ヒロインの出自に謎がある ③
この世界の魔法には大きく分けて七つの属性があって、魔力を持って生まれた者は例外なくどれか一つに該当するようになっている。自身の属性以外は強い力を発揮できず、土属性のネージュもその例に漏れない。
地味で平凡な外見にぴったりな土の魔力は、パワーだけは桁外れで、今までの人生においても大いに役に立ってきた。
「そこ! そこで間髪入れずに魔法発動!」
ネージュは訓練場にて大立ち回りを演じながら、部下たちに檄を飛ばしていた。
騎士になるには魔力を持つことが第一条件とされる。魔力を持つものは全体人口の一割程度しかおらず、その中でも強い魔力を持っていないと箸にもかからない。更には筆記、体力測定、剣術体術、そして面接と厳しい試験を突破した者だけが、超高倍率を掻い潜って騎士になることができるのだ。
騎士になると準貴族の位が与えられ、副団長ともなれば子爵位を賜ることになる。ただし貴族社会に溶け込む気の無いネージュは、貴族階級であるにも関わらず平民と同じような暮らしを営んでいるのだが。
「周りよく見て! 周囲と連携!」
周囲に築いた土の壁を崩そうと、騎士たちは躍起になって襲いかかってくる。しかしネージュの実力には及ばず、全員が一撃も入れられないまま魔力切れを起こしてしまった。
「うん、先週より長い時間戦えたね。良い傾向だよ」
しかし肩で息をする騎士たちは上官の褒め言葉にも喜ぶ気配を見せない。第一班班長のルイスが疲労を滲ませた顔を上げて、大きなため息をついた。
「副団長、我々は五人であなたはお一人なんですよ。未だにここまで力の差があるなんて、情けないです」
「魔法は積み重ね……体力と同じで、いきなり上達したりはしない。わかってるでしょう」
ネージュにも彼らのような時期があった。十六で入団して先輩達に稽古をつけてもらっては、こてんぱんにのされていた頃が。
そして任務と鍛錬を重ねた結果、第三騎士団副団長にまで上り詰めたのである。
「あなたたちは毎日きちんと向上している。 それだけで、私にはどれだけ努力しているかがわかるよ」
「副団長……」
「これからも共に励もう。私も鍛錬を怠るつもりはないから、いつでも声をかけて」
片膝をついて騎士たちの目を一人一人見渡すと、彼らは一様にはっきりと頷いた。
「はい、副団長! 今後ともご指導よろしくお願い致します!」
年若い騎士たちは輝かしい希望を胸に抱いていて、平民出身で女のネージュに対しても素直だ。本当に可愛い部下たちなのである。
そんな彼らもまた、ルートによっては全滅の憂き目に遭う。より一層この運命に立ち向かう決意を固めたネージュは、力強い足取りで訓練場を後にした。
すると出入り口で見知った顔と出会うことになって、直立不動の姿勢を取る。
「バルティア団長!」
踵を鳴らして敬礼したネージュに対して、第一騎士団長ライオネル・ド・バルティアは同じ姿勢を返して見せた。
「レニエ副団長、精が出るな」
「は、鍛錬は私の最も重んずるところにございますれば」
このライオネルという男は、黒髪と柳緑色の瞳が印象的な二十八歳クール系イケメンである。公爵家出身で王族との縁続きでもある彼は、それはもう爆裂にモテるのだが、生真面目かつストイックな性格のおかげで女には興味がないらしい。
彼がメイン攻略対象であることは昨日判ったばかりで、ネージュはついまじまじとその美貌を見つめてしまう。
ライオネルのルートは、メイン攻略対象だけあって王道の熱い展開だった。ヒロインと共に戦って果てるという悲しいラストだが、最後まで一緒に居たのだからまだ救いはある方だ。
シェリーは第一騎士団の副団長を務めている。直接の上司部下の関係というわけで、おそらく異性の中ではライオネルとの接点が最も多い。
つまり彼のルートに入る可能性が一番大きいのではないだろうか。
「良い心がけだ。我が第一騎士団も見習わねばな」
ライオネルはニコリともせずに褒め言葉を口にした。ゲームでのこの人は、ヒロインの前で徐々に笑顔を見せるようになっていくので、そのクーデレぶりが多くの乙女心を掴んでいたものだ。
「それでは、私はこれで失礼する。今後とも精励せよ」
「は!」
颯爽と去っていく後ろ姿は、背筋の伸びた美しいものだった。
あんなに好きだったゲームの攻略対象が目の前にいたのに、恋と呼ぶべき感情は微塵も感じない。これはやはりヒロインの親友として転生したことで、補正がかかっているためなのだろうか。それともネージュとしての人生の中で、尊敬すべき上官だと認識していたからだろうか。
わからない。何もわからないけれど、助けたいという燃えるような意思だけは確かだ。
ネージュはまた前を向いて歩き出す。今日は物語のプロローグに相当する女王陛下の誕生会が催されるため、そろそろ準備を始めなければならない。
「女王陛下の祝福」は、女王の成人を祝う誕生会に幕を開ける。
華やかな会場の片隅に姿勢を正したまま佇むネージュは、女性の招待客とは違って騎士の式典用礼服を身に纏っていた。白い衣装は金のモールで彩られていて、地味な女には似合わないのが辛い所だ。
シェリーは丁度反対側の壁で同じように警備に徹している。冒頭では一人の攻略キャラが彼女に話しかけにくるはずなのだが、まだ現れていないようだ。
「よ、ネージュ! 交代に来たぜ!」
今思い描いていた男が目の前にやってきたので、ネージュはがっくりと肩を落とした。
彼は名をフレッド・イーネルという。派手な金髪と榛色の瞳がチャラチャラした印象を与えるこの男は、実際に女好きの伊達男として有名だ。
「フレッドはシェリーと交代でしょ。勤務表くらい覚えておいたら」
「え、そうだっけ。そんな怖い顔するなよ、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
ちょっと頭が悪い上に、誰にでもお世辞を振りまくところもご愛嬌。第二騎士団副団長を務めるこの男は騎士団内でも随一の実力者として通っている。ネージュとフレッドは同期かつ同い年にして、更には平民出身という共通点を持つために、気安い友人の間柄だ。
「せっかくシェリーと話せるチャンスだってのに、なんでこっちに来るかな」
そして実のところ、フレッドはシェリーに想いを寄せているのである。
誰が見てもバレバレなのだが、当の女騎士だけは気付かない。近頃は他の女には手を出さないという涙ぐましい努力をしているにも関わらず、シェリーはむしろこの男を苦手としているのだ。
「しまったな。どうも俺は記憶力が悪いんだよな」
「不真面目な男は嫌われるよ。時間には間に合うから早く行ったら?」
フレッドは赤くなった顔に明るい笑みを浮かべた。ゲーム内でも全く同じ状況だったなと思い出して、ネージュは少し笑ってしまう。
このフレッドという男は、伊達男のくせに本命の前ではヘタレてしまうというギャップの持ち主なのだ。
「ああ、行ってくる! 応援していてくれるだろ、ネージュ?」
「はいはい、見守っててあげるから。頑張ってね」
ネージュが手で追い払う動作をすると、フレッドは緊張を滲ませた笑みを残して去っていった。流石攻略キャラ、顔だけはバッチリ整っている。
そんな彼も自身のルートでは女王陛下を最後まで守り通して力つきる。しかもシェリーは先に死んでいて、彼女の遺した意志を果たすためという切なくも美しい最期だった。
それにしても、とネージュは思う。フレッドがシェリーに話しかけるまでにこんな舞台裏があったとは。
しかし考えてみればそれも当たり前で、シェリーが見ている範囲など彼女の視点でしかないのだから、全ての人に同じだけの人生が存在するのだ。
シェリーが胡乱げな眼差しでフレッドを見つめている。そんな目で見られても、恋する男は嬉しそうに頬を赤くしているのだから可愛いものだ。
——うーんこの取りつく島もない感じ、良い。美少女とわんこ、良い。
ネージュは自身の不安も忘れてついほくそ笑んでしまった。
しかしすぐにやるべきことを思い出し、勢いよく頭を振る。
駄目だ、しっかりしないと。確かに大好きな彼らの恋路を眺められるだなんて美味し過ぎるポジションだけれど、それも命あってのことなのだから。
いま気にすべきはこの誕生会を無事に乗り切ること。それ以外にうつつを抜かしている場合ではない。
ネージュはもう一度直立不動の姿勢を取って、注意深い視線を場内に送った。