い建物を改築してかの国の言葉の看板をぶら下げており、異国情緒漂う街並みが楽しめる。ネージュは仕事の見回りで訪れた事はあるものの、食事に来るのは初めてだ。
「閣下は景華街にお越しになることがあるのですか?」
露店で賑わう街角を物珍しく眺めつつ、ネージュは疑問を投げかけてみた。
下町の範疇であるここは貴族が出入りする場所ではない。ファランディーヌの治世で随分開かれたとは言え、少し前までは治安を心配されることも多かった地区だ。
「ああ。なかなか気のいい人たちだよ。親切で人情に厚いし、料理は美味しい。政治に関わらない者しかいないというのもありがたいね」
なるほど、密談にはもってこいということか。
何だかすごい話を聞いてしまった。カーティスはナサニエルの暗殺に関わったがために、騎士団の清浄化を推進した過去がある。その時など特に世話になったということなのだろう。
「その様なことを私に教えてよろしいのですか」
「ああ、もちろん。別に国家機密というわけでもなし、君に話したところで誰かに伝えたりはしないだろう?」
確かにしない。しないけれど、流石に信用しすぎではないだろうか。
首を傾げつつもどこか機嫌の良さそうなカーティスに着いて行くと、三階建ての煉瓦造りの建物に案内された。どうやらその中の全てがレストランになっている様で、中に入るなり内装が前世でよく見た中華料理店にそっくりなので驚いてしまう。昼時の店内は満席で、さまざまな人種で溢れかえっていた。
それに、なんて食欲をそそる匂いがするんだろう。まさに中華の調味料と油の匂いだ。
「あら、いらっしゃイ!」
店の奥から出てきたのは、訛りながらも流暢に話す中年女性だった。恰幅の良い体にチャイナ服っぽい民族衣装とエプロンを身に着けており、温かみのある笑顔を浮かべた頼り甲斐のありそうな婦人だ。
「やあ、白さん。邪魔するよ」
「カーティスサンてば全然来なイから、忘れちゃったかト思ったよ!」
名前呼びのあたりかなりの常連……というだけではなく、おそらくは苗字で呼ばないように頼んでいるか、そもそも名乗っていないのだろう。アドラス侯爵家といえば名門中の名門な上、騎士団長のフルネームは市民レベルにまで浸透している。正体が露見することがあれば今にも増して注目を集めるし、何よりこの店を密談用に使うことができなくなってしまう。
「悪いね、忙しかったんだ。今日はこの子にこの店自慢の料理を食べさせてあげたいのだけど」
そこでようやくパイさんと呼ばれた婦人はネージュの存在に気付いたらしい。視線を合わすなり満面の笑みを浮かべた彼女は、気さくな笑顔で握手を求めてきた。
「いらっしゃイ! 私は白よ、よろしくネ!」
「はじめまして、ネージュです。よろしくお願いします」
白の手は料理によって皮膚が硬くなっており、高い体温から人柄が伝わるようで、ネージュは自然と微笑んでいた。カーティスの言う「親切で人情に厚い」という意味がわかったような気がする。
「可愛い人ネ! カーティスサン、恋人サンでしょ?」
「違うよ、残念ながらね」
しかし彼らのやりとりにはついドキリとせざるを得なかった。
残念だという言葉を真に受ける自分は哀れで滑稽だ。単なる冗談にいちいち反応していては、世慣れた騎士団長と会話などできはしないのに。




