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おいでませ敵幹部様御一行 ①

 知らなかった。カーティスがマクシミリアンの復讐に手を貸していただなんて。

 またしてもゲームにおいて明かされなかった過去が出てきてしまった。この事象について深く考えろと頭の中で警鐘が鳴っている。しかしネージュはあまりにも悲しいカーティスの過去に心を揺さぶられて、それ以上の思考をまとめ上げることができなかった。

 彼は周囲の人の平凡な幸せを願った。しかしそのささやかな願いすら、仕えるべき主君に裏切られたのだ。


「……知りません、でした。ナサニエル王の暗殺は、ブラッドリー公に、アドラス騎士団長閣下とオルコット団長が、揃って成されたことだったのですね」


 友と荒れ果てた国のために命をかける。そういう人たちなのだと知っていた。この人が誰よりも気高いことを、知っていたのに。


「私のことを、怖いと思うかい」

「いいえ!……いいえ、閣下」


 ネージュはいつかと同じようにかぶりを振った。しかしその声音の悲痛さは比べようもなく、感情の発露を我慢するために唇を引き結ばなければならなかった。


「私は市井で暮らしていましたので、かつての惨状をよく知っています。当時と比べてどれほど町が明るくなったのかも。女王陛下がどれほど素晴らしい主君であらせられるのかも……知っているんです」


 ネージュはカーティスに救われた時のことを思い出していた。


『すまないね。私たちの力が及ばないせいで、苦しんでいる人が沢山いることは知っている。あともう少しだから……許してほしい』


 どこか苦しげに告げられた許しを乞う言葉。今の今まで意味がわからなかったけれど、ようやく理解できた。


「どれほど……どれほど、救われたことか。民を守ってくださって、ありがとうございました」


 自分こそが貴方に救われたのだとはついに言えないまま、ネージュは小さく微笑んだ。

 あんなみすぼらしい自分について明かすのは恥ずかしい。何より胸が詰まって、それ以上の言葉を口にすることができなかった。

 人とはどうしてこんなにもままならないのだろう。悲しい過去を背負って生きることは、どれほどの苦しみを生み出すのだろう。

 喉が焼けるように痛んで、堪えきれなかった涙が目の端からこぼれ落ちていく。カーティスが驚いた顔をするから、余計に涙が溢れて止まらなくなる。

 死んで欲しくない。生きていてほしい。シェリーもマクシミリアンも、みんな。

 何よりも私は、この方こそを。


「……参ったな。泣かせるつもりはなかったのに」


 カーティスは空色の瞳を細めて、困ったように笑っていた。


「レニエ副団長、シェリーを守ってくれたことに感謝を。そしてこれからは、もっと自身のことも大事にしてほしい」

「……はい、閣下」

「うん。君はとても強いね。勇敢で優しい副団長殿」


 何やら覚えのある台詞に、ネージュは涙の雫がついた睫毛を上下させた。いったいどこで聞いたのだったか。


「君がそんなだから私は心配になる。無茶ばかりを背負いこんで、いつか消えてしまう気がして」


 大きな手が伸びてくる。その手はあの時のように手袋をつけてはいなくて、見るだに剣ダコを蓄えた固い質感をしている。

 何が起ころうとしているのかもわからないまま、ネージュはただ瞬きをしていた。しかしその手が濡れた頬に触れようとしたところで、明らかな異変が起こった。

 轟音を上げて建物が軋む。備え付けられた家具がカタカタと鳴り響き、八方から悲鳴が聞こえてきた頃には、二人は立ち上がって窓辺に駆け寄っていた。


『出てこい! 女王の犬共!!!』


 魔法によってマイクに通したような大声を迸らせていたのは、黒豹騎士団第三位のミカ・フルスティだった。

 彼が乗る黒色の翼竜の下ではいくつもの竜巻が渦を作っている。黒魔術師だけが召喚できる闇の眷属は、恐らくはリシャールが呼び出したものだろう。

 そこまでは想像通りだったのだが、残念ながら今回もイレギュラーが起きていた。勢い付くミカの隣にはそれぞれ翼竜に跨る男二人がいたのだ。

 ネージュはあんぐりと口を開けた。

 信じられない。あれはイシドロと——黒豹騎士団長ロードリック・デミアン・チェンバーズではないか!


「ふむ、レニエ副団長。君の話ではミカだけが来るはずだったと思うのだけど」

「ええと……その、はい。……これも、未来から逸脱してしまった結果かと」

「なるほど。これは面白い」


 余裕の笑みを浮かべるカーティスと共に半眼になってその光景を眺める。乾いた笑い声すら漏れそうになったのを、ネージュは必死で飲み込んだ。


 ——最高幹部のうちの4分の3が来ちゃったよ。部下がいないみたいだけど幹部三人の方が嫌だよ。なにこれ酷い。やっぱり神なんていない!


 神のせいでこんなことになっているのだが、この場に至って心の中のツッコミは家出していた。

 こちらの戦力は黒豹騎士団の捜索によって欠けているのだ。ライオネルとハンネスは自身の部下の三分の二を率いて不在。エスターとヤンは衛生魔法使いとして救護所に詰めなければならないので、基本的には戦闘要員ではない。

 唖然としている間にも事態は進行していく。マクシミリアンとその仲間以外は全てゴミ認定しているとんでも少年ミカは、悪役かくあるべしといった高笑いを決めてくれた。


『ほらほらどうしたの!? 出てこないならさ……雑魚ごとぜーんぶ、吹き飛ばしてやるよ!』


 ミカの細腕に魔力が集中し、莫大な風魔法を発動させる。騎士団本部前にある美しい庭に巨大な竜巻が出現したところで、ネージュとカーティスは同時に窓を飛び降りていた。

 屋根に降り立った途端、イシドロが最強の騎士を見つけて笑みを浮かべるのが見えた。ロードリックも意外そうに眉を上げ、ミカも攻撃の手を緩める。


「……アドラス騎士団長閣下じゃないですか。お久しぶりです。お元気でしたか?」


 ミカが翼竜の上で恭しく腰を折るのを目の当たりにして、ネージュは寒気のする思いがした。

 このテンションの落差、不安定すぎないかなこの子。キャラとしては面白かったけど、実際に目の前にしてみると怖すぎるぞ。


「ああ。ミカも元気だったかな」

「ええ、僕はマクシミリアン様さえお元気なら問題ないのです。……というわけで、アドラス騎士団長。死んでください」


 ミカが冷徹な声と共に無数の風の刃を放ったのと、カーティスが防御魔法を発動したのは全くの同時だった。

 魔力がぶつかり合う光の奔流に飲み込まれたネージュは、空色の瞳が微笑むのを確かに垣間見た。


「レニエ副団長、君はイーネル副団長と非戦闘員の脱出を」


 私も共に戦いますと言える程にネージュは思い上がっていなかった。

 自身の実力では彼らに負けるか殺すかの二択しかない。足手まといになっている場合ではなく、そもそも自身には果たすべき役目がある。


「は! ご武運を!」


 己などにそんなことを言われても、なんとも思わないだろうことはわかっていたけれど。

 ネージュはそれだけ叫んで走り出した。だからカーティスが優しい笑みを見せてくれたことなど、知る由もなかったのだ。


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