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想いのゆくえと突然の出会い ②

「違うよ、パメラさん。私じゃ騎士団長閣下の足元にも及ばない。階級なんて意味がないの。騎士は心のありようが一番大事なんだ」

「心のありよう?」

「そう。騎士とは忠義をもって事を成す者。私情は挟まず、誰にでも公平に心を配り、礼節を重んじ、弱者を守り、寛容で誠実にして高潔であらねばならない。私なんて、まだまだなんだ……」


 それは騎士の不文律。文章化されていない鉄の掟は、入団してから先輩たる騎士たちの背中を見て覚えるものだ。

 昨日からの自身の不甲斐なさを反芻して、ネージュはスプーンを運ぶ手を止めた。その沈鬱な様子に気付いているのかいないのか、パメラが朗らかな声を上げる。


「あら、でもネージュとアドラス様は同じことをなさっているわ。だって毎月寄付をしてくださっているんだもの。どれほど助かっていることか」


 初めて耳にする衝撃の事実に、ネージュは横から張られたような気分を味わった。

 貴族の慈善事業は代々の担当地区が決められているものだ。それなのに担当外の孤児院に寄付? 騎士団長閣下が、わざわざ?

 それが本当だとしたら、この孤児院を救った事実を覚えていた事になる。あの後は一度も来ることがなかったはずなのに、どうして。


「あら、知らなかった?」

「……うん。本当なの」

「ええ、そうよ。ネージュがここでの手伝いを終えて出て行った少し後のことだったかしら。アドラス様がいらして、あの子はいるかって仰ったのよ。ネージュ・レニエのことでしょうかって聞いたら、そう言えば名前を知らなかったって苦笑してたわ」


 パメラは記憶を反芻するように視線を斜め上に向けた。そうして彼女が語り始めたことは、ネージュにとって到底信じられないような真実の数々だった。


「最近出て行って居場所がわからないって伝えたら、残念そうに微笑まれたのよ。そして寄付だけ置いて帰って行かれて。そんなことが確か三回くらいあった気がするわ。それ以来お越しになることは無かったけど、未だに毎月の寄付を下さっているのよ」


 パメラが申し訳なさそうに紡ぐ言葉が嘲笑うように脳内を占拠していく。唇が歪みそうになるのを自覚して、震える手を口元に当てた。


「あなた私には兵士になるなんて教えてくれなかったでしょ」

「それは、心配かけると思ったから」

「そうそう、騎士になってから挨拶に来てくれたわよね。だからその時にはとっくに騎士団長閣下ともお会いしたかと思っていたのだけど」


 確かにその時にはもう再会していた。ただし入団の朝礼の時に顔を合わせただけで、挨拶をすることは諦めてしまったのだ。

 胸が詰まって言葉が発せない。今更になって知る過去に、カーティスがたまたま出会っただけの子供をどれほど気にかけてくれていたのかを思い知ってしまったから。

 解っていたのか。あの時の無礼な小娘がネージュであることを。それを知って、黙って見守ってくれていた? 自分の格好をつけたいばかりに礼すら述べなかった、小心者の新米騎士のことを。

 ネージュは瞼を一度閉じ、再び開けた。そうして強い光を取り戻した琥珀色でシチューの皿を見据えると、間髪入れずに食事を再開する。

 急にがっつき始めた女騎士の姿にパメラだけでなく子供達も呆気にとられていた。彼らの反応を視界の外に締め出したネージュは、パンまで綺麗に平らげると、騎士としての礼節を示す動作できっちり頭を下げた。


「すごく美味しかった。このご恩を果たすべく、今度は差し入れを持って伺います」


 そして音を立てて立ち上がったネージュは、もう一度礼を取るなり孤児院を後にした。

 冬の冷気が頬を叩く。走っても走っても思うように足が前に出ない気がして、酷使した肺が悲鳴を上げている。街を彩る明かりが線を描いて視界を流れ、全力疾走する女を怪訝な眼差しで見る人々の顔は意識の内にすら入ってこない。

 今すぐカーティスに会いたい。昨日振られたばかりだとしても、何を言うのか思いついていなくても、直接会って感謝だけは伝えなければならない。

 疲労を起こした足が言うことを聞かなくなってきた。貴族のタウンハウスが集まる一角から孤児院の位置するダウンタウンは遠い。流石に騎士の体力と言えど追いつかず、ネージュはついに駆ける足を止めた。

 真冬だというのに額から汗が滴り落ちてくる。膝に手をついて息を整えたネージュは、顔を手の甲でぬぐいつつようやく顔を上げた。

 そこは都会をくり抜くようにして造られた公園の前だった。年末の忙しさに夢中になる人々は、そのこじんまりとした佇まいに気を留める様子はない。

 それなのに、ベンチにうずくまるようにして座る人影がある。

 ネージュは何も考えずに再び駆け出した。騎士の本分と自身の信念が導く行動に理由はなく、ただ困っている人を助けたいという想いだけに突き動かされてのことだった。


「あの、大丈夫ですか! ご気分でも悪いのですか?」


 それは黒いコートに焦茶の長髪を一つにまとめた男だった。腹を庇うように手を当てて、それでもゆっくりと顔を上げた男の顔には、目眩がするほど覚えがある。

 ネージュはピタリと表情を止めた。浅葱色の瞳をしばしの間怪訝そうに細めた男は、すぐに端正な面立ちを驚愕に歪めた。


「お前は……! 第三騎士団副団長ネージュ・レニエ!」

「貴方は……! 黒豹騎士団団長ロードリック・デミアン・チェンバーズ!」


 二つの叫び声は完全に一致していた。通行人たちは一瞬だけ視線を奇妙な二人へと向けたが、すぐに足早に通り過ぎて行った。


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