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中ボス様との呉越同舟 ①

 ネージュとロードリックは、今や殆ど更地になった騎士団本部跡地に面した垣根の側から、ひょっこりと顔だけを覗かせた。

 すでに作戦は打ち合わせ済み。ネージュはキャスケットにミルクティー色の髪を押し込み、眼鏡を掛け、更にはイメージに無いであろうスカートを履いて変装をしている。仕上げに二人とも隠しの魔法をかけて準備は万端だ。


「では、ここからは手筈通りに。まずはゴードンさんを救出します」

「ああ。慎重に行こう、ネージュ」


 神妙に答えたロードリックに頷き返すと、ネージュは垣根を出て走り出した。

 隠しの魔法は膨大な魔力を消費する。ネージュにとっては問題ではないが、ロードリックの魔力が枯渇すればその時点で詰み。作戦は迅速に行う必要がある。

 やがて足を止めたのは、なんの変哲もない花壇だった。ここが実のところ本部地下への入り口であることは、最近突き止めた秘匿事項だ。

 ネージュは本部襲撃から呑気に手をこまねいていたわけではない。ゴードンの命を救うべく、せめてと居場所を探しておいたのだ。

 花壇に置かれた煉瓦の一つを押し込むと、すぐさま地面が震え始める。石畳の一角が地下への階段に変わったのを受けて、ロードリックが驚嘆の声を上げた。


「こんな仕掛けがあったのか」

「残念ですが、本部の倒壊によっていずれ使わなくなる予定の地下施設です。覚えても無駄ですので悪しからず」


 釘を刺しておくとロードリックが端正な顔で渋面を作る。イケメンは何をしてもイケメンだからずるいものだ。


「わかっている。今日知り得たことは全て忘れるつもりだ」

「ふふ。来てくれたのがロードリックさんで良かったです」


 やはり誠実な態度を崩さないロードリックに、ネージュは安堵を覚えて微笑んだ。すると気に入らなそうに顔をそらされてしまったので、少々調子に乗りすぎたと反省する。

 二人して地下へと降りていく。途端に入り口が閉じて暗闇が視界を覆うが、明かりを灯すと魔法でも隠しきれないため、目が慣れるのを待って歩き出した。

 本部の地下道は漆喰で塗り固められており、冬の冷気が染み込んで酷い寒さだった。肌を刺すような不快な冷たさに身震いしつつ闇を歩いて行くと、やがて一つの錆びた鉄扉が見えてくる。

 遠隔聴覚の魔法を発動して中の音を聞くが、一切の物音も聞こえてこない。部屋の位置は間違い無いので、おそらく今は尋問を行っていないのだろう。


「あの部屋です。見張りがいますね」

「承知した。任せておけ」


 ロードリックは目にも止まらぬ速さで走り出すと、二人いる見張りの首元を手刀で打ち据えてしまった。

 男の体が倒れる鈍い音が響く。あまりの早業に呆気にとられているうちに、気の毒な第四騎士団員は気絶の憂き目にあっていた。


 ——すごい、首トンだ、首トン! 本当にやれる人いるんだ!


 ちょっと興奮するネージュだが、倒れた団員には心の中で謝罪をしておいた。ロードリックが冷静なまま光魔法を発動したのを見て慌てて追随する。

 レーザー光線の要領で鍵の部分がくり抜かれ、堅牢な鉄扉は軋みを上げて開いていった。

 そこは陰惨な雰囲気の部屋だった。探索の際に外から垣間見たものの、実際に入ってみるとその拷問器具の数々に背筋が凍る。

 部屋の中央にはたった一人椅子に腰掛ける男がいた。ゴードンは何が起きているのかわからないと言った様子で、強引な解鍵をされた扉を眺めていたが、侵入者二人が隠しの魔法を解くなり目を見開いた。


「チェンバーズ騎士団長閣下……!」


 叫ぶなり、ゴードンは両眼に涙を溢れさせた。

 どうやらかなり辛い目にあったらしい。かわいそうにとネージュは眉をしかめたが、見たところ怪我はなさそうだった。エスターは命令を遵守してくれたのだ。


「無事か、ゴードン」

「まさか私などのためにおいで下さるとは……申し訳ありません、閣下」

「お前ほどの男は失えんよ。よく生きていたな」


 ロードリックは小さく微笑んで、過酷な状況に身を置いた部下を労った。感動の再会を果たした上司部下に感慨を覚えつつ、ネージュはそっと近寄って、ゴードンを椅子に縛り付けていたロープを小刀で切り落とした。


「閣下、この者は……?」

「説明している暇はない。ゴードン、隠しの魔法を使う魔力は残っているか」


 ゴードンは眼鏡とキャスケットで顔がわからない女に怪訝な顔をしたが、上司の指示にすぐに表情を引き締め直した。


「申し訳ありません。魔力封じの足輪を嵌められました」


 ネージュとロードリックは厳しくした視線を合わせた。想定内の状況とはいえ、安全に脱出できる可能性がなくなったことは二人の胸中を重くさせる。魔力封じの足輪は強硬な作りをしていて、この場で外すのは不可能という判断になった。

 しかもゴードンはすっかり衰弱して肩を支えなければ歩けないような状態だ。彼のことはロードリックが支え、ネージュが先導して地下道を進む。ゴードンの姿だけは丸見えになってしまうので、残る二人も今は隠しの魔法を使うことをやめることにする。


「閣下にここまでの面倒をお掛けするなど……」

「いい、気にするな」


 ネージュは背後から聞こえてくるやりとりに心温まる思いがした。

 やっぱり本当の意味での悪人などどこにもいないのだ。それはゲームのシナリオではなく、ここで生きてきた記憶が語る事実。

 出口へ向かう間に何人かの騎士に遭遇したが声を上げる前に雷魔法で気絶させておく。途方も無い罪悪感を抱えつつもまた一人騎士を倒したところで、ゴードンが感嘆の声を上げた。


「……随分と腕が立つな。本当に何者だ?」

「あ、あはははは! 通りすがりの魔法使いです!」


 ということにしたのはゴードンがネージュの正体を知って不審がることを避けるためだ。ロードリック自ら進言してきた上に、ネージュにとっても正体を明かさずに済むのだからその方がいい。

 背中に胡乱げな眼差しが突き刺さるのを感じるが、ロードリックが窘めてくれたので事なきを得た。そうして黙々と地下道を歩き、ようやく鉄製の梯子を発見する。

 ネージュが先に梯子を上がり、マンホールに偽装された出口を押し上げた。外には人の気配などなく、男子寮と女子寮の間の細い景色が広がっている。

 手で合図をしてから外に出て、ゴードンの手を取り力を込める。騎士団長たる腕力によって下から押し出された体を引き上げると、ロードリックもまた身軽な動作で飛び出してきた。そのまま建物の間から慎重な動作で出て、周囲を警戒しつつ裏門へと向かう。

 ここまでは順調。後は無事に王宮の敷地内を脱出できるかというところだが——。


「……冷えるな」


 ゴードンがふと呟いた。確かに地下道に入る前よりも寒くなっている気がする。ネージュは自分の体を守るように両腕を組んだが、そこでふと思いつく事があった。

 潜入前のこと、ロードリックが言ったのだ。『ゴードンを捕らえた者が罠を張っているかも知れない』と。

 ゴードンを捕らえたのはライオネルだ。そして彼は水魔法の使い手なのだが、転じて氷魔法をも得意としている。

 ひゅ、と風が鳴った気がした。俄かに青ざめたネージュは、玲瓏たる声が呪文を唱えるのを確かに聞いた。


「穿ち氷柱」


 瞬間、ネージュはロードリックによって突き飛ばされていた。

 尻餅をついたと同時に元いた場所に百本はあろうかという氷柱が突き刺さり、氷の粒と土煙を巻き上げる。九死に一生を得た圧迫感に息が止まって、ネージュは遅れて届いた風圧をもろに食らった。

 何という精度の氷の魔法。こんな攻撃が繰り出せるのは一人しかいない。自然と体が震えだしたのは寒さのせいか、それとも恐怖のせいか。

 第一騎士団長ライオネルは騎士服を身に纏い、片手にロングソードを携えて悠然と歩いてきた。


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