可愛い女子が女子会をしてると可愛い ③
何から何まで意外すぎる。女王陛下の隠された趣味に対する熱意は、尊敬すら覚える程のもの。
「……さ、作家でございますか。私が好むのは、ルイ・エペーあたりですが」
「ルイ・エペー! 私も好き! 男性側の心理描写が巧みなのよ」
「男性作家ですから、そこが持ち味でしょう。ジュリエンネ・ロードなどは如何でしょうか」
「キルベリエンの冬、でしょ? あれは良かったわ、別れる二人が切なくって、雪の描写が綺麗で」
少女の熱気に押されておずおずと話し始めたネージュは、いつしか楽しみを得てしまっていた。
こんなふうに語り合ったのは前世ぶりで、高揚を感じずにはいられない。しかしふと視線をずらした先に仏頂面のシェリーを見つけて、盛り上がっていた二人は唐突に会話をやめた。
「ごめん、シェリー。楽しくってつい」
ひとまず謝ったものの、シェリーの胡乱げな眼差しは緩むことがなかった。楽しそうで何よりだと言ってむくれる姿は、年相応と言った様子でとても可愛らしい。
そんな臣下たちの遣り取りもよそに、ファランディーヌはさっそくケーキを口にしている。
「レニエのタルト・タタンはやっぱり最高だわ」
ファランディーヌがよくわからないことを言うので、ネージュは瞳を瞬かせた。
レニエとはネージュの姓だ。どうしてここで姓を呼ばれたのか分からず首を傾げていると、気付いたシェリーがフォローを入れてくれた。
「レニエっていうのはこの店の名前よ。カフェ・ド・レニエ。ケーキの美味しい名店」
「そういえばネージュと同じ姓ね」
女王陛下にそんなことより食べてと促されてしまったので、ネージュはフォークを手に取りケーキの端を崩した。
口に含むとタルトの生地としっとりとしたリンゴの甘煮が絡み合って、絶妙な調和を描いていく。
「……美味しい、ですね」
「良かった。ねえねえ、今日のネージュは可愛い格好をしてるのね。もしかして、デート?」
今度はケーキを噴出するところだった。むせそうになるのを紅茶でごまかしたネージュは、しかし更なる追撃に晒されることになる。
「それは私も思いました。ネージュのワードローブはスラックスが大半だった筈です」
「シェリーがそう言うなら間違いないわね。相手は誰?」
これは、あれだ。前世でもよく参加して楽しんだあれ。女子会。高貴さが臨界を突破している二人でも、年頃の乙女の話題には恋が欠かせない。
でもこの話題はネージュにとってあまりにも辛すぎた。恋愛小説を買うのに違和感がないよう必死で粧し込んできただけなのに、何が悲しくてそんなことを言わなければならないのだろうか。
「いえ、デートなどというものでは……」
「怪しいわね。シェリー、心当たりはないの?」
「残念ながら。本当にそうなら教えてもらいたいのだけど? ネージュ」
興味津々といった二人に押されたネージュは、反比例して意固地になった。何だろう、絶対言いたくない。引く手数多の美少女達にそんなことを言ったら、心がポッキリと折れて二度と立ち直れない気がする。
「街に出るのにめかしこむのがそんなにおかしいでしょうか。それにシェリー、前に言ったでしょ。そんな人がいたら真っ先に相談してるって」
その一言は友にとっては抜群の威力があったらしい。シェリーは翡翠の瞳を瞬かせると、申し訳なさそうに肩を落とした。
「そうだったわね。ごめんなさい、調子に乗ったわ」
「ええーそうなの? 残念。恋の話が聞けると思ったのに」
ファランディーヌは不満そうに眉を下げて、石でも放るようにケーキを口に入れた。この国で最も尊い女性にしては随分と乱雑な動作だ。
女王陛下の新たな一面をあまりにもたくさん見せられて、ネージュは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
お茶の後は一つ目的地があるとのことで、ネージュも同行することになった。
シナリオ上ここでトラブルが起こることはないし、シェリーだけで護衛の戦力としては十分だが、万が一ということも考えられる。
「今日の行き先はモンテクロ城壁、でしたね」
シェリーが秋の深まる街並みを眺めながら言う。ファランディーヌもまた景色を見渡して目を細めていたが、臣下からの質問にそうだと頷いた。
モンテクロ城壁というのは、その名の通り王都モンテクロをぐるりと囲む長大な城壁のことだ。しかし国家の近代化が進み、領主間の争いがほとんどなくなった今は無用の長物と化して、市民の動線を阻む大きな障害物となっている。
「そうよ。実はね、城壁の撤去を検討しているの」
しかし予想された答えであっても、ネージュはつい驚きの声を上げてしまった。
領主との戦争がなくなったとはいっても、今はまさに重大な謀反への対処に当たる真っ最中だ。終わった後ならまだしも、今から撤去を考えているとは。
「大臣たちは何と仰っているのです?」
冷静に問いかけると、ファランディーヌはいたずらっぽく笑った。
「反対4、賛成6ってところね。でもね、もう市民たちも我慢の限界なの。市外に出るにはいちいち城門まで行かなければならないし、何より都市開発の一番の障害になっているわ。産業の発展に伴って、既に移住希望者が十五万人にまで膨れ上がっているの。これ以上拡張できないのでは、困ることが多すぎるのよ」
ファランディーヌの瞳は未来を見据えていた。普通の十三歳とは比べるべくもないほど聡明な思考に、ネージュは改めて感銘を受けた。
近々「魔導車」なるものの運用計画が始動すると、国に仕える魔法使いの間ではもっぱらの噂だ。どうやら地球で言うところの機関車と同じものであるそれは、線路を引くために必ず城壁の撤去を行う必要があるらしい。
おそらくファランディーヌはその計画を主導している。完了すればこの国の発展に最も貢献した国王の一人として、歴史に名を刻むことになるだろう。
「まさか、謀反が収束する前に工事を始めるとはおっしゃいませんね」
シェリーは心配そうだった。城壁がなくなることもそうだが、危険を冒してまで王都を開こうとする女王の献身に憂いを覚えたようだ。
「勿論よ。今日はこっそり様子を見に行くの。公務として行くと、早期に壊してくれるものだと皆の期待が増してしまうでしょう」
「そうでしたか。安心いたしました」
仕方がないわねと苦笑するファランディーヌに、シェリーが胸をなで下ろす。ネージュもほっと息をついたところで、突き当たりに城壁の姿が見えてきた。
側までやって来たところでその威容を見上げる。城壁には階段があって、誰でも自由に上に登れるようになっているため、女王は上に行くと主張した。
シェリーが手を差し出したが、ファランディーヌは目立つからと言って臣下のエスコートを断ってしまった。
ネージュは至極残念に思う。美麗な女騎士が女王陛下をエスコートするという素晴らしき光景を見てみたかったのに。
中世の頃作られた石造りの階段を三人で登る。そうして得た風景は、子供の頃に見た時と違ってどこか胸を突く美しさだった。
赤い屋根が眼下を覆い尽くしており、その間を沢山の人が行き交っている。街中にテントで店を出す行商や、石畳に円を書いてその間を飛び回る子供達の姿に、通り過ぎた馬車を追い立てるようにして吠える犬の声。
活気に溢れた街の向こうには慣れ親しんだ王宮が見える。山を削り取って建てた王宮は背後を森に守られており、白い壁の色と紅葉した山の橙がよく映えていた。
こんなに美しかっただろうか。自身が住まい、守ろうとするこの街は。
「やっぱりここからの景色はいいわね。王宮から庭ばかり眺めるよりよっぽど好きよ」
ファランディーヌの声が朗らかに弾む。
その優しい眼差しと輝かんばかりの笑顔を見ていたら、彼女がどれほどこの国を愛しているのかわかってしまった。
ファランディーヌが懐から紙を取り出して広げる。それは市街地の全貌を抑えた地図で、視線を落とすなり藤色の眼差しが仕事中の鋭さを宿す。
「あそこが駅の建設予定地……唯一取り壊し可能な建物があれだけ。城壁を壊すとすると、ここを半円状の道路にできる。でも山は崩せないから……」
風景と地図とを見比べながら、何事かのメモを書きつけていく。建築の専門家ではない彼女だが、都市計画の意見を述べることは当然必要なのだろう。
しばらくの間、ファランディーヌは地図と風景に視線を往復させ続けた。その様子を失礼だと理解しつつも微笑ましく眺めていたのだが、突如として遠くから響いてきた足音に、騎士二人は同時に視線を鋭くした。




