可愛い女子が女子会をしてると可愛い ②
三人の乙女は今、街角の喫茶店にて顔を付き合わせていた。
ネージュは先程から冷や汗が止まらない。ファランディーヌにお茶に誘われるなど、晴天の霹靂と言っても足りないほどの事態だ。
「シェリー、私ケーキが食べたいわ」
「は。メニュー表でございます、陛下」
「エミリアと呼んでちょうだい。バレてしまったら大変じゃない」
「は。失礼いたしました、エミリア」
ファランディーヌは慣れた様子でメニューに視線を落とした。彼女の今日の服装はネージュと同じようなもので、際立つ美貌以外はすっかり店内に溶け込んでいる。
対するシェリーはロングスカートにブラウスという質素な装いだ。恐らくだが、あのスカートの中にはいくつかの武器が隠されていることだろう。
「ネージュはどうなさるの?」
「は……はっ! 私は紅茶のみで結構でございます!」
「そんなこと言わないで、ケーキも食べましょうよ。ここのはとっても美味しいの」
なんのてらいもない笑みを向けられてしまい、ネージュは動揺を隠せない。
どうしてこうなった。仕えるべき君主とお茶だなんて、騎士としておかしいではないか。いやでもシェリーは別段戸惑いは感じていないようだし、君主がいいと言うならいいのか。
「タルト・タタンがおすすめよ。如何?」
「……は。では、そちらを頂きたく」
ネージュがぎこちなく頷いたところで、シェリーが手を上げてウエイトレスを呼んだ。タルト・タタンが三つと、ホットの紅茶が三つ。どうやらこのヒロインも店の味を堪能する気らしい。
「びっくりさせてごめんなさいね。お察しの通り、今日はお忍びなの。シェリーが副団長になった頃から、たまに付き合ってもらってたのよ。ね、シェリー」
「はい。男の護衛は堅苦しいからとおっしゃいましたね」
「そうなの。やっぱり女の子同士じゃないと、一緒に甘いものも食べられないんだもの」
悪戯っぽく笑うファランディーヌは妖精のごとき愛らしさだった。その傍に佇む凛々しき女騎士とのツーショットは何とも絵になる。
——シェリーと女王陛下がお忍びデート? 何それ尊……じゃなくて。
ネージュは状況も忘れてしばし沈黙した。攻略キャラではなく女王陛下とデートだなんて、こんなイベントは真ルートでも無かったはずなのに。
しかも彼女らは半年前からお忍びを続けていたという。明らかにゲームとは違った過去まで現れたことで、ネージュは心臓が嫌な音を立てるのを自覚した。
何かが起きている気がする。根拠は無いが、何かとても重要なことのような——。
「……もしかして、呆れた? こんな大変な時に遊んでいるなんて、って」
申し訳なさそうに笑う女王陛下に気付いて、ネージュは俄かに顔を青くした。
いけない。物思いに耽るあまりに、最も守るべき相手への気遣いを忘れるだなんて。
「いいえ! このようなことなら御誘い頂きたかったと、思った、だけで……ございます……」
焦るあまりに変なことを言ってしまったネージュは、勢いをなくしてしおしおと肩を縮めた。
美少女の悲しげな顔なんて見たくない。それが敬愛する君主であれば、なおさら。
「まあ、本当に? 私もね、本当はネージュを誘いたかったの。でもシェリーは幼い頃から知ってる相手だけど貴女は違うでしょ、だから言い出しにくくて」
頬を染めてはにかむ女王陛下は、撫でさすりたいような可愛さを身に纏っていた。
まさかこういう人だったとは。いつも威厳があって凛として、聡明な女王陛下。その佇まいは老成された雰囲気すらあって、こんな風に年相応の顔を覗かせる事もあるとは思いもしなかった。
「良うございましたね、陛下。お忍び仲間が増えました」
「ええ! とっても嬉しいわ」
シェリーの微笑みは、愛する妹を見るような優しさを滲ませている。女王陛下と親しいことは事実として知っていたが、実際に目にすると微笑ましいとしか表現しようがなかった。
彼女たちは知らないが、本来の二人は従姉妹同士の間柄なのだ。ファランディーヌの父アレクシオスに人らしい情さえあれば、きっと姉妹のように仲良く育つはずだったのだろう。
そう思い至ればどうしても切なくなって、ネージュは涙が滲みそうになる瞳を伏せた。
ウエイトレスがケーキと紅茶を運んでくる。並べられたタルト・タタンは予想以上にボリュームがあって、飴色になった林檎がたまらなく美味しそうだ。
「ネージュは恋愛小説が好きなの?」
色々な感慨に襲われていたネージュは、無防備な場所からの一撃に紅茶を吹き出しそうになった。
ファランディーヌは藤色の瞳を輝かせていて、騎士の動揺を察する気はなさそうである。
「沢山抱えてたわよね。全部戻していたけれど」
「そ、それは……」
女王陛下をお待たせするわけにはいかないので泣く泣く購入を諦めたのだ。対するファランディーヌは、ネージュと同時に手にした本を嬉しそうに購入していた。
「あの本も、譲ってもらって本当に良かったの?」
「も、勿論です。陛下にお買い求めいただいた方が、本も喜びます」
「もう、エミリアって呼んでちょうだい。ねえ、好きなのよね、恋愛小説。そうなんでしょう?」
ファランディーヌの瞳に嘲りの色は無いが、それでもネージュはこの趣味を打ち明けるのに抵抗があった。
適齢期も終盤の女の趣味が恋愛小説を読むこと。日本ならそうでも無いかもしれないが、女は家庭に入るべきという考えが主流のこの世界において、かなり痛々しく映ることは間違いない。
「……実は、そうなのです」
ネージュは純粋な眼差しに負けて頷いた。敗北感にやるせなくなって俯くが、それと同時に楽しげな声が旋毛をくすぐった。
「やっぱり! 嬉しいわ、お忍び仲間どころか恋愛小説仲間ができるなんて! シェリーは全然興味ないんだもの、私つまらなくって」
「つまらないとは随分なお言葉です、エミリア。趣味とは人にとやかく言われるようなものでもないでしょう」
「それでも趣味が鍛錬って流石にどうかと思うわ。年頃の乙女として」
——あれ? 引いて、ない……?
ネージュは恐る恐る顔を上げた。そこには無邪気な笑みを浮かべるファランディーヌと、少々面白くなさそうなシェリーがいる。
「ネージュ私ね、恋愛小説が大好きなの。今日買った本、貴女も読みたいわよね? 今度貸してあげるわ」
そして女王陛下がとんでもなく気さくな事を言い出したので、ネージュは慌てて首を横に振った。
「い、いえ、そのような!」
「遠慮しないで、一緒に感想を語り合いたいのよ。仲間がいるって素敵ね。ネージュは好きな作家とか、いるの?」
やや興奮気味に話す少女の姿は、完全に恋愛小説オタクのそれであった。




