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騒乱の日々も終わり ①

「うふっ、うふふふふ!」

「………」

「本当に、嬉しすぎてどうしたらいいのかしら! うふふ!」

「……ええっと」


 シェリーが壊れた。どうしたらいいのかわからないのはこちらである。

 ネージュはアドラス邸のシェリーの部屋で女子会に興じている。ネグリジェを身にまとい、ベッドの上にぺたりと座ったシェリーは月の女神の如き美しさだ。

 ネージュもまた同じ姿勢をとっているのだが、いつものタンクトップにカーディガンを着た我が身の杜撰さは目に余るものがあった。


「本当におめでとう!」


 眩しいほどの笑顔が網膜を焼く。ヒロイン……じゃなくてもシェリーは可愛いのだが、この台詞は一体何度目だっただろうか。

 カーティスと共に事の次第を報告した瞬間から、彼女はずっとこの調子なのだ。

 シェリーいわく「父上、頑張りましたね!」とのことで、何とひっそり応援していたらしい。その事実を聞かされたネージュは絨毯の上を転げ回りたくなった。

 何それ、恥ずかしい。もしかすると受け入れてもらえないかもと思っていたくらいなので、この反応は有難いことだというのはわかっている。しかし彼女のここ最近の挙動不審の原因が自分だったとは、羞恥心も臨界を突破しようというもの。


「ありがとうございます……」


 顔を赤くして俯き加減で礼を述べたネージュに、シェリーはより一層笑みを深めたようだった。


「ねえ、何がきっかけだったの?」

「き、きっかけ?」

「そうよ。だってネージュ、失恋したって言っていたじゃない。だからきっかけがあるとしたら最近の事よね」


 きらきらと輝く眼差しを向けてくるシェリーに、誤解に気付いたネージュはあっと声を上げた。

 そういえばカーティスに振られたと思い込んだあの時、ぽろりと悲しみを吐露してしまったのだったか。


「ごめんそれ、違うの」

「違うの? どういうこと?」


 咄嗟に否定してしまってから、ネージュは自らの失言を悟った。この誤解を解くには出会いの経緯から話さなければならなくなる。


 ——まあ、あらゆる意味で恥ずかしいけど、シェリーになら。


 ネージュはぽつりぽつりと話し始めた。孤児院での話から、ヤンとの仲を取り持とうと提案された下りまで。シェリーは驚いたりカーティスに呆れてみたりしつつ、真剣に話を聞いてくれた。


「もう、何よそれ! 私と出会うより前から特別だっただなんて!」


 そして最終的に、彼女は不満げに唇を尖らせたのだった。


「え。不満ポイント、そこなの?」

「勿論よ。父上ったら馬鹿ねとは思うけど、どう見ても私がいたせいで話が拗れているじゃない。それに、私の方がネージュと仲が良いって思っていたのに……」


 シェリーは憮然と枕を抱え込んで顎を乗せた。拗ねた仕草も可愛い……ではなく。


「シェリーがいたせいで拗れたとか、そんなわけないよ。どれほど救われたかわからないくらい」

「ネージュ……」

「私ね、シェリーのこと大好き。騎士ではなくなってしまうけど、これからも仲良くしてね」


 この親友のことを尊敬しているからこそ、幸せになって欲しいと心から願う。

 シェリーの未来には何が待っているのだろう。ゲームの世界ではなかったこの世界において、彼女の選択肢はそれこそ無限大に広がっている。

 攻略対象達との仲が縮まらないことに気を揉んでいたのが遠い昔のようだ。シェリーの恋の相手は攻略対象には限らないし、そもそも恋をする必要があるわけでもない。

 ……前にイシドロとフラグかなと思ったこともあったけど。ゲームじゃあるまいしあれこそ気のせいだよね、うん。


「わ、私も! 私もネージュのこと、大好き。こちらこそよろしくね」

「えへへ、ありがと」


 シェリーが浮かべた笑顔は優しくて、愛おしい。

 彼女がもし助けを求めてくることがあればその時は全力で力を貸す。ネージュは心の中で密かに誓いを立てた。


「ふふ。これからはお義母さんね。おかあさん」

「うう、やっぱりそこは突っ込まれるんだ……!」


 楽しげにからかわれてしまったネージュは、自分を守るようにクッションを抱え込んだ。渋面を作る友を前にしても、シェリーはずっと朗らかに笑っている。


「ごめんね、冗談よ。流石にその呼び方はしないわ。ただ不思議だなあって思って」

「不思議というか、実感が無いのは私もだけどね……」


 いまいち現実感が湧かないのは、夢みたいな出来事ばかりが起きたせいもあるのだと思う。

 しかしそうも言ってはいられないこともネージュは理解している。未だに本当かなとは思うものの、貴族に嫁ぐなら想像以上に大変なこともたくさんあるはずだ。色々と勉強しなければならないし、人付き合いも格段に広がるのだろう。

 そんな不安を察したのか、シェリーは力強く頷いてくれた。


「けどネージュなら絶対大丈夫、どんな環境だってやっていけるわ。それに、騎士を辞めてしまうのは残念だけど……春からはまた来てくれるのでしょう?」


 そう、ネージュは春から王立騎士団にて、新米騎士の教官を務めることになったのだ。

 話を持ちかけてくれたのはカーティスだった。団長たちのみで合意した極秘事項において、何と今年から新人騎士のための教育期間を設ける事になったのだという。

 もちろん君が望むならと前置きした上での勧誘に、ネージュは二つ返事で了承した。これからも騎士団に関われるだなんて思いもしなかったので、目の前が輝いて見える程に嬉しかった。


「うん、頑張るよ。わざわざ指名してもらったんだから、期待に応えなくちゃ」

「大丈夫よ、すごく向いているから。これ以上ない人選だと思うわ」

「そうかな……うん、でも今から楽しみなんだ」


 これで少しは騎士達が楽になればいい。今までも教育期間が無いわけではなかったのだが、一ヶ月程度の訓練の後に体で覚えろとばかりに各団に配属。そこから死ぬ思いをするのが通過儀礼と言われていた。

 そしてきついのは先輩騎士達も同じだ。教育の専門家でもないのに、自分の業務の合間にぺーぺーのひよこを叩き上げなければならないのだから。

 そういった事情があって訓練課程が新設されることと相成った。春と秋にそれぞれ入団してくる新米達を、半年間で鍛え上げればいいらしい。ちなみにネージュは剣術教官のうちの一人で、他の教官たちも何らかの理由で退職した元騎士が多数とのことだ。


「ネージュはここから通うのよね? 寮の修繕も明日には終わるみたいだから、私は戻るけど」

「え? 私も普通に寮に戻るよ」

「……え」


 当たり前のことを述べたら物凄く驚いたという顔をされてしまった。引き継ぎは一月程度で終わる予定なので無職の期間ができてしまうが、そこは融通を利かせてもらうつもりだ。そんなにおかしなことだろうか。

 シェリーは二、三度瞬きをして、眩しいほどの美貌をぐいと近付けてきた。


「ど、どうして!? 結婚するのよね? このままここに住めばいいじゃない!」

「え? いやでも、貴族の習慣としてはあり得ないみたいだし。いつになるかもわからないのに、未婚の女を住まわせて閣下の名誉に傷がついたら大変じゃない」

「真面目……っ!」


 シェリーはうめき声を上げて抱えていた枕に顔を埋めた。この時の彼女は枕の中で「父上、やっぱりネージュは手強いですよ。頑張ってくださいね……」と呟いていたのだが、そんなことをネージュが知る由もない。


「……それ、父上には言ったの?」

「うん。わかったって仰られたよ」

「すごく尊重してる……っ!」


 シェリーはよくわからないことを言ってまた枕に突っ伏した。

 実を言うとここを出る理由は他に二つある。

 一つはシェリーが心配だということ。

 彼女は表向きはいつも通りだが、自身の衝撃的な出自を知って全くの平常心ということは無いだろう。そんな時にネージュが実家に住んでいるのではシェリーはきっと遠慮する。大変な時期なのだから、カーティスにいつでも相談できる環境があった方がいい。

 もう一つの理由は情けなくてシェリーには言えなかったのだが、とても緊張してしまうから。

 今までは上司部下の関係だと思っていたから一緒に住めたのだ。今日もシェリーと女子会が開催されることになってホッとしたのだから、これでいきなり一つ屋根の下ということになったらもう持たない。

 いつかはこのドキドキ感から解放される日が来るのだろうか。一生来ないかもしれないなと、ネージュは物憂気なため息をついた。


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