第5章29 バルムンク10
ナニカがアクラに向かって飛びかかった。右腕を振りかぶって刀のように大きな爪を突き立ててくる。アクラはナニカの爪の向きを見極め鉄パイプを切り裂かれないように爪に側面からぶつけて受け止める。二人の間に激しい火花が散った。ナニカが続け様に左、右と爪を放つ。アクラは特に大振りの右手の爪に注意を払い受け止めてゆくが、ナニカの攻撃の素早さや攻撃の特殊性のために今ひとつ攻め込めない————
————アクラとナニカの攻防が続く、押しつ押されつ激しく火花を散らしている。ナニカは爛れて崩れたような肉体が嘘のように強靭で素早かった。狭い通路を右へ左へ上へ下へ激しく動き回りアクラを翻弄する。戦闘の天才であり聖痕の肉体強化を受けたアクラが徐々に押され始めていく。
————ボウは縦横無尽に動き回るナニカに銃口を向けていた。しかしナニカの早すぎる動きについていけず銃口はナニカが通り過ぎた後の中空に向かってふわふわと漂うばかりだった。
ナニカに押され始めたアクラに加勢するためヤオフーとフリンが動き出す。ヤオフーはダガーを握り直しアクラの横に並ぶ。フリンはボウの銃を奪いナニカに照準を向けた————
ナニカのスピードはどんどん上がっていき、ヤオフーとアクラは二人がかりでも危険な爪の一撃に気をつけ攻撃を防ぐだけで精一杯に追い詰められていた。しかし、いくら攻撃しても決定打を与えられないことに、苛立ち始めたナニカはこれまでのスピードを重視したコンパクトな攻撃から徐々に大雑把で大振りな攻撃に変わっていく。
ナニカが通路の天井を蹴って勢いをつけ弾丸のようなスピードでヤオフーに突撃した。辛うじてダガーで受けられたもののヤオフーは体制を崩して後ろによろめく。そのヤオフーの胸元目掛けてナニカの爪が迫る————
——パンッ
通路に乾いた音が響いた。フリンが放った一発の銃弾は、ヤオフーに突き立てられる直前のナニカの爪に命中し、爪の軌道をわずかに外側にずらした。————間一髪。ナニカの爪はヤオフーに命中せずヤオフーの左肩を掠めていく。革で作られた防具に爪痕が刻まれるが、ヤオフーの皮膚までは届かなかった。
「こ、のおおおぉぉぉっっ!!」
ナニカの腕が伸び切った。また身体に引き戻されるまでの一瞬にヤオフーはよろけた姿勢を立て直すこともせず、身を捻ってダガーを振り下ろす。ゴトッと低い音を立てて、ヤオフーとナニカの右腕が床に落ちた————
「グギャアアアァァァアアア————」
ナニカが切り落とされた右腕の傷口を左手で庇いながら叫び声をあげる。あまりの声量にみんな両手で耳を塞いだ。空気の振動が衝撃となって五人は金縛りにあったように身体が動かせない。目からは涙が溢れてきた。
——ナニカは先ほど、自身で破壊した通路を通って逃げ去っていった。ナニカがいなくなり、五人は漸く身体の動きを取り戻した。
「助かったのか……?」
フリンが言った。ヤオフーは立ち上がると菌が生え始めた左肩の革製の防具を捨てた。
「怪我はないか?」
アクラがヤオフーに尋ねる。ヤオフーは問題ないと答え、同じ質問をアクラに返す。アクラも同様に答え、すっかり切り刻まれた鉄パイプを捨てた。
「亜獣について教えてやる」
ヤオフーがフリンに向かって言った。
——亜獣の起源はわからない。獣を範疇を越え、亜人にはなりきれなかった生物。総じて知能は低く性格は獰猛。多くの場合、ナニカが怪力と寄生能力を持っていたように特殊な能力を備えている。しかし個体数は少なく一代限りであることも少なくない、獣にも亜人にもなれなかった悲しい怪物だという。
「あいつがどうやって生まれ、どこからやってきたのかはわからない。仲間がいるのかどうかも……。だが、あいつも他の亜獣のようにただ本能に従って他の生物を襲ってきたんだろう。また向かって来るようなら殺すしかない」
ヤオフーが悲しい声音で言った。——先へ進むよ。五人は第一階層へ行くため破壊された扉を潜り、ナニカが逃げていった通路の先へ進んでいった。
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