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チートって何だっけ? ④

 着替えを終えたネージュはバルトロメイと天幕の中で向かい合っていた。隠しの魔法を使い、周囲への警戒は万全だ。

 第三騎士団長の鉛色の瞳はいつもの優しさを打ち消し、一筋垂れた白髪の向こうで鋭く光っている。天候を操る大魔法を発動させた時点で覚悟していたことではあっても、尊敬する上司のこの態度はやはり堪える。ネージュは俯くようにして視線を逸らし、膝の上に置いた両拳を当てもなく見つめた。


「……到底信じられんような話だな。未来を見てきたというお前は、一体どのような神に愛されたのやら」


 ポテチとゲームが好きなクソニートです。そんな答えを口にするわけにもいかず、ぎゅっと唇を噛み締める。

 ネージュはほとんど全てをバルトロメイに打ち明けた。そうでもしなければあの魔力量について説明することができなかったから。乙女ゲームと転生いう単語だけは伏せ、未来を見てきたと嘘をついたのと、マクシミリアンの復讐心とシェリーの出自については口を噤んだが、それ以外は洗いざらい白状したのだ。

 こんな荒唐無稽な話を信じる者がいるはずもない。バルトロメイならば信じてくれるかも知れないと、愚かな希望にすがったのが間違いだったのだろう。

 絶望感に目の端に涙を滲ませた瞬間、濡れた髪の毛越しに頭に触れる温かな感触があった。

 顔を上げると、そこにあるのはいつもの微笑み。前世の祖父を思い起こさせるそれに、懐かしさを覚えて胸が痛んだ。


「それでも私はお前を信じる。嘘などつくはずもないお前の人柄と、女王陛下への忠節を信じる。ネージュ、お前は良くやった」

「ガルシア団長……」

「ほら、騎士が人前で涙を見せるな。戦いはまだ終わっていないのだから」


 バルトロメイの大きな両手が両頬を挟み、わしわしと乱暴に揉む。その親愛に満ちた仕草に、ネージュはついに涙腺を決壊させた。

 今の今まで何もかもが不安だった。果てのない旅路における仲間がようやく見つかった、得難いほどの安堵が全身に沁み渡る。


「う、うう……団ちょお……!」

「おやおや。随分と立派になったと思っていたが……やはり入団当時と何も変わらんなあ」


 ネージュは十六歳で入団すると同時に第三騎士団に配属されて、以来ずっとバルトロメイにしごかれてきた。時に厳しく時に優しい彼に鍛えられ、未熟ながらも一端の騎士として成長し、副団長職を拝命するまでになったのだ。その恩義はどうあっても返しきれるものではない。


「わ、私……! 絶対にやり遂げてみせます。ぜったい、誰も死なせないっ……! あなたのことも、ガルシア団長」


 大粒の涙が零れ落ちては、皺だらけの手の甲に吸い込まれていく。大泣きするいい歳をした部下に、バルトロメイは困ったように笑っている。


「私はそう簡単に死なんよ」

「わがっでまず……! わ、たしも、ガルシア団長を信じていますからっ……!」


 ネージュは手の甲で涙を拭い、深呼吸をして居住まいを正す。しばらくすると気持ちも落ち着いてきて、静かな光を湛えた鉛色の瞳を見返した。

 現在に至るまで、いかに正史から逸脱してしまったかを語る。誕生会においてはクレメインが死ぬはずだったこと、この戦においてはハンネスが死に、多数の死傷者が出る予定だったこと。そして膨大な魔力を得てしまったことを。


「では総合すると、かなりの数の人命が救われているということだな」

「一応、そういうことになります。ですが」

「まだ反乱は始まったばかり。今後どうなるかは、既に違う未来に進んだ現在においては見当もつかない、か」

「……はい。おっしゃる通りです」


 バルトロメイは思案するように目を細めて顎を撫でた。イケメンおじいちゃんはこんな仕草も大変様になるが、そこに感動を覚えている場合ではない。


「疑問が残る。なぜ神は、我らの命が救われることを望まれた?」


 予想だにしない問いに、ネージュは瞳を瞬かせた。


「それは……命が失われたことが、悲しかったと」

「では何故、今この政争のみにそうした感傷をいだかれたのだ? もっと悲惨な戦争を、私はいくつも経験したぞ」


 それは、この政争のみがゲームによって取り上げられたから。神はゲームの内容改変を望んでいるのだ。


 ——本当に、そうなの?


 頭の中で疑問が膨れ上がる。確かにバルトロメイの言う通りだ。考えてもみなかったことだが、なぜ神はこのゲームだけを気にしたもうたのか。

 地球においては目を覆いたくなるような悲惨な争いが繰り返されている。過去に遡れば何百万、何千万単位の命が失われた戦争もあったのに、神は何故かこのゲームに並々ならぬ執着を見せた。

 一人の取りこぼしも許さぬと、そう言ったのだ。


「どう、なのでしょうか。神とは、気まぐれなものなのかも知れません」


 考えても答えが出てくることはなく、ネージュは日本人らしい感性でそう述べた。今更のように胸の内に生じた疑問が不快な澱をもたらしたが、曖昧に微笑むしかなかった。


「……ふむ。その気まぐれに、感謝するとしようか」


 バルトロメイも同じような笑みを浮かべた。話の先を促す視線を受けて、ネージュは再び語り始めることにする。

 さて、どうまとめるべきか。いくつかのルートがある筈だが、今のところヒロインが誰かに好意を抱く気配はない。つまり話をすべきは誰とも恋仲にならないまま真相を解明する真ルートについてだろう。


「……まずはこの戦において、我々は辛くも勝利を手にします。黒豹騎士団は敗走。以降は行方を掴めないまま、彼らの襲撃に戦力を削られることになります。ただしそれは時間稼ぎに過ぎないのです」

「時間稼ぎ?」

「はい。ブラッドリー公は復讐のためなら手段を選ばない。彼は王都ごと、魔獣を召喚して破壊せしめようとするのです」


 これには流石のバルトロメイもその表情に動揺を乗せた。

 真ルートにおける最後の戦いについて思い出すと、口の中に苦味が広がっていく。

 倒れる仲間たち。破壊された街。燃える王宮。最終的に生き残るのは女王と王都の住民の半分ほどのみという、もっとも悲惨で、もっとも悲しい物語。


「あなたは住民を守って命を落とします。私も同じく。シェリーとアドラス騎士団長閣下は女王陛下を守り、部下の、皆も……」


 先程引き締めたはずの涙腺が主張を始めたので、ネージュは一つ深呼吸をした。再び瞳を合わせた時、尊敬すべき上官はただ静かに微笑んでいた。


「わかった。そうならないよう、精一杯努めるとしよう」

「……本当に、信じてくださるのですか」

「勿論だ。女王陛下をお守りするため、出来うる限りの命を救うため、私も力を尽くす」


 バルトロメイの瞳に迷いはなかった。いつも騎士たる本分を忘れない彼もまた、女王陛下を守るためなら手段を選ばないのだ。


 その後も話し合いを続けた結果とある事実が判明した。

 空になったブラッドリー城を抑えることに成功したのだ。しかし普通なら歓声を上げるような戦果でも、シナリオを知るネージュはただそのまま現実を受け止めるだけ。

 帰る場所を失った黒豹騎士団は、兵士を置き去りにして行方を眩ませた。それは彼らが今後はどう打って出てくるかわからないという、恐るべき闇の集団と成り果てたことを意味していた。


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