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一見すればひと段落

 ネージュは満面の笑みを浮かべたシェリーと共に仮本部の廊下を歩いていた。


「……シェリー、どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 手入れが終わって魅力を取り戻した離宮もヒロインの華やかな笑みの前では色を失う。しかしネージュは友人の愛らしさよりも、明らかに含みのある言い回しの方が気にかかった。

 何だろう、このにっこにこと擬音がつきそうな笑顔は。

 ただしこのやり取りは朝から数えて二度目。聞いても答えは返ってこないのだが、人には言いたくないことの一つや二つあるものだ。向こうから先輩騎士が歩いてきたこともあって、ネージュはこれ以上の追求を諦めることにした。


「レニエ副団長、アドラス副団長。お疲れ様です」


 以前とは比べるべくもないほど朗らかに微笑んだのは、本人の知らぬところで裏切りの危機を脱したヤンだった。

 ゴードンは王宮を逃れた後、ロードリックと共に無事に行方をくらませた。

 遅れを取ったライオネルはさながら軍神のような気迫で鍛錬に励んでいるとはシェリーの弁だ。第一騎士団長は第四騎士団の存在を秘匿するためにあえて副団長には声をかけなかったのだろうが、もし彼女が出てきたらネージュの変装など見破られていただろう。

 詰まる所、ヤンの裏切りの可能性は完全に潰えたのだ。安堵と共に挨拶を返すと、ヤンは鼠色の瞳でまっすぐにネージュを見据えた。


「実はお伝えしたいことがあって探していたんです」

「私に伝えたいこと、ですか?」


 もしかして。話の内容を予感したネージュは琥珀の瞳を輝かせたのだが、その期待は裏切られることはなかった。


「結婚をすることになりました」

「それは……! おめでとうございます!」


 ネージュは喜びのまま祝いの言葉を述べた。シェリーもまた同じようにおめでとうと伝えると、喜色を浮かべる後輩たちにヤンも笑った。


「貴方に話を聞いてもらったお陰です、レニエ副団長」

「そんな、何をおっしゃいます。あの時は生意気を言って申し訳ありませんでした」

「いいえ、あの時は仕事に疲れ切っていたので。曇った目を晴らしてくれたのは、本当にありがたかったんです」


 ヤンはそれから二、三世間話をすると、挨拶をして去って行った。その背中にもう影が無くなっていることを見て取って、ネージュはふとため息を吐く。

 本当に良かった。これで不幸な死者を一人減らすことができたのだ。

 ヤンはもう覚悟を決めた。これからは大事な婚約者のため、どんな仕事を任されても耐え抜くことができるだろう。


「ねえ、あの時って何? ネージュってレンフォールド副団長とそんなに仲が良かったかしら」

「ああ、ちょっとした世間話の流れでね。結婚に踏み出せないって仰るから、ちょっとこうイラっとして、説教じみたことを言っちゃって。恥ずかしいな」


 ネージュは苦笑を浮かべて頬をかく。シェリーに失態を笑い飛ばしてもらおうと思ったのだが、彼女は顎に手を当てて難しい顔をした。


「あの、シェリーさん? どしたの?」

「……ネージュって、誰に対しても親身で優しいわよね」

「え、そう?」

「すごくモテるのに、どうして恋人を作らないの?」

「ええ? いや、モテないよ。何言ってるの、シェリー」


 突然妙なことを言い出した親友に、ネージュは訝しげに目を細めた。

 シェリーは一体何をどう見てそんなことを言ったのだろう。わけがわからないが、質問の答えについては考えるまでもない。


「……私はいいんだ、そういうの。騎士でいたいっていうこともあるけど。実はね最近、振られちゃって」


 他の男を勧められて想いに気付くという間抜けを披露したのはつい三日前のこと。

 しばらくは恋なんて出来そうもない。というかそもそも女子大生だった前世ですら恋人のいなかった身なので、しばらくどころか一生できないかもしれない。


「ごめんね、相談しなくて。自分でも気が付かなかったんだ。全然対象じゃないって思い知って、ようやくわかってね」


 だから、私は恋人なんていらないの。

 ネージュはそう言って話を締めくくった。しかし何歩足を進めても、隣を歩くシェリーからなかなか反応が返ってこない。

 どうしたのかと目を合わせると、彼女は白皙の美貌をすっかり青く染め上げていた。


「……だれ?」

「えっ、なに?」

「誰がネージュを振るの? こんなに素敵な女性なのに! それに、もう恋人はいらないって本気? 嘘よね、お願いだから嘘って言って!」


 シェリーが気迫に満ちた顔をぐいと近付けてくる。見たこともないほど鬼気迫る様子の親友に、ネージュは困惑するしかない。


 ——え、何で? シェリーなら独身女同盟に共感してくれると思ったのに……?


「ごめん、完全に本気なんだけど……」


 おずおずと言葉を返すと、シェリーはこの世の終わりのような顔で絶句した。

 さっきまで物凄く良い笑顔だったのに、今日の彼女は一体どうしてしまったのだろうか。


「……そんなに好きだったの?」

「うん、そうだね」

「……乗り越えられる日は、もう来ないの?」

「うーん、どうなんだろ。でも、最初から手の届かない人だとはわかってたから、諦め自体は付いているのかも」

「本当っ!?」


 シェリーは弾かれたように顔を上げた。その勢いの意味が全くわからず、ネージュは足を半歩引いてしまった。


「飲みましょう、ネージュ! 無理に話をしなくたっていいの、たまには楽しいことをして早めに忘れましょう!?」


 そして急に飲み会の提案がなされたのは、生真面目なシェリーにしてはとても珍しいことで。

 ネージュは微笑んでその誘いを受け取った。友の気遣いが嬉しかったから。


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