表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/142

まるでデートみたいに ①

 王宮が燃えている。烈火が慣れ親しんだホールを焼き尽くして、倒れた仲間を飲み込んでいく。

 私は赤い海に横たわった父上の、慣れ親しんだ空色の瞳を閉ざした。そして相対するように倒れたマクシミリアンの真紅の瞳も。


「参りましょう、陛下」

「ええ、シェリー」


 柱も天井も、すべてが不気味な唸り声をあげている。ぱらぱらと舞い散る破片から陛下を守るため、私は騎士服のジャケットを脱いでファランディーヌ女王陛下に着せかけた。

 そうして御身を抱き上げて炎の中を駆ける。軽い体だ。こんな重責など担うべきではなかった。狂気と悲哀に満ちた復讐心になどに、傷つけられるべき人ではなかったのに。


「申し訳ありません、陛下……私、私は、何も知らずに。そのせいで、皆が」


 嗚咽をこらえたら聞くに耐えない引き攣れた声になった。それでも陛下は弱々しく首を振って、貴女のせいではないと仰る。


「全ては私の父がいけなかったの。どんなに立派に国を治めても、償い切れる罪じゃないわね」

「そんな! 陛下は誰よりもご立派な君主であらせられます!」

「ふふ、ありがとう。でもね私、貴女と従姉妹だって知っていたら、もっと楽しく過ごせたのにって思うわ。敬語なんてやめて、もっと普通の友達みたいに——」


 そこまで言って陛下は咳き込んでしまった。その痛々しい様子に気を取られて、天井が崩れかけている事に気付くのが遅れた。

 頭上から不穏な音を察知した私は、反射的に陛下を放り投げていた。

 驚愕を映した藤色の瞳と視線を絡ませる。炎に煽られても透明なその色に笑みをこぼした瞬間、私の上に瓦礫の山が降り注いだ。

 轟音が収まってしばらく、陛下のすすり泣きが聞こえてくる。視界を埋めるのは血の赤で、それが自らの体から流れ出ていることを知った私は苦笑をこぼした。

 もうここまでみたい。最後の最後でミスをして、情けないわ。誰か女王陛下を守って。お願いだから、この燃え盛る王宮から連れ出してよ。


「シェリー……シェリー。嫌よ、どうして。貴女までいなくなったら、私はどうすればいいの」


 ああ、泣いておられる。それなのに私はもうお慰めすることすらできない。だって手が、動かない。足も。どんどん冷たくなって、視界すら定まらない。

 助けてくれた仲間も、大好きな父も、もうみんないなくなってしまった。


「陛下……どうか、生き、て」


 鋭く息を飲む音が最後の記憶になった。

 私は目を閉じて、永遠の眠りへと意識を委ねた。



 ***



 ネージュはペンを走らせる手を止め、滂沱の涙を溢れさせる目元をハンカチで抑えた。

 最後の戦いについて記そうとしたはいいものの、その作業は困難を極めた。何せ思い出すだけで悲しくて涙が溢れてくるのだ。こうして書ききった今、途方も無い疲労感を覚えて頭がぼんやりしている。


「うう……やっぱり辛すぎるよ……」


 最後の戦いでは、女王と民を守って皆が死んでしまうのだ。

 あまりにも悲惨な物語。知った未来を防ぐために再度整理をしたことは、無駄ではないと思いたい。

 ネージュは赤くなった目元を抑えたまま、客間のベッドに仰向けに横たわった。

 今は金曜の夜、就寝にはまだ早い時間帯だ。それでも精神的ダメージを食らった頭は、今すぐ眠りたいと主張をしている。

 駄目だ、目を冷やさないと。明日は騎士団長閣下に魔法の稽古をつけてもらうのに……。

 それは睡魔に敗北する寸前の事だった。扉がノックの音を響かせて、ネージュは慌ててベッドから飛び起きた。

 ブランドンかメイドの誰かだろうか。服装は——普通だ。いつもの色気のないパンツスタイル。目が腫れているので、まずはドアを開けずに要件を伺っても許されるだろうか。

 しかし返ってきた声は、明らかに一人の人物を示す低音だった。

 反射的に走り出してドアを開けると、カーティスはその勢いに驚いた顔をした。ネージュはといえば、そもそも騎士団長の訪問そのものに驚いていたのだが。


「騎士団長閣下、どうなさいました」

「……いや、君こそどうしたんだい」


 その指摘が腫れた目を指している事に気付いて、ネージュはさっと赤面した。

 しまった。上官を待たせるわけにはいかないという騎士の習い性が、気にかけるべきことを一瞬で葬り去ってしまうとは。


「これは……未来について改めて書き留めてみたのですが、悲しくなってしまい」

「ああ、そうだったのか。それなら中で待っていて」


 呆れられるかと思ったのだが、カーティスはどこかホッとしたように頷くと足早にどこかへ去ってしまった。どうしたのかと思案しつつ扉を閉めたものの、落ち着かないまま部屋の中をウロウロしていると、またすぐにノックの音が響く。


「どうぞ。目に当てておくといい」


 カーティスが手渡してきたのはハンカチサイズのタオルだった。手に取ってみるとひんやりと冷たくて、氷の魔力を纏っていることが分かる。

 ちょうど良い冷たさな上におそらくこの魔法は持続するだろう。属性外でもこんなにも高度な調節ができるとは、やはり凄い。


「ありがとう、ございます……」

「礼はいらないよ。君も、あまり一人で抱え込まないように」


 ネージュは意識して微笑まなければならなかった。

 わざわざこんなものを作ってくれるなんて。あんまり優しくしないでほしい。せっかく昨日はシェリーと楽しく飲んできたのに、これでは諦めきれなくなってしまう。


「その書き出した内容については今度見せてくれるかな。魔獣の襲来に向けて綿密な計画を立てよう」

「はい、勿論です。……あの、何かご用事がおありだったのでは?」


 ネージュは苦しい胸の内を押さえつけてわざと明るい声を出した。するとカーティスは大したことではないのだけどと前置きした上でこう言った。


「明日は訓練の日だろう。昼食は前回の礼に私がご馳走するから、楽しみにしておいて」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ