初デートは何をもたらすか ①
吐いた息が白く氷り石畳の背景に溶け込んでいく。冷たい空気は澄んでいるのに、青く晴れ渡った空が温かみをもたらすようだ。
休日らしく穏やかな喧騒に満ちた街中を歩くネージュは、しかし緊張と不安で顔をあげることができないでいた。
服装はおかしくないだろうか。一応化粧もしてみたけれど、慣れていないので自信がない。そうだ、会ったらまず何を言おう。
こんにちは、寒いですね。とっても楽しみにしていました。……うん、この辺りが無難か。よし、うん、言える言える。噛むなよ私。
鬼気迫る表情で歩き続け、待ち合わせ場所に到着したのは集合時間である十四時の二十分前のことだった。ほっと胸を撫で下ろしつつ広場を見渡したネージュは、しかし予想に反して待ち合わせ相手を発見することになった。
噴水の側に佇む横顔は精悍な輪郭を描き、水面の光を反射してダークブロンドがキラキラと輝く。チャコールグレーのタートルネックの上から焦げ茶色のダブルボタンのコートを羽織ったその姿は、舞台俳優ですら足元にも及ばないほどの存在感を放っている。
イケメンとタートルネックの組み合わせを素晴らしいと思うのは、何もネージュだけでは無いはずだ。
その証拠に、周囲の女性たちはチラチラとカーティスに視線を送っているのだから。
——どうしよう。近寄りがたい。
待たせているのに。足が固まってしまって、動かない。
頑張って装っては来たけれど、それでも隣に並ぶに不釣り合いなことに変わりはなかった。本当に彼は自分などで良かったのだろうか。
ふとこちらを振り向いたカーティスが視線を交わらせるなり眉を上げた。そっと歩き出したネージュより数段早い歩調で歩いてくると、とても眩しそうに目を細めて微笑む。
「驚いたな。今日は随分と綺麗にしてきてくれたんだね」
会ったら何を言おうかと考えていたことなど、全て無に帰してしまった。
ネージュは心の中で落ち着けと強く念じる。
そうだ違う。服装を褒められただけで、自分自身が綺麗だと言われたわけではない。
「おかしくありませんか? こうした服装はあまり馴染みがなくて」
グレーのチェック柄のワンピースの上に紺色のウールコートという服装は、死滅したクローゼットに絶望し慌てて新調したもの。更には前世の知識を引っ張り出して化粧を施し、髪は耳の上で編み込みにしてみた。
完全なる付け焼き刃の戦闘服。それが今日のネージュの装いである。あまりいい出来ではないだろうが、何もやらないよりはマシだと信じたいところだ。
「いつも可愛いけど今日は一際輝いてる。とてもよく似合ってるよ、世界一綺麗だ」
ネージュはもはや心の中ですら絶句することになった。
冗談みたいな言葉なのに、愛おしげに目を細めて告げられては冗談に聞こえない。
何と返すべきなのだろう。そもそも冗談なのか、本気なのか。これが友人相手ならいくらだって笑顔を返せるのに、心臓が暴れまわるうちはそれも不可能だ。
「あ、ありがとうございます……」
結局のところ、ネージュは真っ赤になった顔を伏せて蚊の鳴くような声で礼を述べた。だからその初々しい様子に、カーティスがいつになく締まりのない表情を見せたことなど知る由もなかった。
そう、今日は記念すべき初デートなのである。
緊張してあまり眠れなかったと言ったらカーティスは笑うだろうか。多少眠れなくても大丈夫なだけの体力を持っていたことに、今日ほど感謝したことはない。
意識を取り戻した日から既に半月ほどが経過していた。その間は夕飯に呼ばれることはあったものの、十日も意識を失っていたため大事を取ることになり、出かけるのが今日までずれ込んだのだ。
ネージュはとても楽しみにしていたのだが、緊張の方が優っているのも確かだった。
半月などという時間は現実感のないまま一瞬にして過ぎ去ってしまった。未だに全く慣れないし、夢の中にいるような感覚が抜けきらない。
「さっそくだけど、君の行きたいところへお連れしようかな」
差し出された手を前にして、ネージュはますます頬を赤くした。
何せ格好良過ぎるのだ、この方は。
さらっと甘い台詞を囁いてきたかと思えば、当然のようにエスコートをしてくれる。前世から数えてもそんな扱いを受けたことがない身としては一々狼狽せざるを得なかったし、カーティスはと言えばネージュの不慣れな様子も含めて楽しそうに微笑むばかり。
そんな夢のような時間を過ごしていたら、実感が湧かないのも無理からぬことだと思う。
ネージュは一拍の後に差し出された手を取った。
こうして、二人の休日は幕を開けたのだ。




