第5章9 終、フォックスハウンドの混乱
「ここからは俺が」
スープーと相打ちし、意識を失ってその後の状況がわからないハクに変わって、リーが話を引き継いだ。
◇ ◆ ◇
「うおっ!?」
ハクと共にスープーを止めるべくギア・ワーカーを走らせていたリーの視界の左端から、突如、一機のギア・ワーカーが飛び出した。進行方向を塞がれたリーはギア・ワーカーを急制動をかける。リーの身体には凄まじい慣性力が加わり、身体が前方に投げ出されそうになるのをシートベルトがリーの身体に食い込んで抑え込む。思わず苦悶の声が漏れた。しかし、それでもスピードが殺しきれず飛び出したギア・ワーカーに衝突しそうになるとギア・ワーカーを右へ回転させすり抜けた。しかし、リーが最初の体当たりを躱すと読んでいたかのように、もう一機のギアが回転しすり抜けたリーの目の前に立ちはだかっていた。リーは堪らずギア・ワーカーは停止させた。
「ちっ…。ワーカーが万全じゃないとは言え、パイロットが作業員に負けるわけにはいかねえよな…」
ガトリングガンの弾丸の嵐を耐え抜いたリーのギア・ワーカーの右腕は装甲が飛び、動きもぎこちない。他にも胴体右側や右脚部など鉄板を構えていた右半身を中心に被弾部の装甲が吹き飛び、操縦への反応が遅れるばかりか、可動域が減り、辛うじて駆動している程度の状況であった。
リーのギア・ワーカーは右腕に破断した鉄板を構え、対峙する二機は素手ではあるが、動きはキビキビとしている。リーは二機に挟まれないように後退する。
「——ぅわっっ!?!?」
突然、ハンガー内に鳴り響いた爆発音にリーが驚いた。音の方を見るとハクとスープーのギア・ワーカーが爆発しながら倒れていくのが見えた。——ハクっ…。リーはハクの安否を心の中で案じる。すぐにでも駆けつけたいが二機のギア・ワーカーを前にそれも叶わない。「あいつもやったんだ。俺だって…」と、口から出ないほどの小さな声音でリーは覚悟を決める。目の前の二機がリーとの距離を詰めてきた。
「くそっ!やってやる!」
前方右側から向かってきた一機を右手に構えた鉄板でいなす。——が、いなしたギア・ワーカーの影から現れたもう一機の右拳がリーのギア・ワーカーのコックピットを覆う半球状の強化ガラスに命中する。殴られた衝撃で後ろに転がったリーのギア・ワーカーはコックピットの強化ガラスの前面に激しく亀裂が走った。リーは素早くギア・ワーカーの姿勢を立て直すと、ヒビで視界のなくなったコックピットを開放する。視界は確保できたが、次、一撃を喰らえばリーを守ってくれる装甲はない。ただではすまないだろう。リーの頬を冷たい汗が伝う。着ているシャツの脇と背中が緊張で溢れてくる汗で色が変わっていくのとは裏腹に、リーの口角は上がり、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。リーの左後ろで、グゥゥゥッ!と、獣のような唸り声を上げながら、先ほどいなし転がしたギア・ワーカーが起き上がるのを感じ、再びリーは二機に挟まれないように位置どりを変える。
「笑うしかないってのは、こーゆーのをいうのかな」
リーの口元に張り付く笑みは、リーの感情を正しく表したものではない。極限状態でリーの意思とは関係なく浮き出てきた笑いだった。しかし、この笑みがリーの緊張を和らげ、身体を動かす潤滑油になっていることもまた真実だった。
——どこからでもきやがれ。リーが覚悟を決めて、再び走るために重心を落とした二機を見据える。二機のパイロットが放つ気迫が変わり、リーが、来るっ!と身構えたその時、目の前の二機のギア・ワーカーを弾丸の嵐が襲った。
「リーさん!お待たせしてすみませんでした。ハクさんは無事です。ここからは私たちも加勢します!」
「はっ、ははっ…。助かった…。よっしゃあ!やってやるぜ!!」
ボウの言葉に安堵し、リーの肩から力が抜ける。すぐさま両手で頬を張り気合を入れ直して操縦桿を握り直した。ガトリングガンの脅威がなくなり、身を隠していた作業員達が武器を構え、二機のギアを銃撃し、また、先の爆発の中心にいた二機のギア・ワーカーのパイロット達の様子を確認していた。ここからは一人じゃない。
◇ ◆ ◇
「そんで、俺らは最後にスープーや暴れてた作業員達を縛りあげたんだ」
ハンガーでの攻防の最後をリーが締め括る。ハクは目が覚めたら医務室にいたので、この状況を知ったのはハクもこれが初めてだった。
「なるほどね。それでカインは?」
ヤオフーがカインに話を振る。
「はい。私が道々で戦闘の指揮を取りながらハンガーにたどり着いた時には、既にハンガーでの戦闘は終わりスープー達が縛られていました。……。それがおかしなことに、私がハンガーにたどり着いてちょっとした後に暴れていた亜人達が電池が切れたように急に倒れ出したんです。不思議ではあったんですが、ドクターが寝てるだけだと言うもんで、また気づいて暴れ出さないうちに懲罰房に運び、あとは怪我人達を収容したり、被害状況の把握をしていました」
カインが答える。
アクラは相変わらず腕組みをしたまま相槌も何も打たずに話に耳を傾けている。リーはそんなアクラの顔を一瞥すると、緊張したようにコーヒーを一口啜る。その手には大粒の汗が浮き出ていた。ハクもリーに続いてコーヒーに口をつけた。
「ミズガルズもそんな状況だったよ。私や兄さんも後で聞いた話だったんだが、空の奴らがいなくなった途端に亜人達が急に倒れていったらしい。奴らの動きと何か関係があるのかもしれないな」
「でも、それが本当だとするとフォックスハウンドは半数が亜人達で構成されています。奴らと戦うなんてできるんでしょうか?」
ヤオフーの言葉にカインが返す。それはヤオフーも懸念していたことだった。
「——ふん。俺とヤオフーがなぜ正気でいられたのか、確かめる必要があるな」
しんと静まり返った室内にアクラの声が小さくこだました。
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