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初デートは何をもたらすか ④

 バルトロメイへの贈り物はウールの中折れ帽、テレーズには花柄のティーカップに決めた。ネージュはこっそりとカーティスへのプレゼントも見当をつけておいたので、幹部陣と事務員へのお礼と合わせて今度買いに来るつもりだ。

 洗練された笑みを浮かべた店員から包んでもらった品を受け取る。さすが最新の百貨店では包装も最新で、持って帰ると伝えたら紙袋に入れてくれた。この世界では紙袋の普及はまだまだで、大きめの買い物をした際には箱に詰めて供に運ばせるか、後日届けてもらうのが一般的なのだ。

 しかし店員に礼を言って歩き出した途端、その紙袋は実に自然な動きでカーティスに奪い去られてしまった。


「え……!? あのっ?」

「荷物持ちくらいはさせてもらわないと」

「そ、そんな! そのようなことをして頂くわけには……!」

「遠慮は無しだよ。レディに荷物を持たせては、騎士として立つ瀬がないと言うものだからね」


 どう言えば断れないのか、カーティスはどうやらよく知っているらしい。ネージュはしばし両手を彷徨わせたのち、最終的には素直に頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 一応は微笑むことができていたはずだが、いちいち狼狽えてしまって恥ずかしかった。

 流石に面倒だと思われてはいないだろうか。今までカーティスと付き合いのあった女性たちは、きっと皆が絶世の美女で、もっと綺麗に好意を受け取ることができる人達だったろうに。

 畏まって礼を述べたネージュに、カーティスは「はい、どういたしまして」と言ってさらりと笑った。やはり如才ない人だ。



「後は第三騎士団員たちへのお礼の品、だったかな」

「はい。実はもう目星はついていて、タオルにしようかと考えているんです」


 この世界でタオルが登場したのもまたつい最近のこと。

 ただし高級品のため日常的に使う者はまだまだ少数派で、多くの騎士が未だに綿布で汗をぬぐっている。

 ネージュは根っからの庶民にして節約家なのだが、これくらいの贅沢は自分に許すべきと断じて半年ほど前にこの百貨店でタオルを揃えた。以来フワフワ感を損なわない高級タオルは、持ち物の中でも特に愛用の一品となっている。


「タオルって良いものですよね。私もここで買ったものを使っているのですが、とても気に入っていて」

「……君も、使ってる?」


 不意にカーティスの声が抑揚をなくした。笑みを浮かべているのに表情がどこか怖いような気がして、ネージュは瞬きをしたのだが、一瞬感じた不穏な気配はすぐに消え去ってしまった。

 変な思い違いをして失礼だったな。ネージュは反省しつつ、そうですと頷いた。


「なるほど、タオルとはいい案だね。けど、騎士が訓練に使うには少し勿体無いような気もするかな」

「そう、ですか? 言われてみると、確かに……」


 ごく爽やかな笑みに再考を促され、ネージュは貰った意見について考えを巡らせてみた。

 自身は訓練でタオルを使う際には汚さないように気をつけているが、誰もがそうするとは限らない。剣を磨いた手で触りでもしたら……えらいことになるのが想像できる。


「男からすれば安い綿布が使いやすいという面もあると思うよ」

「そうでしたか。有難いご意見です……!」


 危うく使いにくいお礼の品を贈るところだった。適当に相槌を打つのではなく真摯に意見を述べてくれるのだから、カーティスは本当に誠実で優しい。


「小さなお菓子くらいで十分じゃないかな」

「小さな、ですか?」

「お返しを考えなくていいくらいのものの方が、お互い気が楽だろう?」


 言われてみると、あまり良いもの過ぎてもプレッシャーを感じるかもしれない。


「仰る通りですね。小さめのお菓子にします!」


 やっぱり勇気を出してカーティスに頼んでみて本当に良かった。ネージュは良いものが選べそうなことに、安堵の笑みを浮かべたのだった。





「今日はありがとうございましたっ! とても楽しかったです……!」

「こちらこそ。私も、とても楽しかった」


 王宮内の女子寮に程近い庭園にて、ネージュは微笑むカーティスに九十度の礼をした。

 夕飯までご馳走になったばかりかこんなところまで送ってもらい恐縮しきりだ。

 高級食材をふんだんに使った料理の数々、一体幾らしたのだろう。店を出るときには既に会計が済ませてあって、そんな素振りは一切なかったのだから仰天してしまった。

 恋愛に関する知識は乙女ゲームと小説だけというネージュもそろそろ気付き始めている。これは、これは間違いなく。


 ——圧倒的経験値の差!


 とにかくスマート。全てがカッコイイ。

 話はちゃんと聞いてくれるし、同じくらい話しかけてくれるし、エスコートは流れるように自然で手抜かりなど一切無し。ネージュを賛美する言葉を繰り出したかと思えば、一々あたふたする様子に苛立ちを見せることもなく、しかもそれらを常に微笑んでこなしきるのだから流石だった。

 日頃から完璧な人だと思ってはいたが、ここへ来ていよいよ欠点が見あたらない。こんな人がいて良いのか。

 いや、いるのだ。目の前に。


「また休みの日を空けておいて。どこかに出かけよう」

「……はい。楽しみにしています」


 ネージュは喜びのままに笑みをこぼした。

 こうして次の約束ができることがどれほど幸せで、同時にどれほどの不安を呼び込むのか、きっと彼は知らないのだろう。

 結婚の約束までしておいてこんなに不安だなんて、カーティスの事を疑っているのと同じだ。それが解っているのに、時が経つにつれ、幸せであればあるほど胸の内に靄がかかっていく。

 過去の美しい恋人たちのことも、カーティスは同じように大切にしていたに違いない。彼女らと比べてネージュが平凡であることに、彼はいつ気が付くのだろうか。

 あまりにも違う立場が牙を剥くのは、あとどれほどの時間を過ごしてのことなのか。きっと誰かが反対するはずだ。あんな女では相応しくないと、尤も過ぎる正論を並べて。

 そして、その時が来たら一体自分はどうするつもりなのだろう。

 ファランディーヌは不安になる暇も無いくらいトントン拍子で進むなどと笑っていたけれど、偉大な女王は元女騎士を過大評価しすぎている。

 ネージュは人並みに小心者で、些細なことで不安になるような、どこにでもいる平凡な女だというのに。


「やっぱり寮の玄関まで送って行こうか」


 カーティスが暗い庭園を見て心配顔をしている。

 お願いしますと微笑めば、あとほんの少しでも一緒に居ることができる。けれどそれは駄目だ。ここまででいいと言ったのはネージュであり、女子寮などに騎士団長閣下が顔を出せば大騒ぎになるのは明白なのだから。

 ネージュは出来うる限り朗らかな笑みを浮かべた。 心配しないで下さいと言外に伝えるために。


「とんでもありません。あと少しですから」

「……けど、夜道は危ない」

「いつも歩いている場所ではありませんか。本当に大丈夫ですよ」


 からりと笑えばカーティスも最終的には納得してくれたようだった。礼を言って荷物を受け取ると、頬に口づけが降ってきたので、ネージュは性懲りも無く顔を真っ赤にしてしまった。


「お休み。気を付けてね」

「は、い。お休み、なさい……」


 一瞬にして真っ白になった頭をどうすることもできないまま、一礼をして歩き出す。

 数歩進んだところで振り返ると、カーティスはその場にとどまって見送ってくれていた。慌てて会釈をすれば手を振って応えてくれる。暗闇の中にあっても美しいシルエットを描く立ち姿の中、その表情は影になってよく見えなかった。


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