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2 黒豹騎士団の人々

 イシドロとの邂逅を果たした直後、シェリーは黒豹騎士団団長室にいた。


 目の前に立つのは騎士団長ロードリック・デミアン・チェンバーズだ。長髪を切って短髪になった彼は、以前よりも随分と柔らかい雰囲気を纏っているように見えたが、残念ながらシェリーへの態度は予想外のものだった。


「ようこそおいで下さいました、シェリー様。黒豹騎士団一同、心より歓迎申し上げます」


 ロードリックは流麗な動作で跪き、深々とした礼を取って見せた。

 想定を遥かに超える出来事にシェリーはしばし呆然としてしまったのだが、ようやく我を取り戻すと慌てて膝をついて、彼と目線を合わせることにした。


「あの、チェンバーズ騎士団長閣下……! そのような態度は私には分不相応なので、おやめ頂けませんか!」


「いえしかし、貴方様は我が主君の唯一の御子ゆえ」


 そんなことを言われても困る。シェリーの生みの親は確かにマクシミリアンだが、父親と慕うのはカーティスしかいないのだ。


「世間一般には公表されていない事実なので、大変恐れ入りますが困るのです! お願いですから、どうか!」


 必死の思いで懇願すると、ロードリックも一応は理解してくれたようだった。

 きっと彼は主人に忠実な真の騎士なのだろう。それは先の謀反の経緯から見ても明らかな事実なのだから。


「そうですな。……いや、申し訳ない、そうだった。いつも貴殿を見かけるたび、心の中でシェリー様と呼んでいたので、つい」


 ロードリックは苦笑しつつ頷くと、シェリーに応接用のソファを勧めて自身も腰掛けた。シェリーは心の中で安堵のため息をつき、部屋の主の対面に浅く腰を据えた。 


「貴方はやはり、私の出自についてご存知だったのですね」


「ああ。貴殿が産まれた時のことも、はっきりと覚えている」


 それはカーティスすらも知らないであろう、シェリーにとってはまるで現実味のない過去の話だった。

 聞きたいような聞きたくないような、不思議な心地がした。シェリーが言葉を失っていると、ロードリックは小さく首を振ったようだった。


「私から話すようなことではなかったな。……こんなにご立派に成長なされて、何よりだった」


 彼の顔に穏やかな笑みが浮かんだのを受けて、シェリーは胸を突かれる思いがした。

 もしかするとロードリックもまた、自分のことを心配してくれていた一人だったのかもしれない。知らずのうちにどれほど周囲に守られていたのか、大人になってから実感することになるとは情けない話だが、シェリーは素直に有難いと思った。


「はい。気に掛けていただき、感謝申し上げます」


 ソファに腰掛けたまま直角に頭を下げる。

 今無事にここにいるのは、黙ったまま守ってくれた沢山の人のお陰なのだ。ならばただ感謝をして、これからは周囲への恩返しを考えていけばいい。

 ロードリックは何もしていないとばかりに首を振ると、すぐに仕事用であろう引き締まった表情になった。


「馬上槍試合の当日まで滞在するとのことだったな。むさ苦しいところではあるが、気楽に過ごしてほしい」


「お世話になります。よろしくお願い致します」


「こちらの運営委員は第四位のケネス・ゴードンという者が務める。ゴードンとの仕事以外は自由時間となるが、暇があれば城内設備は自由に使ってくれ。こちらはリシャールに案内させる」


「はい、恐れ入ります」


 折目正しく頷いたシェリーに、ロードリックもまた真面目な面持ちで目礼をした。


「開催地がブラッドリー領となったのは、女王陛下とアドラス騎士団長の発案だと聞いている。最大限の温情と心遣いには、感謝してもしきれない」


「チェンバーズ騎士団長閣下……」


「まずは私から礼を申し上げる。此度の馬上槍試合は黒豹騎士団よりの謝意も込め、必ず成功させて女王陛下にお返しする覚悟だ」


 故に貴殿の力を借りたいのだと締めくくったロードリックに、シェリーは一も二もなく頷いた。

 副団長になって間もなく謀反が起きたから、彼の人柄など良くは知らなかった。しかしこれほどの人物がトップを務める騎士団なら、無条件で信用できるような気がする。


「承知いたしました。微力ではございますが、精一杯お力添えさせていただきます」


「頼もしいな。どうかよろしく頼む」


 握手を交わしたところで、シェリーは大事なことを思い出した。


「ところで、ブラッドリー公爵様はどこにおわしますか。ご挨拶させて頂きたいのですが」


「ああ……申し訳ない。マクシミリアン様はご公務にお出ましでな」


 真実申し訳なさそうに告げられた答えは予想の範囲内のものだった。

 マクシミリアンは禁固刑を終えて以来、領主としての仕事に忙殺されているらしい。

 ただでさえ仕事が山積みだというのに、隣の領地を治めていたホプキンソン侯爵が突如として逮捕されてしまい、臨時で侯爵領の面倒を見ることになったのだそうだ。


「マクシミリアン様も此度の催しの重要性は理解しておられる。すぐにお戻りになられるはずだ」


 ロードリックは取りなすように言ったが、シェリーは自らの心に生じたさざなみに気を取られていた。

 何だか今、ホッとしてしまった。マクシミリアンと何を話せばいいのかわからなかったから。

 案外向こうも同じ気持ちでいるかもしれないと考えつき、シェリーは小さく苦笑したのだった。


 その後はリシャールがやってきて、城内を案内してもらうことになった。


「女性が来てくださるなんて嬉しいです。アドラス副団長殿、よろしくお願いしますね」


 石造りの廊下を歩きながら改めて挨拶をすると、リシャールは朗らかに笑ったようだった。

 リシャールとは父の結婚式の時に挨拶をさせてもらっている。シェリーも彼女とじっくり話をしてみたかったので、この機会は幸運だと言えた。


「私も嬉しいです。リシャールさんはネージュと友達なんですよね?」


「えっ……! 友達、ですか⁉︎」


 しかし聞いた話を確認してみると、思っていたよりも過剰な反応を得てしまい、シェリーは首を傾げた。


「違うのですか?」


「い、いえ、違うと言いますか……。私からそうだと頷くのは、烏滸がましいような気がして……」


 リシャールは隠れた目元を俯かせた。そういえば以前の彼女は男性のふりをして騎士団員として務めており、誰とも話さないことで有名だったと聞く。


「そんなことはありません。友達じゃないなんて言ったら、ネージュは悲しむと思いますよ」


 シェリーはあえて冗談めかして言った。するとリシャールは前髪の合間の瞳を細め、控えめな笑みを見せてくれた。


「だとしたら、嬉しいです」


 口元しか見えていなくともその顔が整っていることは一目瞭然だし、控えめでお淑やかな喋り方はずっと聞いていたい心地よさがある。周囲が美形だらけのシェリーだが、この人は周りにいなかったタイプかもしれない。


「リシャールさんって素敵な方ですね。この前まで男性のふりをしていたとは思えないです」


「え……? そうでしょうか」


「はい。黒豹騎士団は男性しかいないようですが、ご不便などはありませんか?」


 つい心配になって尋ねると、リシャールはすぐに首を横に振った。


「意外と何とかなるものですよ。私はほとんど自室にこもっておりますので」


 なるほど現在は医務室、以前は黒魔術室ということか。今は傷病人が訪れるゆえに忙しいだろうが、黒魔術師だった頃は誰とも関わらなくとも問題なかったのかもしれない。


「それに、皆さん良い方々ですから。私が極度の人見知りなのを察して距離を取って下さるので、有難い限りです」


 黒豹騎士団員の人柄についてはよく知らない。しかしマクシミリアンのカリスマ性は凄まじいものがあるようだし、更にはロードリックが統率する組織なのだから、紳士的な人達というのは間違いないのかも。


 ……まあ、それに当てはまらない人物を約一名知っているけれど。


「こちらがアドラス副団長殿のお部屋です。ご自由にお使いくださいね」


 案内されたのは騎士の滞在用と思しき部屋だった。清潔感があって使いやすそうな設備に感謝して、シェリーは直角に頭を下げた。


「リシャールさん、ありがとうございます」


「とんでもございません。この後もご案内してもよろしいですか?」


「もちろん、よろしくお願いします」


 笑顔を交わして荷物だけ置いた後、二人はすぐに歩き出す。その後も訓練場に運動場、領主執務室、リシャールの根城たる医務室など、至る所を案内してもらった。すれ違う騎士たちは少し物珍しそうにこちらを見たが、王立騎士団の制服を着たシェリーに対して皆が礼儀正しく挨拶をしてくれた。

 

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