ヒロインの出自に謎がある ①
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宝石のような翡翠の瞳に、薄く色づいた唇。白磁のような頬は透き通るようで、きつく結い上げた銀髪が窓からの日差しを浴びてきらきらと輝く。身に纏う濃紺の騎士服は銀モールが華を加味していて、彼女の魅力を引き上げる一助になっていた。
絶世の美女とはこのシェリー・レイ・アドラスのためにある言葉なのだろう。
「ねえシェリー。日本、って知ってる……?」
隣を歩く美しき親友に対して、ネージュ・レニエはとんでもない質問をぶつけたところだった。彼女は不思議そうに首を傾げて、見た目通り凛とした声でこう言った。
「ニッポン? 聞いたことないわ。流行のお菓子か何かかしら」
何の表裏もない笑顔を前にして、ネージュは引きつった笑みを浮かべるしかない。
——うん、ですよね!
*
その瞬間は何の前触れもなくやってきた。
昨日の夜、シャワーを終えて何気なく寮の自室の鏡をのぞいた時のことだ。ネージュは経験したことがないほど激しい頭痛に襲われた。
肩までのミルクティー色の髪が水を滴らせているのにも構わず頭を抱えて蹲ると、脳内にとある映像が流れ込んでくるではないか。
信じられないほど背の高い建物。その間を通る四角くてでかい化け物たち。そうだ、ここは日本で、ビルの間を車が縫って走るありふれた光景だ。そしてこの景色を見つめるのは——自分。
足取りが軽いのは新作を手にしたから。大好きなメーカーの新作乙女ゲーム「女王陛下の祝福」だ。ああ、この時をどれほど心待ちにしたことか!
そう、ネージュは交通事故で急死するまで日本で暮らしていた。趣味が乙女ゲームで彼氏いない暦年齢という干物ぶりを除けば、普通を絵に描いたような女子大生だったのだ。
我が家に辿り着いてからは夢中になってそのゲームをプレイし……クリアする頃には泣きすぎて目を腫らしているという異常事態に陥っていた。
女王陛下の祝福はエンディングが全てデッドエンドという、だいぶ攻めた内容で物議を醸した問題作だったのである。
しかしネージュは、登場人物の熱い生き様にすっかり心奪われてしまった。
何よりもまずヒロインのシェリーがいい。美しく気高い女騎士で、恋よりも女王への忠誠を優先する不器用なところが愛おしい。攻略対象たちも個性派ぞろいで、みなそれぞれ魅力的だ。
彼らは皆、戦いの中でその命を散らしていく。忠誠をテーマにした物語は重苦しく、しかし激アツだった。
——ここって、その「女王陛下の祝福」の世界じゃない!?
ゲームのヒロイン、シェリー・レイ・アドラス。彼女とネージュはとても仲のいい親友だ。
さあっと血の気が引いていく音がした。ネージュは震える手を口に当て、ヒロインの親友が迎えた最期を回想する。
とにかくどのルートでも死ぬ。シェリーを庇っての戦死。敵兵に特攻しての戦死。傷を負ってろくに動けない状態なのに、女王を庇い弁慶のように立ったまま絶命……。
勇猛すぎやしないかな。
ネージュは脳内でツッコミをした。本当に攻略対象顔負けの死に様には涙して——って、今は自分か。
要するに、全ての登場人物に死が待っているのだ。
今すでに出会っているキャラ達も、ゲームが終わる頃には死んでしまう。前世の自分にとってはゲームの中の出来事だとしても、今の自分にとっては全員がたった一人の人間だというのに。
「さあ、そろそろ状況を理解したであろう」
それは透き通るような声音だった。
ネージュは恐る恐る琥珀色の瞳を開けた。いつのまにか自室ではなく、ぐるりと柱に囲まれた神殿のような空間にいて、突然の事に目を剥いた。
その中央、ソファのような形をした白い石の上に、一人の美女が座っている。
「よく来た。愛しき地球の子よ」
美女はプラチナの髪を耳にかける仕草をした。金の瞳を細め、慈愛に満ちた微笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「会えて嬉しく思う。我の命を聞くがよい」
「え、ちょっとまってまって。全然話に追いつけない」
ネージュは美女の話を大胆にぶった切った。
本当にちょっと待ってほしい。乙女ゲームの世界にいたらしい事もまだ納得していないのに、その上転生に関わる神的なもの登場って、お約束なんだろうけど流石についていけない。
美女はペースを崩されてムッとした表情を見せた。神さま然とした喋り方の割に、意外と人間味があるな。
「えっと、あなたは何者?」
「我は神である」
テンプレかつ正解かよ。
声なきツッコミに気付いた風もなく泰然と話す神は、一応機嫌を直してくれたらしい。ネージュは質問を重ねることにした。
「神様って、どういう神様?」
「我は生み出し、与え、造るもの。魂の管理者たる、唯一無二の存在である」
うん、壮大すぎてよくわからんけど神っぽい仕事だね。
もはや完全に容量オーバーの頭は、意味のない感想しか抱いてはくれなかった。真っ白になったネージュを省みる様子もなく、神は楽しげに声を弾ませている。
「女王陛下の祝福という遊戯に勤しんでみたのは、まあ単なる趣味よな」
「いや、神様ってゲームするの!?」
ネージュも今度は黙っていられなかった。
趣味って認めちゃったよ。泰然としてるから騙されそうになるけど、この神さては年中遊んでるな!?
「するとどうだろう、あまりにも悲しい物語ではないか。我はこの遊戯に登場する者達の、死という運命を書き換えたいのだ。でなければ悲しすぎてこの先百年は暗い気持ちになろう」
「結構引きずるんだね」
神の割に。感情とかなさそうな佇まいの割に。
「というわけで、プレイヤーの乙女たちの中で唯一急死したそなたに、この世界へと転生してもらうことにした」
「無視かな」
「無事に皆の死を回避したら、そなたの願いをなんでも一つだけ叶えてやろうぞ」
「こんな無茶振りある? ねえ、聞いてないふりやめようか?」
ネージュの無表情での指摘を無視し続けた神は、ふと意地悪そうな微笑みを見せる。
「引き受けてくれような? なにせそなたは、この世界で生きてきたのだから」
——踊らされている。
ネージュはぐっと唇を引きむすんだ。
そう、日本にいた頃はゲームの中の存在でしかなかった彼らは、実在する者への親愛として胸の内に宿ってしまった。
その彼らが死んでしまうとわかっていて、手をこまねいて見ていることなどできるはずもない。
そもそも、何もしなければ自分も死ぬのだ。ならば選択肢は一つしかない。
「当たり前! 絶対に、誰も死なないエンディングにたどり着いてやる!」
「なれば良し。地球の子よ、そなたの勇気に感謝する」
この神、どうやらかなり横暴な性格の持ち主のようだ。
確信を得たネージュは、晴れ晴れと笑う神の顔が白く霞んでいくのを、ただ見守るしかなかったのである。




