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中ボス様との呉越同舟 ②

 巻き上げられた塵の中にあってその姿は迫力を失っておらず、柳緑色の瞳が苛烈な輝きを宿している。ライオネルが見据えるのはロードリックだけで、突き飛ばされて転んだままの変な女など歯牙にも掛けない。


「黒豹騎士団長ロードリック。まさか貴殿ほどの者がやってくるとはな」


 冷えた声が夜の庭園に響く。

 ロードリックはネージュが立ち上がるのを待って部下を押し付けてきた。そこで初めて怪訝そうに眉をひそめたライオネルは、ちらとネージュを一瞥するや嘆かわしいとばかりにため息をついた。


「たった一人助けるために二人連れで敵陣に潜入か。随分と甘いことだ」


 セェーーフ! 気付いてない! ナイス変装!

 心の中で渾身のガッツポーズを決めたネージュを他所に、強者二人の会話は進展していく。


「謀反などと愚かなことを企てた逆賊め。なぜそうまでして玉座を望む」

「愚かなこと、だと?」


 ロードリックはその表情に怒りを表して低く唸った。彼は謀反の動機を知っている。マクシミリアンが受けた苦しみを、幼少の頃から付き従ってきた彼は目の当たりにしてきたのだ。


「貴様らの物差しで語るな、女王騎士。マクシミリアン様が望まれるのならば、主君に仕える騎士として戦う理由に余りある」

「……確かにその通りだ。では、忠臣たる貴殿の首を取ればブラッドリー公も少しは目を覚ますか?」


 ライオネルの瞳が鋭く細められる。全身から殺気を漲らせた尊敬すべき上官は、敵として相対してみると想像以上の恐ろしさだった。全身が重くなるような気迫にネージュは震え上がったが、それを正面から受けたロードリックは不敵な笑みすら浮かべている。


「それは我が君を舐めすぎというものだ。マクシミリアン様はそのようなことで止まりはしない」


 その言葉に微かに滲んだ悲哀に思わず顔を上げる。見返してくる浅葱色は優しげな光を宿していて、ネージュは何だか胸が詰まるような思いがした。


「行け、通りすがりの魔法使い。ゴードンを頼む」


 騎士の実力は魔力ではなく、全ての力を総合して測るものだ。いくら強大な魔力を有していても発動前に仕留められては意味がない。強者との戦いにおいて自身が使い物にならないことを、ネージュは痛いほどに知っている。

 ゴードンを抱えたまま先程の攻撃を避け、あまつさえネージュを庇いもしたロードリック。ライオネルと遭遇したら彼に一任することは、事前の作戦会議で打ち合わせ済みだ。そして王立騎士団の誰も殺さないということも。

 ネージュはゴードンの肩を支えると、小さく頷いて走り出した。気付いたライオネルがロングソードを振りかぶったが、ロードリックが応戦する速度はそれを上回っていた。

 二人分の呪文から一呼吸置いて、凄まじい轟音が背中を打った。閃光と烈風が夜陰を駆け、辺り一帯の垣根を根こそぎ薙ぎ倒していく。


 ——お二人とも、ご無事で。


「離せ、魔法使い! 閣下のことを置いてはいけない!」

「今の貴方は本物の役立たずでしょうが! ロードリックさんを信じて走るしかないんだよ!」


 ネージュが剣幕もあらわに怒鳴り返すと、図星を突かれたゴードンは悔しそうに口を噤んだ。確かによくわきまえている上に忠誠心に厚い良い騎士だ。ロードリックが助けようとするのも納得できる。

 騒ぎに気付いた見張りの騎士が駆け寄ってきたが、心の中で謝った上で昏倒させる。そんなことを繰り返しているうちに、逃亡者二人はようやく裏門にたどり着いていた。


「これからどうする気だ」

「大丈夫、集合場所は決めてあるから」


 王宮の裏手には山が広がっている。ロードリックとは裏門から森に入ってすぐのところで落ち合う予定だ。

 この時、ネージュには気にしなければならないことがある筈だった。

 これはヤンの裏切りイベントの延長であることを。そしてネージュこそが今や裏切り者と成り果てていたことを。

 土魔法で階段を作って城壁を降りる。ようやく王宮の外に出たネージュは、森の中に差し込む月光によって、一人の男の姿が浮かび上がるのをその視界に捉えた。

 あれは。あれは間違いなく——。


「いやあ、驚きです。まさか貴方が裏切るとはね」


 エスターは中性的な美貌にいつもの笑みを浮かべ、静寂に包まれた森の中に立っていた。そのエメラルドの瞳になんの感情も映さないまま。

 ゴードンが息を飲む音がして、支える肩が俄かに震え出した。尋常ではない怯え方に気を取られたその時、ネージュの丸い頬をそよ風が撫でる。

 いつの間にかエスターの美貌が至近距離にあった。そのあまりの速さに何の反応も返す事ができない。ネージュはただ瞠目したまま、彼の持つ短刀が月光にきらめくのを呆然と見つめた。


「さようなら、可愛らしい背信者さん」


 優しい声と共に白刃の切っ先が首筋に迫る。その絶対的な太刀筋に死を悟ったネージュは、指先すらも動かせないままその時を待った。

 しかし終わりの瞬間が訪れることは終ぞなかった。

 耳元で高らかな金属音が鳴り響く。何が起きたのかと反射的に視線を滑らせた先には、驚きの光景が広がっていたのだ。

 距離を取って短刀を構え直したエスターに相対するのは剣を携えたカーティスだった。空色の瞳が感情を隠したままこちらを一瞥したのを、ネージュは激動の一日の中で最も絶望的な気分で受け止めた。


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