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犬猿の中

 ミカの攻撃を防ぎきったカーティスは、騎士団本部の屋根の上にて剣を握る手を僅かに返した。

 敵は三人。黒豹騎士団最高戦力のロードリックと二番手のイシドロ、更には天才たるミカ。しかも彼らは全員が翼竜に乗っている。

 彼ら全員を相手にするなら命をかける覚悟で臨まなければならないが——どう来るか。


「各自散開。手筈通り攻撃を加えよ」


 ロードリックが剣を抜き放って冷徹に告げる。しかしながら、彼の部下はいささか奔放だった。


「わかりました、アドラス騎士団長はロードリックさんに任せます! 僕は女王騎士どもを皆殺しにすればいいんですよね!」

「違う! 必要がなければ殺すなとあれほど言い含めただろうが!」

「そうでしたっけ? 気をつけますね〜!」


 ミカが明るい声を残して飛んで行ったのを、ロードリックは不安を隠しもしない表情で見送った。功に逸る少年と違ってイシドロは泰然としていたが、地上に新たな獲物を見つけるなり青灰色の瞳を輝かせる。


「俺も行くわ。帰りは待たなくていいぜ」

「お前みたいな猛獣を野放しにしておけるか! 集合時間は守れ、馬鹿者!」

「そうかい。俺は適当にするけど、待つのはご自由にだ」


 イシドロはあろうことか翼竜から飛び降りて、地面へと落下して行った。本当に自由な男だ。

 カーティスが二人をみすみす逃したのには訳があった。

 ネージュの功績で密偵を防ぎきった以上、彼らは本部の見取り図を持ち得ない。よって動きにくいことは間違いないし、地下通路に逃げた職員たちを攻撃することは不可能。

 そしてイシドロとミカは幹部達を狙うはず。ネージュとフレッド、バルトロメイを別の場所に配置したため、それぞれに迎え撃って貰う算段だ。

 準備は万全に近い。本当ならネージュの魔力に頼ってこんな危険な役目を担わせたくはなかったけれど。


「君も苦労するね、ロードリック」

「いいや、別段大したことはない……!」


 ロードリックは怒りに声を震わせながら、顔を真っ赤にして両手を握りしめていた。怒鳴り散らしたいのを我慢しているという様子に、カーティスはにこりと笑いかけてやる。


「知ってはいたけど君も出世したものだね。幼い頃の君はいつもマクシミリアンに付いて回っていたのに、いつのまにかブラッドリーの騎士たちを束ねるまでになったとは」

「……何が言いたい」

「必要がなければ私たちを殺さないのかい? どうしてかな。マクシミリアンの命令にしては、甘」


 ボッ、と耳鳴りがして、白い球体が顔の右を掠めて行った。精悍な頬に細い血の筋が現れ、やがて一雫の赤を溢れさせていく。

 ロードリックは光属性の魔法の使い手だ。その実力は言うに及ばず、カーティスでも集中しなければ殺さずに勝つことは難しい。その宿敵が長い焦げ茶の髪を広げ、端麗な美貌に怒りを宿してこちらを睨み据える様は正に圧巻だ。


「アドラス、貴様には関係ない。いつもいつもヘラヘラと、馬鹿にするのも大概にしろ」

「ロードリックとは何故だか昔から仲良くなれないね」


 残念そうに笑いつつ、今の問答で得た収穫は大きかった。

 ネージュの話によれば、未来でのマクシミリアンはハンネスを死に追いやった自責によって手のつけられない復讐鬼と化したらしい。つまり未だ誰の命も失われていない今、ロードリックの反応を見ても彼らの君主は甘さを捨てきれていないと見て間違いない。

 恐らくだがマクシミリアンは娘への情を残している。それならばまだなんとかなるかもしれない。

 カーティスは一筋の希望を掴んだ。どうやら喜びが顔に出ていたらしく、ロードリックは不愉快そうに眉をしかめた。


「ミカとの会話で殺されないと思ったのなら大間違いだ。貴様はマクシミリアン様の一番の障害。死んでもらう他はない」


 冷徹に告げたロードリックが掲げた剣の先、太陽すら凌ぐほどの光球が現れた。

 あれに触れたものを待つのは影すら残さず消し飛ぶ未来だけ。カーティスは同じように切っ先に火球を出現させ、相対する男と同じタイミングで放った。

 炎と光がぶつかり合った瞬間、何も見えないほどの閃光が膨れ上がる。音もなく熱波が押し寄せるのを防御魔法で防いだカーティスは、すぐに防御を解いて屋根を蹴った。

 すると間髪入れずに元いた場所に光線が突き刺さる。鱗型の瓦屋根をくり抜いたそれは本数を増やし、蛇行しながら追いすがってくる。

 あんなものに捉えられたら蜂の巣の完成だ。カーティスは浮いた体をそのままに、地面に落下するに任せる事にした。

 ロードリックは慌てることもなく光線を放ってくるが、落下しながら防御魔法で全て凌ぐ。やがて光線の届かないところまで落下したカーティスは、着地する瞬間だけ風のクッションを作って地に降り立った。

 そこにはバルトロメイがいて、爛々と目を輝かせたイシドロと相対しているところだった。


「カーティス、お前はあっさり落ちてきおって。何をしているんだまったく」

「申し訳ない、バルトロメイ団長。そちらには行かないようにしますので」


 お許しを、と言おうとしたところで、発動したままの防御魔法に大量の光球が降り注いだ。


「余裕だな、アドラス。貴様のそういうところが心底気に食わん」


 ロードリックは翼竜から飛び降りると、怒りのこもった浅葱色で睨み据えてきた。剣を下ろした姿勢であっても油断など一つもないことは、全身から放たれる気迫が物語っている。


「うわあ……ロードリックのおっさん、めちゃくちゃキレてるじゃねえか。あんた何したんだ?」

「うーん、普通に話していただけのはずなんだけど」


 イシドロが後ろから緊張感なく話しかけてきたので、カーティスも適当に微笑んでおいた。この猛獣は殺す事自体には興味がないので、背後から隙をつくような真似はしないのだ。


「イシドロ! 貴様、隙だらけの女王騎士どもの首をさっさと取らんか!」

「嫌だね。それって勝負じゃねえだろ」


 ぶち、と。

 黒豹騎士団長のこめかみに血管が浮き出たのと同時、堪忍袋の緒が切れた音を聞いたような気がした。


「……良かろう。貴様はせいぜい自分の身を守る事だけを考えておけ」


 ざわざわとロードリックの長髪が揺れる。強すぎる光に遮られて表情が見えないが、どうやら極大魔法を使おうとしていることは呪文の声でわかった。

 ロードリックの剣先に無数の光球が出現する。あれは大量の光球を百八十度に放つ極大魔法だ。あんなものを放たれたら、常人なら瞬時に蒸発してしまう。


「……炸裂せよ、旭日千光!」


 ロードリックの呪文詠唱が完了し、めんどくさそうに呻いたイシドロが防御魔法を展開する。カーティスは本部に、バルトロメイは二人分の防御魔法を繰り出して、圧倒的な光の奔流を凌ぐ事にした。

 空気を割く音が連続し、目の前に展開された風の魔法陣が軋みを上げる。バルトロメイは余裕のある様子だが、やや呆れ気味でもあった。


「黒豹騎士団の連携はどうなっているんだ。イシドロ、もう少し騎士団長の言うことを聞いてやれ」

「俺の知ったこっちゃねえよ。なあ爺さん、せっかく勝負してたのに邪魔が入っちまった。これが終わったら再開しようぜ?」

「ほざけ、若造が。十年鍛えて出直してこい」


 カーティスの眼前で締まりのない会話が交わされる。その間にも光球は降り注ぎ続け、花壇や芝生に無数の穴をくり抜いていく。相手が殺しにかかってくるのにこちらからは攻撃ができないとは何ともやりにくいことだ。


 ——だが、他でもない彼女の願いだ。叶えてやらないとな。


 カーティス自身は神の思し召しなどはどうでもいい。ネージュが誰も死なせたくないと考えている、その事実がなによりも重要なのだ。

 それにしても、彼女はまだ出てこない。

 少しばかり焦燥を覚えて本部の玄関口を確認した時のことだった。ネージュが転がるように飛び出してきて、自身の四方に土壁を展開する。


 そう。カーティスはこの時を、待っていたのだ。


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