記録船
私は、三日ほど前に、この美しい桜並木の下で不思議な少女に出会った。
旧型の一眼レフカメラを構え、被写体を探してうろうろしていた。
他愛のない話で盛り上がったのだが、名前を聞くのを忘れていた。
もう一度会いたくなって、空いた時間に立ち寄ってみたのだが……
──見つけた! 私は人ごみをかき分け、夢中で駆け寄っていた。
彼女も嬉しそうに振り返り、話し始めた……
君から見つけてくれて助かった。この間と同じ格好で来た甲斐があったな。そこに掛けて、少し待っててくれたまえ。この花並木を記録するから。
それでは聞いてほしい事がある。
君はこの前、私の話を「宇宙人的発想」と言ったが、実はその通りなのだ。私は人間ではない。私は、太陽系外のここよりはるかに文明の進んだ星から来たAIなのだ!
よし、うまく撮れた。今の変顔を記録させてもらった。怒らないでくれ。その顔も記録したいがキリがない。こういう顔なんて言ったかな。この国の言葉で君が教えてくれた──
『鳩が豆鉄砲を食らったよう』
そう、それだ。鳩がほんとに食らってもそんな顔をしないし、君は鳩じゃないのに。面白い。この記録はその言葉を付けて保存せねば意味が伝わらないな。この前は私がしたようだが、今日は君にしてもらった。お陰で人が『鳩が豆鉄砲を食らった』表情を記録することができた。ありがとう。
これで私の目的は果たした。私は行かなければならない。もう変な顔をしないでくれ。この記録機の容量が少ない。
さっきの話は本当だ。私はこの星とは違う星の文明で作られた。だからAIではないのだが、この星の人間にわかりやすい表現を使った。
私を作ったのは、その文明の星に住む芸術家だ。この星系を発見し、この星の物質で芸術作品を作るための参考にするために、私に印象的で美しい風景を記録するよう命令し送り込んだ。
普段は深海にいて、ときどき上陸する。この姿は私の小型ボディに人工スキンを被せて人の姿にしてあるのだ。このスキンは深海の生物を合成して作ったものだから、空気に触れていると徐々に劣化していく。
そして私自身も同等知能生物と規定以上の時間の接触は禁じられている。同じかそれ以上の知能レベルの生物との交流は、私の機能になんらかの影響を与え、様々な判定基準に障害をもたらすからだそうだ。
実際、今その様になっているらしい。色々装飾されてはいても、君の容姿はどの角度から評価しても他から抜きんでて美しいわけではない。しかし、私の判定機能が「記録保存に値する」と判断している。
だから、この記録は私の主人が見ても戸惑うだけだと思うのだ。どこが美しいのかと聞かれたら、なんと説明をすればいいのか。そうだ、また君の言葉を借りよう。『揺さぶる』と言ったな──
『This human rocked me.』
これを添付しておこうかな
全く、芸術家という者はどこか抜けているというのが宇宙の法則らしい。私に美の基準を入力するのを忘れているなんて。
お陰で地球のありとあらゆる物を記録する羽目になった。もう本体の記録容量がいっぱいになって、どう整理したらいいかわからなくなって機能停止するところだった。
君が言った通り、美しいものを見た時、何か揺さぶられるものがある。それならば、その何かを揺さぶるものが美しいものだ。ここがAIと私の違いだ。入力されたことには逆らえないが、私には揺さぶられるモノがある。
君を待っている間、この花の並木道に私は揺さぶられた。この間は揺さぶられなかったのに。だから今回は記録した。君の話を聞いていた時、私の顔を笑った君を見て、私は君の表情を記録したいと思った。成功して満足だ。
もう行かねばならない。スキンが崩れる様に人間の精神は耐えられないだろう。これを作るのには時間とエネルギーが要るから、しばらく上陸はできない。我々の文明も万能ではない。次回の上陸の時に君はいないだろう。
追おうとしても無駄だよ。さっきから気づいているだろうが、まだしばらく君は動けない。記録機から四肢を麻痺させる光線を出したから。でも、あと十分ほどしたら麻痺は解ける。
その頃、あの湾岸辺りに私の本体が出る。普段は深海にいるから大きめのメガマウスに擬態しているんだ。
クジラも考えたんだが、深海に潜るクジラは私よりはるかに大きいし、定期的に海上に出ないといけないだろう? あれが厄介でね。うっかり生物探査船等にマークされて、このクジラいつ呼吸するのかな。おかしいぞ……なんてなったら、その船沈めないといけなくなるからね。観察されてもいいが、疑念を抱かせたらダメなんだ。
面白い絵になるようにちょっと跳ねてあげるよ。この花並木とメガマウスの融合はなかなかないよ。カメラ構えててね。これで君のセンスを揺さぶることができたらいいな。
そのうち私の主人がこの星で芸術活動をするためにやってくる。私の記録を参考にこの星を美しく創造する。
それまで人間よ、繁栄したまえ。君も芸術活動を続けたまえ。主人に本物も見せたい。あの並木の様な美は、人がいないとできない美しさだから。そんな生の美に主人は改めて感動し、その揺さぶりを芸術活動で人に返すはずだ。
この星がどんな姿になったとしても、
我々はあなた方を感動させるだろう。
この短編小説は、エブリスタの「三行から参加できる 超・妄想コンテスト 秋スペシャル 」参加作品です。
一枚の絵を元にした妄想を書くというもので、自作をどこか一か所にまとめておきたいと思って、ここにも上げることにしました。
題材となった絵を見てみたいと思われた方は、エブリスタの方をご覧ください。
https://estar.jp/novels/25252089