第5章26 バルムンク7
一つ二つと慎重に階段を登っていく。階段は上に上がっていくほどに破損が増えていき、菌に侵食されている箇所が増えていった。どこに菌の胞子が紛れているかわからないため、そこら中から生えているキノコのような菌の隆起にはもちろん触れず、さらには極力壁や手摺りにも触れないように細心の注意を払う。そうやってゆっくりと確実に階段を登っていくと、第二階層と第一階層の間で上階へ続く階段が崩れ、それ以上先に進めなくなってしまった。
「これ以上は行けないみたいだね」
ヤオフーが言った。続けてボウに話す。
「ボウ、この階層の地図はあるかい?」
「いえ、先ほど撮れたのは各階層の簡単な断面図と最下層のフロアマップだけです。この階層にもどこかにあんなマップがあると良いんですけど……」
ボウは答えながら持参したタブレットに先ほど撮影した写真を表示する。ヤオフーとのやりとりは続く。
「階段とかエレベーターの位置は最下層のマップを頼りに進んでも同じらへんにあるんじゃないかい?」
「そうかもしれませんね」
ボウはヤオフーにタブレットに表示した写真を見せながら言う。
「このエレベーターはあのキノコに捕まって動かせないので、一番近くだとこの階段ですね。ブリッジに通じる階段がここしかないので、一旦こっちへ回ってまた戻ってくるしかなさそうです」
「こっちってぇのは」
ヤオフーが地図と現在地とを目をキョロキョロと動かして一致させようとする。そんな様子を見てボウが進行方向を指差しながら「こっちです」と言った。フリン達三人もそのボウの指さした方向を見て、進むべき方角を知る。それは——。
「さらに奥に進むんだな」
フリンが重い声音で言った。ボウの指は第一区画方向ではなく、反対方向を指さしている。その指の先はこれまでよりも一層激しく大小のキノコ状の隆起に侵食された通路が口を開いている。「やだなーっ」とフリンがボソッと言った。誰にも聞こえないほど小さな声で漏らした愚痴であったが、ヤオフーがきっとした表情でこちらを振り向いたので、不自然にフリンの背筋が伸びる。しかし、ヤオフーは特に叱ったりなどせず何事もなかったかのようにやり過ごした。
再びヤオフーの耳がピンと立つ。
「どうやらキノコだけじゃないね。何かでかいやつがこの先を移動してるよ」
「でかいの?」
「さっきの雄叫びのやつかも知れないね」
「……脅かすなよ」
フリンは口をヒクヒクさせ、少し青ざめた表情をしながら言った。ユニはフリンの肩に掴まり小刻みに震えている。アクラはそんな二人の頭を撫でるようにユニ、フリンと順番に軽く手を乗せると行くぞと言った。
ヤオフーが階段室を出て第二区画第二階層に足を踏み出した。フリンたちもあとに続く。胞子の霧は一層濃くなり照明は付いているが、視界は良好とはいえない。ヤオフーが耳をピンとさせ周囲の音に警戒しながら歩を進める。
通路の脇に膝高ぐらいのキノコ状の塊がある。最後尾を務めるアクラがその塊を通過すると——。
キノコが突然激しく爆発した。いや、そうではない。菌に侵食されたネズミがアクラたちに向かって背後から襲いかかる。菌の塊は身を寄せ合ったネズミの群れだった。
「ちっ——!」
いち早く気が付いたアクラが飛びかかってきた一匹を拳で撃ち落とす。殴られたネズミはアクラの右フックを喰らい、菌に侵食された顔面の肉が抉れ、金属の歪むような耳障りな断末魔を上げて絶命した。ネズミはまだまだ襲いかかってくる。
「兄さん、大丈夫かい!?」
ヤオフーが先頭から列の中心に戻ってくる。聖痕を持たないボウ。非戦闘員のユニを通路の壁側に寄せ、フリン、ヤオフー、アクラが周りを囲って二人を庇う形になった。アクラ側から襲ってくるネズミたちをアクラが拳で、ヤオフーはダガーを使って次々に倒していく。
「俺はどうしたらいい!?」
フリンが言った。ヤオフーは——。
「手が空いてるんならこっちを手伝ってくれ!こいつら数が多い!」
と言う。フリンはヤオフーの隣に並び、フリンの穴をボウが埋めた。
「武器は!?」
「んなもんないよ。なんとかしな!」
なんとかって、どうすればいいんだよ。とフリンは思う。アクラのように自分の拳で殴るのは嫌だ。気持ち悪い。——そう考えていたフリンに向かって容赦なくネズミが襲いかかる。
うわあっと声をあげて、フリンはビンタするように飛びかかってきたネズミを払い落とした。ネズミは通路に蔓延るキノコ状のものにぶつかるが、ダメージがなかったようにすぐに走り出す。しかし、ネズミが衝突した衝撃でキノコの一部が崩れ、中からカランと音を立てて鉄パイプが倒れてきた。これで!とすぐさまフリンはそのパイプを握り応戦する。
数分が経過し襲ってくるネズミはいなくなった。全て倒せたのかはわからない。逃げてしまったものもいたかもしれないが、フリンはひとまず一息ついた。ハアッハアッと上がった息を整える。その時、ふと目の端に動く物体を捉え、通路の先に目を向ける。そこには——。
皮膚が爛れたように不気味に変形し、目鼻は無く鋭い牙を持った人間状のナニカが通路の曲がり角に身を潜めこちらの様子を伺っていた。その悍ましい姿にフリンの背筋は凍りつき頬を冷たい汗が伝う——。
「——フリン、大丈夫!」
ユニが後ろからフリンの肩を叩く。フリンは一瞬ビクッとなって後ろを振り向く。ユニの心配そうなしている顔を見てフリンは我に帰り、ああっと答えた。通路の先をチラッと確認するが、もうナニカの姿はない。
「手、大丈夫?」
ユニがフリンの手首を掴んで手の状態を確認する。フリンの手は最初にはたいたネズミの菌や鉄パイプについた菌で汚れていた。アクラがそうしているのを見て、フリンはその菌を手をパンッパンッとはたき落とす。とりあえず綺麗にはなった。
「アクラ、これ大丈夫か?」
「さあな。だが……、手に傷口はないか?菌が体内に入り込まなければ大丈夫だろう。聖痕の力を信じろ」
「なるほど。嬢ちゃんたちも怪我はないかい?」
大丈夫ですと二人は答える。ヤオフーはほっと安堵の吐息を漏らすと、フリンの不安も知らず、再び通路を進み始めた。
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