序 夏の日
シェリー編、始まります。
靴磨きを生業とする少年は暇を持て余していた。
客が来るかどうかは運によるところが大きい。なかなか暮らしは楽にならないが、子供にできることなどたかが知れており、思いつく限りはもっとも稼げるのがこの仕事だった。
少年は場所を変えることにして、大通りから一本入った道にて日影を選んで道具を広げた。蝉の声が不快感を増長する中、たまに思い付いたように声を上げてみる。殆どの通行人は一瞥もくれないか、ちらりと視線をよこして気の毒そうな顔をして去っていくかのどちらかだ。
こんなことを繰り返していると、自分が世界にとって最も取るに足らない存在であることを自覚せずにはいられなかった。
だってそうだろう。食べるものもまともに買えず、ぼろぼろの服を着て、王都で最も治安が悪いスラムに住んでいる。こんな俺を必要とする人間なんて、きっと兄貴以外には一人もいないんだ。
「靴磨き、お願いできるかしら」
不意に透き通るような声が聞こえて、少年はゆっくりと顔を上げた。
どうやら客がやってきたらしい。金髪と翡翠の瞳を持った、やたらと綺麗な若い女だ。
座るように言うと、女は少しの躊躇いもなく古ぼけた木椅子に腰掛けた。高そうなクリーム色のドレスを着ているのに良いのだろうかと思ったが、もう座っているので問題ないのかもしれない。
「夫に貰った大事な靴なの。だから綺麗にしたくて」
既に十分に磨かれた革のパンプスが細い足を包み込んでいる。まさか彼女は幼い靴磨きに仕事を与えてくれたのかと思い付くも、久しく人の親切に触れてこなかった頭は上手く回ってくれず、少年は何も言うことができなかった。
女が微笑むと、無情な蝉の音が少しだけ遠ざかるような気がした。




