第4章5 思い溢れて
日は暮れゆき、空が夕焼けのオレンジから紫に染まってゆく。空が夜の闇に移り変わってゆくのとは対照的に広場や市場通りには、白や黄色、赤、緑などの電飾が灯り色鮮やかに光り輝いていく。
「凄いよ、フリン!お祭りみたいだね」
ユニがその光景に感嘆し声を漏らす。二人の故郷ヴィーグリーズ村には街灯は多くはない。しかしながら豊かな自然で空気が澄んでいるため、月や星明かりでそれなりに灯りが取れるところである。だから年に数回の祭りの夜の電飾で飾られた村の光景は、いくら歳を重ねても心躍る非日常の夜であった。
しかし、このミズガルズの夜は、そんなヴィーグリーズ村の特別な夜と同等以上の光で溢れている。
街に溢れる人々にも夜の様相を呈してきていて、ヴィーグリーズ村の祭りと遜色ないくらい街は賑わっていた。
屋台区画の店々は、昼から夜のメニューに切り替わり酒を提供する店も出てきた。フリンもユニもすでに成人を迎えている。このお祭りの夜のような街の雰囲気にも流され二人は酒を飲むことにした。フリンはビールをユニは柑橘系の甘いカクテルをそれぞれ購入し、ソーセージやチーズ、バーニャカウダーなどのメニューをテーブルに並べ、乾杯する。ユニは軽く一口カクテルを飲むと、それを右手で軽く振り、カクテルが反射する街の灯りを目を細めて眺めながら、ビールをひと息でジョッキ半分ほど飲み干し、ソーセージに手を伸ばしているフリンに話しかけた。
「こうしてると村でのことを思い出すね。ほんの数ヶ月前のお祭りで、やっと二十歳になってお酒が飲めるようになった私に付き合って飲んでくれてたのが嘘みたいに昔のことに思えるね。まだ村を出てから半月くらいしか立ってないのに…。なんでこんなことになっちゃったんだろうね」
フリンはユニの言葉には悪意がないことは十分承知している。フリンがコカヴィエールを見つけたこと、それを動かしたことがあの兵士たちを村に招いたきっかけになった事も知らない。もしそのことを打ち明けたら、きっとユニはフリンは悪くないと言ってくれるとも思っている。しかし、それでも両親を失い、村を壊滅させてしまったことに自責の念は尽きない。ユニの言葉に物言えず、ただ俯いてしまう。
そんなフリンの様子にユニが気付く。一瞬どう言葉を繋ごうか迷うが、酒の力も借りて、この機会に今まで疑問に思っていたことを聞くことにした。
「フリン、聞いてもいい?あのギアはどうしたの?」
ユニの言葉足らずの問いかけに、フリンの心はさらに締め付けられる。質問の意図はわかっている。——どうして手に入れたのか?——どうしてあの日村は襲われたのか?
当然、村が襲われた理由はわからない。あの日、ユニが襲われフリンの父が身代わりになったあの時、あの兵士はユニに遺跡があるはずだと言った。その後、兵士たちと敵対するギアが現れ、そのギアにはフリンが乗っていたことを知り…。きっとユニの混乱は相当のものだったはずだ。しかしユニはこれまでなにも聞かずにフリンについてきてくれていた。あの時は村を守ることに夢中でいたけれど、今は自分の愚かな行いを言葉にすることが辛い。しかし、フリンもまたユニには隠さず伝えたい思いで胸が溢れていた。ゆっくり、震える声で、溢れていく思いを言葉にして吐き出していく。
「村の人達は知らないと思うけど、ちょっと前にあった台風でエミル山で崖崩れが起きて戦艦の遺跡が出てきたんだ…。俺は、『この遺跡は俺のものだ。他の誰かに見つかる前に探索しよう』そう思って、あの日朝一でエミル山に向かったんだ。戦艦の中は荒れていて、内部の通路を歩いていてもめぼしいものはほとんどなかった。諦め半分になりながら出口を探して彷徨ってるところでコカヴィエールを見つけ、それと同時に警備ギアに襲われたんだ。その時にコカヴィエールに乗り込んで…。初めて乗った機体だったけど、ヴィーがいたから何とか動かせた。」
フリンは一度言葉を切る。二人はビールとカクテルにひとくち口をつける。そしてフリンがうっすら目に涙を浮かべ、相変わらず震える声で先を続ける。
「今にして思えば、あの戦闘があったから奴らはコカヴィエールに気付き村に来たんだと思う。俺が余計なことさえしなければ、村はずっと変わらず平和だったはずなのに…」
フリンは次の言葉も出ず、下を向いている。ユニが必死に言葉を選ぶ。しかしかけるべき言葉が見つからない。
「あの兵士たち、あのギアを探してたよね?そんなに特別なギアなの?」
「それも俺にはよくわからない。ただ砂漠の狐の整備の人達はアクラやヤオフーのギアとも機体の構成や装備が違うみたいで、特別なギアだって言ってた」
「あんなギア、さっさとあいつらに渡しちゃえば良かったんじゃないの?」
「ギアを探すのに躊躇なく村の人たちに銃を向けたあいつらが、ギアを見つけたら俺たちを見逃して帰るとは思えなかったんだ。でも結局…。みんなを守りたかったのに、俺は、なにもできなかった」
気が付いたらフリンは大粒の涙をこぼしていた。次から次へと止まることなくボロボロと目からこぼれ落ちテーブルの端を湿らせてゆく。
ユニは結局フリンを慰めるような言葉を口にすることはなかった。椅子に座りテーブルに腕をついて泣きじゃくるフリンの横にそっと立ち、ただ優しくフリンの頭を抱きしめてくれた。ユニの温もりが、肌の柔らかさが、香りが、心臓の鼓動が、フリンの五感で感じられる。そのすべてがフリンに優しく寄り添い、傷ついていた心を癒してくれる。気がついたらフリンもユニの腰に手を回していた。周囲から好奇の視線や品のない言葉もかけられているようだったが、まったく気にならず、二人は抱き合い、お互いの傷に寄り添いあっていた。
「そろそろ宿に戻ろうか」
そう言って、ひとしきり泣き、やっと落ち着いたフリンに、ユニは優しく微笑んだ。
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