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初デートは何をもたらすか ③

 王都モンテクロに百貨店ができたのはつい数年前のこと。

 地上五階建ての石造りの建物はメインストリートのちょうど中央に建っていて、ありとあらゆる良質な品物が揃うことから庶民から貴族までとても人気が高い。

 カーティスにどこか行きたいところはあるかと問われ、考えて思いついたのがここだった。ネージュは自分の買い物に付き合わせることに後ろめたさを覚えたものの、カーティスに相談してみたら光栄だと微笑んでくれたので、甘えることにしたのだ。


「うーん……」


 鮮やかな水色のネクタイを手にとって、ネージュは思案げに眉を寄せた。

 この色は流石に派手すぎる。かと言ってもっと落ち着いた色は持っていそうだから難しい。


「万年筆とか、服飾品以外はどうなんだい」

「それも考えてみたのですが……ガルシア団長は奥方様からのプレゼントの万年筆を愛用しておられるそうで」

「ああ、そういえばそうだった。難しいな」


 カーティスも上質な品が並んだ棚を眺めながら顎に手を当てた。どうやら最強の騎士にとってもこのミッションは難易度が高いらしい。

 そう、今日は第三騎士団の面々に退職にあたってのお礼の品を買いに来ているのだ。

 彼らにはとてもお世話になった上に、忙しい時期の退職で迷惑をかけてしまった。特にバルトロメイにはいくらお礼を言っても足りないほどの恩義があるので、順当な予算を用意してある。


「このシャツなどはどう思われますか?」


 ネージュは臙脂色のドレスシャツを広げて掲げてみせる。カーティスは少し考えるようにじっと品物を見つめた後、小さく微笑んで頷いてくれた。


「似合うんじゃないかな。というより、バルトロメイ団長は大概の服を着こなすと思う」

「やはり、そうですよね」


 バルトロメイは大変素敵な紳士のため、想像するだに何でも似合ってしまうのだ。考えれば考えるほどわからなくなってきたので、カーティスに選ぶのを手伝って貰えることはネージュにとって涙が出るほど有難いことだった。

 更には今日のミッションはもう一つある。ネージュは自然な動作になるよう気をつけながら、カーティスが手に取った品物を確認した。


「革のお財布ですか。素敵ですね」

「ああ、使いやすそうだよ」


 ——ふむふむ。使いやすいものは好感触、と。……いや、そんなもの誰でもそうか。


 ネージュはカーティスの好みが知りたいのだ。彼にもまた積年の恩返しを込めて贈り物をしたいと思うのは、人として当たり前の感情なのだから。

 第三騎士団員へのプレゼントを選びつつ欲しいものを調査し、後日こっそりとカーティスへのプレゼントも買う。誰にもバレない上に良いものを選べる完璧な作戦だ。

 ……と、思っていたのに。


「これなんかはどうかな。クラヴァットだよ」

「グレーですか。間違いなくお似合いになりますね」

「帽子は? この中折れ帽なんかはどうだろう」

「わあ、とても素敵ですね。……あ、この襟巻きなどはどうですか?」

「良いね。うん、派手なようだけど赤もいけるな」

「私もそう思います」


 ネージュは笑顔で応対しつつ、自らの思慮の浅さに辟易している所だった。

 バルトロメイはなんでも着こなすので、何を手に取っても似合いそうだということ以外に話が発展しないのだ。これでは好みを探るどころではない。

 更にはそもそものプレゼント探し自体が難航し始めている。バルトロメイならショッキングピンクすら着こなすような気がしてきて、ネージュはだんだん訳がわからなくなっていた。


「あ……! 陶器などは如何でしょうか」


 突然のひらめきに両手を打てば、それが最適解かもという気になった。

 ペアのティーカップならテレーズへのお礼にもなる。うんうんと頷いた上で、ネージュは館内案内図を探すべく周囲を見渡した。


「そうです、いっそのこと台所用品がいいかもしれません。奥方様の料理の助けになる上に、ガルシア団長も美味しいものを食べてご夫婦団欒です!」

「ネージュ、落ち着いて。それだともはや奥方様へのプレゼントになっているよ」


 尤も過ぎる指摘を受けて、ネージュはハッと肩を揺らした。

 本当だ。テレーズにもお礼を用意するつもりだとはいえ、一体何を言っているのだろう。カーティスは忙しい中付き合ってくれているのに、いつのまにか時間が流れてしまっている。


「申し訳ありません……。うだうだと長時間悩んだりして」

「そんなこと気にしなくていいよ。君と買い物だなんて幸せだなと思っていた所だ」


 ネージュはまたしても絶句してしまった。

 カーティスはこの半月の間ずっとこの調子なのだ。そろそろ慣れて然るべきなのかもしれないが、恋愛ごとと無縁で生きてきた二十二年間と、更には前世でのモテない記憶がそれを許してくれない。

 真っ赤になったまま口をパクパクと動かし、視線を左右に彷徨わせたネージュは、最終的には俯いて弱り切った声で言うしかなかった。


「カーティスさん、甘すぎですよ……」


 そんな訳で、ネージュはここでも年上の恋人の緩みきった笑みを見逃したのだった。


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