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ヒロインの出自に謎がある ②

「あ……あははは! そうだよね! いや、ちょっとそんな単語を小耳に挟んだ気がしたんだけど、気のせいだったのかな!?」


 ヒロインの答えを受け、ネージュは笑ってごまかすことにした。

 まず考えたのは、もしかしたら他にも転生した者がいるかもしれないという事。なにせ自分が友人ポジなのだから、ヒロインが転生者でもおかしくない。

 転生者ならば自身を待ち受ける未来を知り、死を回避しようと考えるに決まっている。つまりはかなりの確率で仲間になれるはずで、それがシェリーなら心強いと思ったのだ。

 しかし当たりは外れてしまった。彼女に隠し立てする理由はないし、この素直な笑顔が偽物であるはずもない。


「そうなの、変わった文字列よね。ニッポン……何だったのかしら?」


 不思議そうに顎に手を当てた友人を前に、ネージュは罪悪感を募らせた。

 ごめんね、嘘をついて。

 ヒロインではなく友人に転生させた理由は想像するしかないが、恋心が邪魔になるからとかそんなところだろう。

 ゲーム補正のおかげか、ネージュは今のところこの世界で誰かを好きになったことはない。自分と恋人だけ無事ならいいなどと割り切られてしまっては、それ以外の人々の死は避けられないだろうから、脇役への転生が奏功したと言える。


「突然だけど、シェリーって気になる人はいないの?」


 ネージュはもう一つの最重要事項を質問した。

 昨夜ゆっくりと考えたところ、なんと今日から物語がスタートする事がわかったのだ。誰を攻略するかによってルートが分岐するのだから、シェリーの恋の相手が誰なのかを知る事ができれば、バッドエンド回避の対策も立てやすいはず。


「いないわね。今は騎士として精一杯努めたいの。女王陛下の恩義に報いるためにも、自分のことにかまけている場合ではないわ」


 返ってきた答えは清冽な意思に満ちていた。

 そうだ、この子はこういう子だった。十五歳で騎士団に入団してきた時から三年、その決意は強くなっているようにすら見える。常に女王陛下への忠義と自身の使命への誇りを持ち、身命を賭して職務を全うする。弱きを救い強きを挫き、周囲の者を愛し民を守る、そんな彼女だからこそ皆が惹かれて止まない。

 シェリー・レイ・アドラスは乙女ゲームの主人公であると同時に、ネージュの唯一無二の親友なのだ。


「そっか……そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃって」


 ネージュは強い光を宿した瞳から目を逸らして肩を落とした。いくら人の命がかかっているとはいえ、彼女の誇りを汚すようなことを言ってしまった。


「そんな、謝るようなことじゃないわ。……あ! もしかして」


 落ち込むネージュとは裏腹に、シェリーは閃いたとばかりに両手を打った。


「気になる人ができたの?」

「え!? いやいや、違うよ! そんなわけないじゃない!」


 輝く瞳で顔を覗き込まれたネージュは慌てて首を横に振った。

 この親友はすっかり勘違いしているようで、過剰な反応を照れからのごまかしと受け取ったらしい。


「ねえ教えて、絶対に誰にも言わないから。応援したいのよ」

「違うってば。ただ何となく聞いてみたくなったの!」

「でも、こんな話を持ちかけてくるなんて初めてでしょう。怪しいわ」


 半眼になった翡翠に見つめられるが、本当にいないのだから仕方がない。

 十代のうちに嫁ぐ女子も多いこの世界において、二十二歳のネージュは適齢期ギリギリの年齢だ。

 平民上がりの兵士として働き、ようやく難関を突破して騎士になった。それからは自分の力を示すことに精一杯で、気付いたら二十歳を過ぎてしまっていたのだ。周りはそんなネージュを心配してくれたが、とうの本人は別段どうでもいいと思っている。

 なぜなら、とあるきっかけから騎士になる事が夢だったから。それがゲームのシナリオによるものだったとしても、自分自身が憧れたという事実だけは、今この時に至っても揺るがない。


「本当にいないよ! もしそんな人ができたら、シェリーに真っ先に相談してるってば」


 力強く否定したら、シェリーは少しの間瞠目した後、嬉しそうに破顔した。


「そう……そうよね! 相談してくれるわよね」


 どうやら相談相手に指名された事が嬉しかったらしい。近寄りがたい程の美貌の持ち主のくせに、こういう素直なところが可愛いのだ。


「そうだよ。だからシェリーも、もし何かあったら——」

「楽しそうだね。君たちは本当に仲が良いな」


 続けようとした言葉は深みのある低音に遮られた。

 振り返るとそこには騎士団長カーティス・ダレン・アドラスがいて、二人はすぐさま直立不動の姿勢をとる。


「アドラス騎士団長閣下!」


 二人分の声と踵が鳴る音が廊下に響く。左脇腹に右拳を置き、左腕を下へと伸ばす礼の姿勢を取った部下を前にして、カーティスは小気味よく笑った。


「楽にして結構。いや、参ったね。こんな仕事をやっていると、娘と普通に話すこともままならない」


 この騎士団長閣下は侯爵位を持つ大貴族にして、シェリーの養父でもある。

 年齢は三十六歳。ダークブロンドと空色の瞳は渋みがありながらも爽やかな印象を残し、整った顔立ちは精悍な輪郭を描く。騎士らしく厚みのある長身に金モールに彩られた濃紺の騎士服を纏い、膝から下を黒の皮ブーツに包んだ足は引き締まって長い。

我が国最強の騎士と言うにふさわしい実力に、多大なる戦功まで有するとなれば、史上最年少にして騎士団の最高指揮官にも就任しようというものだ。


「騎士団長であるあなたに対して敬意を払うのは、部下であれば当然のことです」

「真面目だなシェリーは。しかし少々お硬すぎると思うけどね、私は」

「性分ですから。今更どうすることもできません」


 いつものやり取りを眺めながら、今のネージュは心穏やかではなかった。

 結論から言おう。このカーティスという男は、非攻略対象にして全ての謎を握る最重要人物なのである。

 シェリーは幼い頃に流行病で両親を亡くし、親戚であるカーティスに引き取られた。この話は本人から聞いていたのだが、昨日ゲームの記憶を取り戻したことによって全くの偽りであることが判明した。

 ストーリーの根幹をなすのが、女王とその叔父マクシミリアンによる血で血を洗う政争である。そして終盤で明かされるのが、シェリーがマクシミリアンの落とし胤という衝撃の事実なのだ。


 ——うん、頭痛い!


 主人公がラスボスの実子とは、乙女ゲームではなくジャ◯プ漫画みたいな設定だ。シェリー、君はなんてものを背負っているんだよ。

 ネージュは地面に蹲りたい気分だった。国を揺るがす機密情報を手に入れてしまったという緊張、そしてここまでの事実を手に入れても友へ明かせない罪悪感。

 カーティスは友人のマクシミリアンに頼まれその娘を育てたという情に厚い人物だ。しかし友が反旗を翻した事から対立し、作中では思い悩む姿を見せていた。そして最後に解放される真相解明の真ルートでは、壮絶な戦いの末に命を落とす。

 この尊敬する騎士団長が、今日を境にそんな状況に身を置くことになってしまうとは。ネージュは人知れず胸を痛めたが、同時に決意を新たにしていた。

 絶対に誰も死なせない、と。


「レニエ副団長、シェリーとこれからも仲良くしてやってくれ。君の今日の夜会での活躍を期待しているよ」

「は! 勿体無いお言葉です、騎士団長閣下!」


 カーティスは微笑み一つを残して立ち去って行った。

 それにしても男前だ。ゲームをプレイしていた時は、どうしてこのキャラが攻略対象じゃないのかと残念に思っていたっけ。


「父上にも困ったものだわ。公私の区別はつけるべきだと、日頃から申し上げているのに」

「それだけシェリーが大事なんだよ。良いお父様じゃない」


 そう、何せ最期には娘を庇って命を落とすくらいなのだから。


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