どうしようもないほどの間抜け ①
カウンセリングとは言っても、なかなかすぐに深い話ができるものでもない。
ネージュはとにかくさり気無さを心掛けてヤンに話しかけた。それは怪我をした時であったり、彼の休憩中であったり、何処かしらで行き合った時であったりした。
そうして日々を過ごす中、カーティスにゴードンの様子について確認する。騎士団長直々に決して殺すなと命を下しているので、今のところは手傷も負っていないそうだ。しかしエスターはカーティスのぬるい対応には疑問を覚えているようで、尋問の手段について一度抗議をしてきたらしい。やっぱりあの人怖い。
それに重大な懸案事項が一つ。もしゴードンが尋問に耐えかねて黒豹騎士団の拠点の場所を喋ってしまったとしよう。
そうなれば拠点の制圧への機運が高まることは間違いない。シナリオから逸れて予測不可能な未来へ突き進むより、魔獣襲来を迎えた方が余程対処がしやすいのだ。カーティスが命令を下さなければ戦にはならないが、この過酷な世界に絶対は存在しない。
様々な問題に頭を悩ませる転生者を他所に時は過ぎる。あっという間に週末を迎えた今、ネージュはカーティスと共に木枯らしの吹きすさぶ山の奥に立っていた。
休日ということでスラックスとセーターを着用し、カーティスも同じような服装だが、その手には両者とも剣を携えている。
この国でもっとも高名な魔法使いの一人であるカーティスに見てもらえるというこの機会、絶対にものにしなくては。
「さてと。まずは最も得意な魔法を最大出力で使ってもらおうかな」
「はい。それでは、参ります!」
カーティスが風魔法で飛び上がったのを確認して、ネージュは剣へと全神経を集中させた。
「土の城壁!」
ネージュを中心として円を描くように巨大な土壁が出現した。轟音と共に森を飲み込むその迫力に、高いところで見守っていたカーティスが目を丸くする。
「すごいな。大魔法を使った様子から想像はしていたけど、それ以上だ」
感心しきりとばかりに呟きながら降りてきたカーティスに、ネージュはどうにも目を合わせられなかった。
こんな豪快に魔法を使って引かれなかっただろうか。もはや人外とでも言うべき力は、自分でも怖いくらいなのに。
「これだけの魔法が使えるなら、自分の身は確実に守れそうだね」
しかしカーティスにはどこか安堵した様子すらあった。自分の身は自分でなどと当たり前のことを言われたあたり、やはり相当頼りないと思われているのかもしれない。
その後は一通りの魔法を放ってコントロールの確認をした。土魔法以外は弱い魔法でもコントロールが効かないという悲惨な現状が露見し、ネージュは肩を小さくして頭を下げた。
「申し訳ありません。このような状態とは、恥ずかしいです」
「謝るようなことじゃない。あれだけの魔力量だ、どれほどの実力を持った魔法使いでもこうなるよ」
顔を上げたネージュは鷹揚な笑みにホッと息をついた。不甲斐ない部下にもこの優しさとは、本当に器が大きい。
「まずはコントロールが先決だね。レニエ副団長、土以外の属性を扱う時はどういう心持ちでいるようにしている?」
「心持ち、ですか。……失敗しないように、土魔法よりも集中します。でなければ暴発の危険すらありますから」
「そうだね、基本的にはそうするべきだ。けれど今見たところによると、集中しすぎるのは良くないという気がしてきた」
意外な指摘がもたらされ、ネージュは驚きの声を上げた。
カーティスは自身の属性以外の魔法をも通常より高い精度で扱える規格外の魔法使いだ。彼が言うことは全面的に信用しているので否やはないが、何故そうした結論に達したのだろうか。
「属性は自身の魔力の性質で決まる。神様とやらは、君に全ての属性を扱える最強の魔力を授ける、と言ったんだろう?」
「はい、そうです」
「つまり全ての属性の魔力をもつ時点で、この世に存在する魔法使いとは質が違う。教本通りの訓練をしていては、なかなか身を結ばない可能性が高い」
ネージュは目から鱗が落ちる気分というものを初めて味わった。
どうして今まで気がつかなかったのだろう。カーティスの言うことがあまりにも的確だったことに希望を見出して、心の底から力が湧いてくる。
「土属性の魔法を扱う時のように、慣れたつもりでやってみよう」
「はい! アドラス騎士団長閣下、ありがとうございます!」
俄かに活気付いて敬礼した部下を前にカーティスが柔らかい笑みを浮かべた。はしゃぐ子供を見るような表情に、ネージュの頬に熱が集まっていく。
子供扱いだとしても笑顔を向けられると心臓が強く鼓動する。この忙しなさは、一体なんなのだろうか。
なんと午前を終える頃には随分とコントロールが効くようになった。
安堵を覚えつつ額の汗を拭いたところで、二人は昼休憩を取ることにした。
大木の下で体育座りをする。下に敷くものも無しに地面に座り込むのは淑女としてはしたない行為だが、そんな事を気にしていたら騎士にはなれない。
昼御飯は転移ついでに街に寄って調達してきた。カーティスとは別で出発したので、シェリーの視線からもうまく逃れているはずだ。
「お口に合えば良いのですが……」
ネージュは隣に腰掛けたカーティスに購入したサンドイッチを渡した。代金はと問われたが、心ばかりのお礼なのでと固辞しておく。
「気を遣わせてすまないね。それでは、ありがたく頂こうかな」
「はい。お好きなものをどうぞ」
カーティスは少し申し訳なさそうに笑って、略式の祈りを捧げてからハムのサンドイッチを手に取った。
良かった。生粋の貴族様は買い食いなんてしないだろうから心配したのだが、どうやらなんの抵抗もなく食べてくれているようだ。
瓶に入った水を手渡して、ネージュも祈りを捧げた上でサンドイッチを頬張る。エッグサンドは一番のお気に入りだ。
「これは、美味しいね」
「それならば良うございました! たくさん買って参りましたので、遠慮なくお召し上がり下さいね」
嬉しくなって笑うと、カーティスもまた笑みを返してくれた。妙に胸が温かくなって、ネージュはサンドイッチを持っていない方の手をぎゅっと握りしめる。
木の葉の揺れる音が鼓膜をくすぐって、柔らかな風が頬を撫でた。真昼の日差しが拓けた空間を包み、冬とは思えない程の暖かさで満たしている。
カーティスは片膝を立てた姿勢で大木の下に腰掛けていて、サンドイッチを頬張る横顔はいつになく安らいでいるように見えた。まるで友と敵対する悪夢を一時でも忘れられているかのように。
——そんなはずないのに、馬鹿だな。
ネージュは自嘲じみた笑みを口の端に浮かべた。
こんなにも幸せな時を過ごしているからおかしくなったのだ。この時間はカーティスにとっては迷惑なはず。安らいでいるとしたら、日々の激務よりは楽だというただそれだけの理由だろう。
不意にカーティスが視線をこちらへと滑らせたので目を合わせることになってしまった。じっと見つめていたことを知られた羞恥にネージュは頬を染めたが、彼は少し微笑んだだけで指摘してくることはなかった。
「この店はレニエ副団長のおすすめ?」
「あ……は、はい。モンテクロの人気店なんです。とは申しましても、以前一度シェリーと訪れただけなのですが」
「そうか、シェリーと。あの子と一緒に遊んでくれているんだね」
「いえそんな、私の方こそ! シェリーと一緒にいるのは、楽しいですから」
恐れ多い言葉にネージュは慌てて首を振った。
シェリーは大好きな親友だ。騎士としての力を持った彼女を尊敬しているし、ライバルだと思ってもいる。
「……本当に仲が良いんだね。嬉しいものだ」
カーティスの笑みはシェリーを思う穏やかな気持ちに満ちていた。それでもどこか寂しさを含んでいるように見えるのは、いつの間にか成長を遂げた娘の背中を思い描いてのことだったのだろうか。




