第4章6 付かず離れず
フリンたちは、広間から西向きにあたる市場通りから向かって左側の通りを歩き、四つ目の角を曲がった先にある宿に入った。宿のロビーで、フリンが部屋番号の確認のためにリーに渡された鍵を取り出す。
「私の部屋の鍵もちょうだい」
「え…?」
「二部屋あるんじゃないの?私、いくらなんでもりーさんやハクさんのいるところで一緒に寝られないわよ」
「あ…いやー…、あの二人は…」
「——?」
ユニが訝しげに首を傾げている。それもユニの立場からしたら当然だろう。フリンはここに来るまで、ユニに部屋やリーたちのことを伝えていなかったことを思い出した。恐る恐る言葉を選んで説明する。
「実は部屋は一つしか取れなかったみたいなんだ。多分満室なんだと思う…。リーたちは他の宿を探すからって言って、こっちは俺たちで泊まれって。いくら幼馴染みだからって乱暴だよな…」
満室だのなんだのというのは、まったくの口からでまかせだ。フリンはこの宿の部屋数も宿泊者数も何も知らない。ただ、馬鹿二人の悪意を知っているだけだ。
「ふーん…」
(ふーんってなんだよ!?俺が宿を選んだ訳じゃねー!おまえも知ってるだろ!)
「まあ、あの二人じゃしょうがないか」
(信じた!?あいつらが馬鹿で助かった…)
ユニが割とあっさりと出まかせを信じてくれたことに、フリンは密かにホッと胸を撫で下ろした。
「——部屋は二階みたいだな」
ロビーの脇にある階段を登って二階に上がる。二階に上がった正面の部屋は206号室だった。そこから右に曲がり二つ目の部屋、208号室が二人の部屋だ。フリンが鍵を開けて二人は中に入る。
部屋の扉を開くと目の前には壁があり右側に二メートルほど行くと奥にユニットバスへの扉と居室空間が広がっていた。扉を開けっぱなしにしていても廊下からは室内が覗けない作りとなっている。
部屋の扉から進んだ側から居室空間を見ると、まず目につくのは向かい側の壁に設けられた大きな窓だ。今は夜で景色はわからないが、明るい時間帯にはミズガルズの石造りの綺麗な街並みを一枚の絵画のように切り抜いていることだろう。この宿の売りの一つと思われる。その窓の左側には冷蔵庫やテーブル、椅子が並んでいる。右側にはコート掛けとクイーンサイズの大きなベッドが一台置かれていた。
「ベッド…一つしかないの?」
いち早くユニが反応した。フリンは呆れて声も出ない…。
(あいつら…やりやがったな…)
フリンの心中で怒りの炎が燃え上がる。
「俺は椅子で寝るよ。ベッドはユニが使って」
「え…?でも、フリンも疲れてるでしょ?」
ベッドの脇に立ち尽くし、フリンとユニの間に沈黙が流れる。
「私は大丈夫だよ…!一緒に寝よう?」
「は?」
「むかっ!私と一緒じゃ嫌だって言うの!?」
「いやいや!嫌じゃない!びっくりしただけだ!」
ユニが予想もしてなかったことを言ったため、フリンは思わず間抜けな声を出してしまった。
「もう遅いから寝よ?」
「あ、ああ」
フリンは借りてきた猫のように固まってしまい、ユニに言われるがままベッドに入る。
フリンは緊張で指先までピンと伸びきってしまうほど気をつけの姿勢で固まってしまう。ユニもその隣で横になっているユニの顔がフリンの左五十センチメートルほどのところにある。左手を少し左に動かせば手に触れられそうだ。
(子供の頃は一緒に寝るどころか、風呂にだって二人で入ってただろ!しっかりしろ俺!)
子供の頃から兄妹のように育てられた二人だ。子供の頃には本当にどこに行くにも一緒だった。しかし成長し思春期を迎えるにつれて二人の間に男女の距離感が開き、自然にそういうことはなくなっていた。それでも普段肩を並べて歩いたり、話し合ったりすることにだって特に何も感じないのに…。先程、抱き合って傷を癒しあったあの時の温もりや香りが蘇る。いつもと違う夜が、美しく成長したユニを更に魅力的に魅せる。
「ここで、決めちまえよ」
リーのいやらしい声が蘇る。その言葉を心の中で頭を振り必死に脳の中から振り落とす。
「なあ、ユニ…?」
フリンはユニに声をかけてみた。しかし返事はない。
「ユニ?」
今度は声をかけながら左に顔を向ける。いつのまにかユニは横向きに寝ていて、後頭部が見えた。相変わらず返事はない。
「寝ちゃったか…」
残念なような。これで良かったような。少しホッとした気持ちでフリンはユニの後頭部に向けて優しく微笑んだ。
「俺も寝るか」
身体の緊張もとけ、フリンは身体を楽にする。程なくしてフリンの寝息が響き始めた。その寝息を、緊張してフリンに背中を向けていたユニがホッとしながら聞いていた。
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