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死亡フラグは序盤からやってくる ①

 ひとまず医務室へと運び込まれることになり、その後の騒乱を目にすることはなかった。明日いっぱいの療養を言い渡され医務室の硬いベッドに寝かしつけられたネージュは、今や元気な体を持て余している。

 どうやら腕に小さな裂傷があるのと、膨大な魔力を受け止めたがために時間をおいて体に痛みが出る可能性があるらしい。丈夫さだけが取り柄だから心配など必要ないというのに。

 何もすることがないので今後について考えを巡らせていると、不意に軽快なノックの音が鳴り響いた。


「やあ、レニエ副団長。お加減は如何ですか?」

「フランシア団長! ご心配、痛み入ります!」


 ネージュは上体を起こし、手だけで敬礼の姿勢を取る。

 エスター・フランシアはいつものように桜色の髪を首の後ろで結び、エメラルドの瞳を笑みの形に細めていた。

 攻略対象の一人である彼は、衛生魔法使いを多数擁する第四騎士団の団長。女性と見まごう程の中性的な美貌の持ち主であり、その性格もまた天使のように優しい……とされている。


「今回は大変な活躍でしたね。君のおかげで陛下には傷一つ付きませんでした」

「は。お褒めに預かり光栄です、フランシア団長」


 ——やっぱりこの人がきたか。


 ネージュは内心で舌打ちをした。

 昨日判明したところによれば、エスターは実のところ騎士団でも特殊な仕事を請け負っており、冷酷な性格の上に天使の仮面を被った恐ろしい男なのだ。

 その内容は諜報、暗殺、工作など。王室の暗部を一手に引き受ける彼の正体を知る者は、女王陛下を除けばカーティスと各騎士団長、そして自身の限られた部下のみである。

 つくづくとんでもない情報ばかりを知ってしまったものだ。そして今、エスターはネージュを怪しんでここへとやってきている。

 ネージュは遠方の持ち場を離れて女王を守った。まともな思考を持った者なら、なぜそんなことが可能だったのかと訝しんで当然だ。

 事件が起こることを知っていたネージュだが、事前に止める方法は見つからなかった。事を起こす前の公爵閣下をしょっぴくのは不可能で、あの方法でしか守ることができなかったのだ。


「レニエ副団長。此度のことは、王室の権威を揺るがす一大事です。一刻も早く反逆者を捕らえねばなりません」

「ええ、その通りかと」

「君は今回の功労者です。ブラッドリー公の企みに気付くまでの経緯を教えてくださいますか?」


 エスターは美しい笑みを浮かべていたが、その裏に潜むものを知ってしまったネージュは気が気ではない。事前に考えておいた言い訳を、努めて冷静に連ねていくことにする。


「は。実は、本日の夜会でブラッドリー公をお見かけした時から、ご様子がおかしいと感じておりました」


 これは真っ赤な嘘である。マクシミリアンを発見したのは、彼がお祝いの列に並んでいた時が初めてだ。


「ですので、何とは無しに注意していたのです。まさかあの様なことをなさるとは思いませんでしたが、もしかするとご気分でもお悪いのかと思いまして」

「ふむ、そうでしたか」

「はい。階段を登り始めた公爵閣下が後ろ手に魔力を発動させていたので、止むを得ず飛び出しました」


 エスターは思案するように腕を組んだ。

 その瞳から何の感情も読み取れず、ネージュは胸中で焦りを募らせる。


「なるほど。君の慧眼ぶりが奏功したようですね」


 やがてエスターは笑みを浮かべてくれた。その穏やかさにそっと胸をなでおろしつつ、ネージュは首を横に振る。


「偶々でしかありません。お役に立つことができたなら、願っても無いことでございます」

「君は謙虚ですね。ああそうだ、手を出して下さい」


 なぜそんな事を促されるのか理解できないまま、ネージュはおずおずと右手を差し出す。するとエスターが一回り大きくもしなやかな手をかざしてきて、流麗な声で呪文を唱え始めた。


「脈々と受け継がれし営みよ、万物の力をここに集わさん」


 エスターの掌が桜色の光を湛え、重ねた右手にほのかな熱が宿る。それが全身をゆっくりと駆け巡ったかと思ったら、次の瞬間には腕の包帯がある位置から痛みが引いて行くのがわかった。

 鮮やかな白を巻き取って見ると、そこにあったはずの切り傷は綺麗さっぱりなくなっている。見事なまでの治癒魔法に、ネージュは両目を瞬かせた。


「ありがとうございます、フランシア団長」


 彼は右に出るものはいないほどの治癒魔法の使い手だ。それと同時に薬学に精通しており、裏の仕事ではあらゆる薬を使って捕虜から情報を聞き出していた。そのシーンはちょっとトラウマだ。


「ふふ、これくらいお安い御用です。これで後遺症は出てこないと思いますが、まだゆっくりしていてくださいね」


 天使の笑みを残してエスターが立ち去ってからしばらく、ネージュは詰めていた息をようやく吐き出した。

 第四騎士団長の忠誠心は本物なのだが、とかく敵には容赦がないのだ。そんなエスタールートの最後は、真相を全て暴くものの、敵陣で囮になって死ぬというものだった。

 これからはこの世界の理から外れた行動ばかりをするのだから、彼には目をつけられないように気をつけなければならない。

 気を引き締めたところで自主退院をすることに決めた。エスターには安静にしているよう言われたものの、これだけ元気になったのだから構わないだろう。

 医師に対する書き置きを残し、礼服の白いジャケットを手にとって医務室を出る。すると、ちょうどここを訪れようとしていた人物と顔を付き合わせることになった。


「ガルシア団長!」


 第三騎士団長バルトロメイ・ガルシアは、ネージュの直属の上官である。

 全騎士の中でも最年長の六十歳の彼は、未だ衰え知らずの実力を持ち、若かりし頃の戦で名を馳せた英雄中の英雄だ。

 ゲーム内での活躍もそれはそれは凄かった。人気投票をやったら攻略対象を食ったんじゃないかと思うくらい格好良くて、大好きなキャラの一人だった。

 今のネージュにとっては尊敬してやまない相手でありながら、いつでも優しいお爺ちゃん的存在でもある。


「ネージュ、もういいのかね」


 バルトロメイは鉛色の瞳を心配そうに細めていた。どうやら気にかけてくれたのだと知って、ネージュは明るい笑みを浮かべて敬礼して見せる。


「はい、もう大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません、団長」

「そうか。まだ辛いようなら結構と仰られたが……」


 何事か独りごちたバルトロメイは、思案げに白いあごひげを撫でている。ネージュがどうしたのかと問うと、彼は居住まいを正して仕事の時の顔になった。


「女王陛下がお前をお召しだ。その礼服をしっかり着込んで付いて来なさい」


 ネージュは笑顔を浮かべたまま固まった。


 ——今、何て?


(ヒロインの)攻略キャラ、揃いました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 裏の仕事ではあらゆる薬を使って捕虜から情報を聞き出していた。そのシーンはちょっとトラウマだ。 トラウマになる描写って、この乙女ゲームのレーベルはいくつなんだ?
[一言] ライトノベルだと思って読んでると、人が多くて訳が分からないけど、どこかの世界の歴史ファンタジーだと思ったら、きっとここに後の重要人物たちがわらわらうごいているんだろうなと思えてワクワクしてき…
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