第2章11 旅立ち
「エミル山の噂は本当だったのか」
村人の一人がそんな言葉を漏らした。
フリンは昨日の戦艦遺跡探索から今に至るまでの事を話した。話しながら思い出した事もあるが、やはりユニが敵のギアの攻撃を受けて気を失った後の記憶はない。
フリンの話を村長は黙って最後まで聞き、数秒の黙考の後、静かにフリンに話しかける。フリンにはその数秒が途方もなく長く感じられた。
「昨日、エミル山から聞こえた轟音もお前の仕業だったのか。納得できないところもあるが、おまえの言うところは大体わかった。あの兵士たちのことは本当に知らないんだな?」
「あいつらのことは本当に知らないです。それに空を飛ぶ技術なんてどこにもないはず。奴ら一体何者なんでしょう?」
フリンは正直に答えた。村長が続く。
「広場に到着してからのことは、本当に覚えてないのか?」
「…はい。そこから今までの記憶ははっきりしません…。気がついたら夜が開けていて、この光景が広がっていました」
村長はフリンの言葉の真偽を確かめるように、その本心を覗き込むように、まっすぐとフリンの目を見つめる。その視線に耐えられずフリンは思わず目を伏せてしまった。他の者たちは黙ってその様子を見つめている。
大きな溜息をつき、村長はフリンに告げた。
「よいか。フリン、よく聞きなさい。あの兵士たちは確かにこの村を襲ったが、この広場が、村が瓦礫の山と化した直接の原因は、おまえの乗っていたそのギアだ」
「え…?」
フリンには、村長の言っている意味がまるでわからない。
——嘘だ!そんなバカな!俺がなんでそんなことしなきゃならない!
そう叫びそうになるのを、心の中でグッと堪えて、フリンは抗議の目を村長に向ける。
しかし、村長はそんなフリンの視線を無視して続ける。
「空中のギアに撃たれたときから、そのギアは今のその体勢を取り続けている。おまえがユニを守ろうとしてそうしたんだろう。左膝を地につき片膝を上げた状態で背中を丸め頭を下げているその格好をな。そしてその両手はユニを庇うように掌を丸くし身体の中心に置かれていた。
そのギアは、その体勢のまま空中からの銃撃を受け続けていたんだが、そのうち背中からビームが地面と水平に大きく広がっていった。
…まるで蝶の翅のように。
そして、蝶が花に止まりその翅をたたむように、そのビームの翅は上空の機体を飲み込み跡形もなく破壊してしまった。その翅によって村も破壊されたんだ」
そこまで話して村長が一息ついた。
フリンは息を飲んでいた。村長が何を言っているのか理解できなかった。コカヴィエールにそんな兵装があるなんて知らないし使った記憶もない。ユニの父親の顔を見るが、その顔は真剣そのものだ。村長が嘘をついているようなことは一ミリも無いのだろう。
村長は、フリンがその内容を飲み込めるほどの間を置いて、また話し始める。
「それでな、フリン。今朝からそのギアの対処について、村の者たちで話し合っていたんだ。実は山に逃げていた者たちから、そのギアに乗っているのはおまえじゃないかという話も聞いていた。にわかには信じられなかったし、実際におまえがそこから出てくるまで信じたくもなかったがな」
そして有無をも言わせぬ声音で続ける。
「もうじき村にアストラン軍がやってくる。肝心な時に現れないで今更何をしにくるのかわからんがな。
フリン。おまえはアストラン軍がやってくるまでにそのギアを連れて村から出ていきなさい。そしてもう二度と村には戻ってくるな。これは決定事項だ。わかったらすぐに支度しなさい」
「そんな!何で俺が出て行かなきゃならないんですか!おじさん!」
俺はユニの父親に助けを求める。それを受けてユニの父親が応える。
「フリン、わかってくれ。おまえの気持ちも理解できるが、みんなそのギアが怖いんだ。たった一夜で村のみんなは多くのものを失った。そしてその理由もわからないんだ。唯一そのギアが関係しているということ以外はな。そして家を、広場を、村を破壊し尽くしたのも紛れもなくそのギアだ。そのギアは恐怖の象徴なんだ。それにアストラン軍に関わるのもごめんだ。みんなそれだけ傷ついたんだよ。わかってくれ」
「母さんはどうしてるのかな…?」
その問いかけに、ユニの父親は今にも泣き出しそうな震えた声を絞り出して答える。
「山でおまえと別れたあと、あの人は一人離れていくおまえのことを心配して、『連れ戻してくる』と言って俺たちの制止を振り切っておまえを追いかけて行ったんだ。
そして…」
「そこまででいいよ。そこから先は多分知ってる」
——やはりあのときの人は母さんだったんだな…。俺は一人になったのか…
フリンは何かもうすべてがどうでもいい気持ちになっていった。村を出て行けというのなら、それもいい。ここに残っているのは辛い。しかし最後に…。
「おじさん。ユニに会いに行ってもいいかな?」
しかしユニの父親はこれには答えない。顔を伏せ、首を横に振るだけだ。ユニの父親も、村を壊滅させた原因であるフリンに今まで通りに接するには、今は時間が足りないのだろう。
「…支度してきます」
フリンは一人自宅に向かった。
フリンの家も瓦礫に変わってしまっていた。しかしこれで良かったのかもしれない。家が残っていたら、家族の思い出に触れてしまったら心が潰れてしまいそうだった。
フリンは瓦礫の中から幾らかの現金と何着かの着替え、食料を取り出しコカヴィエールへと引き返していった。
「何て顔してるのよ。男ならシャキッとしなさい」
——えっ?今の声は?
フリンは顔を上げて声の主に捉える。そんな。何でここにいるんだ?
「ユニ?」
コカヴィエールに戻ってくると、すでに村長たちはいなくなっていたが、かわりにユニがいた。
「うん。お父さんから全部聞いたわ。
あなたの気持ちがわかるなんて、そんなおこがましいことは言えないけど、私がずっとそばにいるから、吐き出したいものがあったら遠慮しないでね」
「おまえ、何を言って…?」
「フリン。私も一緒に連れて行って」
「だから何を言ってるんだよ?病院にいたんじゃないのか?」
「あなたの事を聞いたらいてもたってもいられなくなって。怪我は大した事ないから心配しないで」
「同情ならいいよ。早く病院に戻らなきゃ」
「そんなんじゃないの!そんなんじゃ…。村の人たちがあなたを何て言ってるか知ってる?あなたは村を守ろうとしていた。私のことも守ってくれたのに…。あなたと一緒にいさせて」
「もう、村には戻れないんだぞ」
「わかってる!」
こうなったユニをフリンには止められない。とりあえず一緒に出かけて、しばらくして落ち着いてきたらユニだけ村に連れて帰ればいいか。フリンはそう決めた。
「ありがとう。ごめんな」
「謝らないでいいのよ。フリンは何も悪くないんだから」
フリンとユニは二十年間慣れ親しんだ村をあとにし、あてのない旅へと出発する。
その門出を見送る者は誰もいなかった。
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