おまけ 騎士団長閣下、怒られる
カーティスが両親に報告したときのお話。完全におまけです。
カーティスの両親、つまるところ前アドラス侯爵夫妻は、現在は領地の本邸にて優雅な隠居生活を送っている。
騎士団長だった父はカーティスが入団する前の戦で左腕を失ったのを機に騎士を引退。代替わりして悪政を敷くようになった王権に愛想を尽かし、息子が騎士団で地位を得た頃になって爵位を譲渡し領地に引っ込んでしまった。
そして時折顔を合わせると決まって結婚はしないのかと聞いてくる。尊敬する父とは言えこの催促ばかりはいただけず、カーティスは笑って躱すのが常だった。
そんな父に対して今回電話をかけた理由は一つだ。どんな反応が返ってくるのか考えるだけで気が重くなるのを無理矢理押し上げて、カーティスは電話交換手が本邸に繋いでくれるのを待った。
『カーティスか、久しぶりだな。元気にしているのか』
しばしの間をとって電話口に現れた父ウィンストンは、いかにも武人然とした相変わらずの声をしていた。歳はもう六十七になったところだが、今も欠かさず素振りを行なっているのだろう。
「ええ、こちらは相変わらずです」
『そうか。シェリーはどうしてる』
「いつもの如く頑張っていますよ。父上は如何お過ごしですか」
『特に変わりはない。メリンダも元気だぞ』
二人が元気そうでよかったとカーティスは微笑んだ。
母のメリンダは元魔法庁職員の魔法使いである。それなのに少々心配になるくらいのほほんとしているので、父程は結婚の催促をしてこないぶんやりやすい相手だ。
『それで、何の用だ』
「流石は父上、お話が早い。今回お電話をしましたのも、一つご報告を申し上げようと。実は結婚をしたいと思うのです」
結婚を「したいと思う」のではなく「する」のだが、許可を得る立場なので一応は柔らかい表現にしておいた。するとそんな心持ちなど読み取ることもなく、ウィンストンは絶句したようだった。
『……………今なんと言った?』
「ですから、結婚を」
『何だと!?』
今度こそ低い叫び声が鼓膜を震わせたので、カーティスは受話器を耳から離した。
『本気か!? あれだけのらりくらりと結婚を躱してきたお前が……! 一体どういう風の吹き回しだ!?』
「相手にも了承を得ました。愛しているので結婚します」
『おお、そうか……! そうかそうか! それは何よりだ!』
声だけでわかる。いつも厳格な父が、聞いたこともない程に浮かれている。
ウィンストンは常識人なのだ。三十六にもなって結婚していない息子のことを心配していたのも親心ゆえ。
『それで、相手は一体どんな方なんだ』
よしここからだぞとカーティスは気合を入れた。どんなに上手く伝えたとしても、大変面倒な反応が返ってくるのは容易に想像がつくからだ。
「明るく真面目で、非常に芯が強いです。心優しい人ですよ」
『ほう、素晴らしいな』
本当ならネージュの魅力はこんな一言では語りつくせないのだが、親相手に惚気るものでもないのでこのくらいにしておく。
「そうでしょう。騎士ですが近々退職することになっていまして、子爵位を持っています」
『…………………何だと?』
今度の間は先程よりも長かった。急速に低くなった声が放つ威圧感は、カーティスと言えど受け止めかねるものがある。
『元騎士ということは、お前……まさか部下に手を出したのか!?』
最強と謳われた元騎士団長の一喝が響き、カーティスはまたしても受話器を耳から離す羽目になった。
こう来るとは思っていたがやっぱりこう来たか。正論ゆえに言い返す言葉を持たないカーティスは、ため息を吐きたいのを我慢して猛攻に耐えるしかない。
『なんという事をしたんだお前は! しかも子爵位ということは副団長か!? 前途有望な人材を退職させおって……!』
「違います、彼女が退職するのは私の意向ではありません」
『信用できるか! ま、まさか……に、にん、にんし』
「していません。どうか落ち着いてください」
息子を何だと思っているのだこの父は。お陰様で女性を大切にする男たれと育ててもらったと思っていたのに、父にはそうした認識がないのなら少々傷付くのだが。
『くっ、何という事だ! ……そうだ! その女性はいくつなんだ』
「……二十二です」
これを言うのは流石のカーティスもためらった。何せこの国の成人年齢を考えればギリギリ娘でもおかしくない年頃である。
案の定ウィンストンは今度こそ絶句したらしい。長きに渡る沈黙ののちに聞こえてきたのは、悲痛すぎる怒声だった。
『シェリーとそう変わらないではないか!?』
正論である。まぎれもない正論である。
『まてよ、元副団長だと? ま、まさかシェリーとは』
「……友人同士です」
『そこへ直れ、カーティス!!!』
カーティスは受話器の向こうで血管が切れる音を聞いたような気がした。最後にウィンストンの真の怒声を聞いたのは、もう二十年以上前のことだっただろうか。
ちょっと遠い目をしながら、子供時代ぶりの父親の説教を甘んじて受け入れることにする。電話だったので、流石に姿勢を正すことはなかったが。
『部下で十四も歳下の、しかも娘の友人に手を出すとは何事か! 見損なったぞ!』
「おっしゃる通りかと」
厳密に言えば本当の意味で手を出すまでは行っていないのだが、心持ちは否定できないので言い返さなかった。
『私はお前の育て方を間違えたらしいな! シェリーにどう申し開きするつもりだ!』
「シェリーにはもう伝えました。喜んでおりましたが」
『だからと言って許されるというものでもなかろう、この大馬鹿者が!』
「では、父上は反対なのですか」
『そんな訳があるか、話を聞く限り素晴らしいお嬢さんだろうが! 私は倫理観の話をしているんだ!』
——正論過ぎて何も言い返せない。
カーティスはついにため息をついたが、頭を沸騰させたウィンストンはその音を拾わなかった。
夫の怒声に気付いたメリンダがやってきて電話を代わり、「それでは週末には二人でそちらに行くわね」ということになるまで、カーティスは父の説教を甘んじて受け止め続けていたのだった。
次回から結婚後の短いお話を始めますので、よろしければお付き合い下さいませ(^^)




