第4章10 はじめての格闘
「第四試合を開始する。一番と十番は前へ!」
機甲科第一連隊第三小隊長兼選考会試験官のマリーが次の試合の開始を促す。遂に受付番号十番、フリンの出番が訪れた。
控え席に目を走らせると右端に陣取っているフリンたちのすぐ左、控え席中央付近の男が立ち上がる。身長はフリンと同程度、170センチメートル前後だろうか。やはり肉体は鍛え上げられていて、胸板は厚く、腕や足もフリンより二回りは太い。
「一番はあいつか。兄さんのときの相手よりはやりそうだね」
「そうなの?アクラの相手の方がデカかったし、筋肉もついてた気がするけど」
「あいつは筋肉がつきすぎなのさ。力は強いんだろうけど、つきすぎた筋肉が邪魔をして攻撃のキレを奪っちまってた。その点あいつは無駄のない筋肉のつき方をしてるね。格闘が得意そうだ」
「勘弁してくれよ…。俺は素人だっつうの」
「まあ、この場にいる素人なんてフリンだけだろうがね」
そう言ってヤオフーがキャッキャと笑う。フリンが本気で落ち込みかけていると、アクラが見かねて言った。
「自分の力を信じろ。落ち着いて相手の動きを見ていれば大丈夫だ」
また同じ忠告を受けた。——一体アクラは俺に何を期待しているのか——フリンの中に疑問が渦巻いている。
「十番!早くしろ!」
マリーから催促がかかり、フリンは慌ててアリーナ中央に向かう。
「一番ネイル!十番フリン!待ったなしの一本勝負…始め!」
マリーが開始を宣言した。フリンは慌てて両手を胸の前まで上げ、ボクシングのファイティングポーズのような構えをとる。それを見てネイルがため息を吐く。
「俺の相手はお子ちゃまな上に、ど素人じゃねえか。こいつに勝ったところで俺の力のアピールになるわけねえ」
ネイルが大きな声で独り言を吐いた。確かにフリンは素人だし、このファイティングポーズも見様見真似。見るものが見れば構えだけで相手の力量もわかるのだろう。フリンはネイルに対して怒りとともに申し訳なさを感じ曖昧な表情をする。
「まあ、とっとと終わらせるか」
言い終わるや否や、ネイルがフリンの方へ踏み込んできた。三歩分の間をとって対峙していた二人の距離が一瞬でゼロになる。ネイルは三歩を一瞬でゼロにした勢いを殺す事なく右拳に乗せ、高速の一撃をフリンの顔目掛けて放つ。それが顔面を捉える。その直前——!
「うわっ!」
フリンは大きく一歩後ずさった。ネイルの拳はフリンの顔まで届かず、腕の長さの限界まで伸び切った右拳はその反動でネイルの体へ引き戻されていく。ネイルはフリンを追いかけ一歩踏み込むと間髪入れずに左拳でボディーブローを放つ。
「うおっ!」
しかし、この攻撃もフリンはまた後方へ飛び、ネイルの左拳は宙を切って回収される。
「ちっ!逃げてばっかでうぜえな。さっさとやられちまえよ」
イライラしたように吐き捨て、ネイルはさらに攻撃を放つ。フリンもネイルもボクシングのファイティングポーズの構えを取り、繰り出される攻撃も拳によるもののみ。二人の試合はさながらボクシングの試合のようであった。しかしながら、傭兵として数々の戦場を生き残り、鍛え抜かれたネイルの拳はスポーツとしてのボクシングの選手たちよりも早くキレがあった。そのひとつひとつの攻撃がさながら一瞬で相手の意識を切り取るナイフであり、骨の芯にまで響き身体を麻痺させるハンマーの一撃であった。しかし——。
(なんだ…?手加減してるのか?動きが見える…)
試合開始直後は緊張で思うように頭も身体も働かず相手から逃げるように不器用に攻撃を避けていたフリンであるが、体を動かしているうちにだんだん緊張が解け冷静になっていた。そして、冷静に相手の動きを見てみると、その攻撃は遅く、フリンは最小限の動きで攻撃を交わせるようになっていた。
「なっ?あいつ、素人じゃなかったのか…!?」
控え席で、他の志願者が驚愕の声を漏らす。誰もがフリンはど素人で第四試合はすぐに決着がつくと思っていた。ヤオフーもそう思う一人であった。しかし蓋を開けてみると、残像で腕が三本にも四本にも見えるネイルの高速の拳を、フリンは見切り、それ以上の速度で全弾回避していた。目にも留まらぬとは、まさにこの光景の事であるかのようだった。
「兄さんはわかってたのかい?」
「ここまでやれる確信はなかったが、予感はしていた」
アクラは再三フリンに『落ち着いて相手の動きを見ろ』と言っていた。ヤオフーからその理由を訊かれ、アクラはやれやれと答える。
「ヤオフー、おまえらがフリンを捕らえ牢にぶち込んだあの日、俺とフリンの初対面の時、あいつは聖痕の加護の自覚をまったく持っていなかった」
「聖痕による肉体強化の早さには個人差があるからね。でもそれがなんで?」
「おまえは気絶していたが、あの時、肉体強化の自覚すらなかったあいつが、その後の俺との戦闘の時にパイロットスーツもなしにギア同士のぶつかり合いの衝撃に耐え、コカヴィエールの高速機動にも順応していた。あまつさえ、ブレードの一振りで八連装のミサイルをすべて切り落としてみせた。AIのアシストもあったんだろうが、あの時点でフリンの動体視力や反射神経は俺もおまえのことも凌駕していた」
「そんなことが…」
「あれから二週間経っている。肉体が強化され、フリン自身のスピードや力も上がっているだろう。サシで素手での格闘なら、あいつを捉えるのは骨が折れるだろうな」
その間もフリンは自分からは手を出さずネイルの攻撃を避け続けていた。否、格闘に関して素人のフリンは攻撃に転じるきっかけを掴めずにいた。しかし、ネイルにしてみると自分の攻撃を完璧に見切っているのに一向に手を出してこないフリンの態度は、自分を馬鹿にしたものに思えどんどん苛立っていっていた。そして、焦ったネイルから遂にフリンの下顎を狙った大振りの一打が放たれる——。
「おらぁっ!」
フリンは顎を引いてこの大振りの一打を紙一重で躱すと、重心が前のめりになり一瞬身体の動きが止まったネイルの鳩尾目掛けて強烈な右アッパーを叩きつけた。カウンターで決まった右拳にネイルの上半身がくの字に曲がり足が浮き上がる。ネイルは、そのままフリンの拳に押され一メートルほど後ろに着地するが足の踏ん張りが利かず、その場に倒れ込み悶絶していた。
「それまで!十番フリンの勝利!」
マリーの軍配が上がる。
「いててっ。俺いつの間にこんなことできるようになってたんだ?」
相手を殴り伏せた右拳が痛む。フリンは自分のパンチの想像以上の威力に、また、先ほどの相手の動きがゆっくりに見えた現象に戸惑っていた。
「結局、アクラの言った通りだったのか…。あいつ、何か知ってるのかな」
フリンもまた控え席で自身のことをアクラに聞こうと思っていた。
次は第五試合、ヤオフーの出番である。
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