苦労人の望みは
森の奥の館の中、マクシミリアンが居室としたのは客間の一つ。館の主人の住空間は三階以上にあるため、利便性を考えて一階の部屋を選んだらしい。
合理主義者たる主君は客間のソファに腰掛け、優雅に足を組んでいた。ロードリックが片膝をついた姿勢で仰ぎ見ると、秀麗な美貌に力強い笑みが浮かんでいる。しかし何処か凄みを放つその表情に、一の臣下はそうと知れぬように生唾を飲み込んだ。
「魔獣の使用をやめろ、か。何故そう望む? お前は幼い頃から俺に進言することなど一度もなかったな。それなのに、何故今になって大それたことを言う」
マクシミリアンの笑みが深まって、纏う空気が温度を下げる。首元に刃を突きつけられたような心地を味わいながら、ロードリックは再度こうべを垂れた。
「……恐れながら、マクシミリアン様。貴方様は今まで、進言など申し上げる必要のない素晴らしい主君であらせられました」
「そうか。お前は俺が主君としての器を失いかけていると言うんだな」
「そのような! マクシミリアン様、私は……!」
ロードリックは青ざめた顔を上げた。冷たい炎を揺らめかせる真紅の瞳と視線を交わらせ、その苛烈な輝きに言葉を失う。
「ロードリック。俺は必要がなければ殺すなと言ったが、それは必要があれば殺すということに他ならない」
ハリエットがいかに良い妻であったのか、幼い頃からマクシミリアンの侍従を務めたロードリックはよく知っている。
あんな形で妻を失った主君は、復讐を行う以外に道がなかった。そうでもしなければ壊れてしまうところだった。
……いや。もう既に、壊れているのか?
「邪魔立てするものは全て焼き払う。誰であろうと何であろうと関係ない」
マクシミリアンが玉座を欲していないことは、ロードリックだけが知る真実だ。
他の臣下はマクシミリアンが王となるからこそ付き従おうとしている。街ごとファランディーヌを消した後、この主君が選ぶのは自身をも消し去る未来だけだというのに。
ロードリックはそんな破滅を受け入れることが嫌だった。敬愛するマクシミリアンが、復讐の末に命を捨てるなどとは考えたくもなかった。
それでも、主君が望むならと従ってきた。せめて国民を傷つけるようなことはすべきではないと進言したのは、ネージュとの出会いがあったから。
彼女は何かに抗っているように見えた。地下道を先導する細い背中が大きく見えた時、ロードリックは一度くらい望みを口にしてみようと心に誓った。
「それができないと言うのなら、今すぐ騎士団長の職を辞すがいい」
気のせいだったのだろうか。シェリーに対する情が残っていると感じたこと。だからこそ女王騎士を無闇に殺すなと言ったのだと、そう思ったのは勘違いでしかなかったのだろうか。
それならば最期まで共にする他はない。マクシミリアンが地獄へ進む決意を固めているのなら、露払いは己の役目だ。
「……お許しくださいマクシミリアン様。私の忠義は覆ることなどありません。どのようなご命令であろうとも、必ず果たして貴方様に捧げます」
ロードリックは先程よりも深く、深く頭を下げる。
ああ、胃が痛い。じくじくと心の臓に響くような、耐え難い痛みだ。
脳裏にかの女騎士の笑顔が浮かんで、ロードリックは浅葱色の瞳を閉じた。
——すまない、ネージュ。これでは借りなど返せそうもない。




