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可愛い女子が女子会をしてると可愛い ④

 何のことはない、その正体は子供だった。鬼ごっこに興じているのか、男の子二人が全力で城壁の上を駆けてくる。

 一応の警戒に当たるネージュだが、三人の側に来たところで鬼役の子供が転んだ時には、流石に刺客の存在を疑ってしまった。しかしそれは杞憂に終わり、男の子が泣きそうな顔で座り込んだことに気付いたファランディーヌが苦笑を浮かべて歩み寄っていく。


「あらあら。貴方、大丈夫?」

「……大丈夫」


 美貌の少女の前で泣くことに躊躇いを覚えたらしい男の子は、ぐっと我慢するような顔で自力で起き上がった。鬼が追いかけてこないことに気付いた男の子も走って戻ってくる。


「ねえ貴方達、この城壁が好き?」


 ファランディーヌが不意に問いかけた。子供にはその質問の意味はわからないので、素直な感情のままに答えを返してくる。


「好きだよ! 遊ぶのに面白いもんな!」

「隠れるところもいっぱいあるしな!」


 快活に笑って顔を見合わせる男の子たちに、ファランディーヌも見惚れるような笑みを浮かべる。しかし次に返ってきた言葉に、三人ともが息を飲むことになった。


「でも、父ちゃんたちはなくならないと困るって」

「うちの母ちゃんも言ってた。みんなが困るのはやだな、おれ」


 優しい子たち。この街では、人のことを思い遣る子供が育まれているのだ。

 ファランディーヌは「そう、優しいのね」と微笑んで、気をつけるように伝えると彼らを見送った。彼女の横顔に女神のような慈愛を見て取って、ネージュは堪らなくなってしまった。


「これは頑張らないと駄目ね。シェリー、ネージュ。すごく大変なことが起こっているけど、私も頑張るから……どうか、私のことを支えてね」


 この時、聡明で気高く常に凛としていたはずの女王陛下は、どこか寄る辺なく見えた。

 子供と触れ合ったことで思い出したのかも知れない。多くの命が自身の肩にのしかかっていることを。あるいは己が既に子供時代を終えてしまったことを。




 王宮に着いての別れ際、ファランディーヌは楽しげに「また三人でお茶しましょうね」と言ってくれた。

 何だか恵まれすぎてバチが当たりそうな話だ。つい嬉しいと思ってしまったネージュだが、ゲームとはかなり矛盾を帯びてきた人間関係に思い至って視線を伏せた。

 バルトロメイに目的を明かしたこともそうだ。意図せずとはいえこれだけ引っ掻き回してしまって、今後に重大な影響を及ぼさなければ良いのだが。

 シェリーは書類仕事を片付けると言って本部に吸い込まれてゆき、すぐ側の寮へ向かう渡り廊下に差し掛かった時のこと。

 正面から歩いてきたのは、隙なく騎士服を身に纏ったカーティスだった。

 ネージュは間髪入れずに敬礼を捧げた。まさかこんなところで出くわすとは思ってもおらず、憧れの騎士との突然の遭遇に心臓が早鐘を打つ。

 しかしカーティスはネージュの緊張ぶりも気にした様子は無く、何やら瞳に驚愕を映してじっとこちらを見つめている。


「レニエ副団長、その服装は……」


 私がスカートを履いているとそんなに変でしょうか。

 ネージュは遣る瀬無くなったが、顔には出さずに控えめな笑みを浮かべた。


「非番でしたので、街へ出ておりました」

「……一人で、かい?」


 カーティスは相変わらず呆然とした様子だ。

 どうしてそんなことを気にするのだろう。疑問を感じたネージュは、一つの可能性に思い至って肝を冷やした。

 もしかして、いよいよ不審がられているのでは。

 強引に引き受けた偵察任務から始まって、この間の戦の不自然な荒天だ。魔法がもたらすには余りにも強大な雷雨は自然現象と片付けられたものの、未だに騎士団内では疑問の声が渦巻いている。そんな状況にあって不審な行動を取る者を疑うのは、彼程の実力者ならば当然のことだ。


「はい。偶然にも女王陛下にお目にかかりましたので、厳密に言えば一人ではありませんが」


 ネージュは逸る気持ちを押さえつけながら小声で囁いた。

 この方に疑われることは耐え難い。一番最初に憧れた騎士様に敵意を向けられることを想像するだけで、胸に穴が空いたような痛みを感じる。

 そんな思いを知るはずもないカーティスは、部下の答えを受けて柔和な笑みを浮かべてくれた。


「……そうか、陛下に。驚いただろうね」

「はい。まさかお忍びで城下にお出ましになっていたとは存じ上げませんでした」

「私と宰相、そしてシェリーだけが知る最重要機密事項だったんだよ。ライオネルあたりが知ったらものすごい剣幕で付いてこようとするに違いないからね」


 ネージュは怜悧な美貌の騎士が必死で女子会に乱入しようとする様を想像してしまい、つい笑みを零した。


「そうですね。確かに想像がつきます」

「だろう?」


 カーティスも軽快に笑った。騎士団長の瞳から動揺が消えたことにホッと胸を撫で下ろしたネージュは、改めて敬礼し直して見せた。


「女王陛下の秘密について知り及んだ以上、これからはよりいっそうお役に立てるよう邁進する所存です!」

「ああ。頼りにしているよ」

「は!」


 元の姿勢へと戻ったネージュは、そこでふとカーティスの空色の瞳が優しげに細められていることに気付いた。

 一体どうしたのだろうかとじっと見つめると、返ってきたのは柔らかな苦笑だった。


「君も真面目だね。依然厳しい状況が続くが、無茶は禁物だ。何かあったらすぐに私を頼りなさい。いいね?」


 何かあったらと彼は言うが、ネージュは自身の抱える秘密を話せない。信じてもらえなければその時点でアウト、間者として投獄されては、もう自由に動けなくなってしまう。

 カーティスのことを責任感と思いやりに溢れた人だと思う。それでも嘘と断じられる可能性ばかりを考えてしまうのは、自らの心の弱さゆえ。

 ネージュは声が震えそうになるのを我慢して礼を述べ、去って行く広い背中を見つめていたのだった。


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