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創作戦国(短編メイン)

出会いは勘違いから

作者: ariya

 山の中一人の旅の男が歩いている。その歩き方で男の足が不自由であるのは明白だった。右足を庇うようにひょこひょこと歩いている。そして、足だけでなく左目を布で覆っていた。

 背に背負う荷物の大半が書物であった。


 男の名前は山本勘助。


 元は吉野氏を祖と持つ駿河の豪族山本家の出であった。それから大林家へ養嗣子として育たれた。しかし、廃嫡され、今は諸国を行脚して、情報を売る情報屋として生きている。


「もうすぐ、甲斐の国だよ。あぐり」


 木々に向かって勘助は言う。さっと木々から影が飛んできて、勘助の目の前に一人の女が現れた。二十代の女性だが、くりくりした瞳と若々しい表情によって実年齢よりも若く見える。その表情は困ったように眉間に皺を寄せている。

「兄上、私は草ですよ。何度も言いますが、人がいない山の中だからってあまり声をかけるものじゃないです。」

「そう? でも、あぐりは草じゃなくて妹だからついつい声をかけちゃうんだ」

 勘助はへらっと笑って、あぐりを困らせた。

 全くいつも飄々しているんだから兄上は。

 もうちょっと草の私の立場をわかってほしいものだ。

「甲斐にはね俺の遠縁の穴山家があるんだ。まぁ今回は遠縁の誼ってことで割安で情報を売る予定なんだ。」

「割安?」

「そう、割安。」

 あぐりははぁっと息をついた。

「大丈夫、稼ぎの9割はあぐりのだから」

 その情報の大体はあぐりの活躍によって収集されたものなので、勘助はいつも4:6くらいの割合で高い方をあぐりに渡す。

「別にそんなのいらないわよ。」

 あぐりは拗ねたようにつんとさせ、木々の中へ消えてしまった。

 勘助は苦笑いして、道を進める。

「甲斐はちょっとはましになっているかな・・・」

 この戦国時代、甲斐の国に君臨するのは武田信虎だった。信虎は一代で甲斐を統一した虎と恐れられる武将だった。

 勘助の言う穴山家は武田家に仕える武家である。


「うぅっ」


 道中、突然の呻き声が聞こえてきた。

 不審に思った勘助は呻き声のする木々の中を見詰めた。

「あぐり・・・」

 そういうとあぐりがしゅっと勘助の前に現れ説明する。

「あの向こうの木に怪我人がいるわ。すごい衰弱している」

 勘助はひょこひょこと木々の中へ入っていく。

「ちょっ。兄上っ。危ないわ。盗賊が潜んでいるかもしれないのに」

「大丈夫。俺はそう簡単にやられない」

 そう言いながらひょこひょこと歩く兄を見詰め、あぐりは不安に思い後を追う。


まぁ、確かに兄上は強いのだけど・・・


 あぐりは兄の無用心さに呆れ果てた。


 だから私がいるの。


 あぐりはそう自分に言い聞かせ、兄に従う。

木々の向こうにはあぐりの言ったとおり、怪我人がいた。三十代くらい男だ。男はひゅひゅと息を絶え絶えに、脇の傷の痛みに耐えた。


「おい、大丈夫か?」


 勘助が男に詰め寄る。勘助の姿を見た男はぎゃっと叫んだ。

「お、お助けを・・・私は何も持ってない、しがない農民です」

 男はびくびくと勘助に見逃して欲しいと願った。

 どうやら勘助を山賊か何かと勘違いしているのだろう。よくある勘違いなのだが、飄々している勘助でも傷つくことである。


「違う。俺は・・・っ!」


 男を落ち着かせようと説明しようとしたその時、遠くから矢が放たれる。その矢は見事に勘助を狙ったものであった。勘助はとっさに持っていた刀の柄でそれを払う。

「だれだっ」

 あぐりはさっと茂みの中に隠れる人影を襲う。

 彼女に捕まり、茂みから現れたのは若い青年だった。

「離せっ。無礼者っ」

 あぐりに組み敷かれた青年は地面に顎をつけながらも、ぎろっと勘助を睨みつけた。

「いや・・・無礼者は君の方だと思うんだけどな。」

 勘助は眉を寄せて青年に言った。

「黙れっ。この盗賊めっ。この者をどうしようとしてたんだっ」


 盗賊・・・


 この青年も勘助を盗賊と思い込んでいるようだ。

 どうやらこの怪我をしている男が勘助に襲われていると勘違いし、成敗しようとしたんだろう。

 同時に二度の勘違いを受けた勘助はがくっと項垂れた。

「ぎゃぁっ。やっぱり盗賊なんだっ。なんてこったい。ようやく逃げられたと思ったのにっ」

 怪我をした男はわぁわぁ喚き散らす。

「あのね、だから違うって。ほら、そんなに叫んだら脇の怪我に障るよ。」

 勘助がそういうといたたたと男は呻き、傷を抑えた。

「全く、ほら見せなよ。早く、綺麗に洗って手当てしないと・・・あぁ、結構深い傷だな、これは縫わないと。盗賊にでも襲われたか?」

「何言っているんだ、お前。」

 青年は呆れたように勘助を見詰めた。


 お前が盗賊じゃないのか?


 その眼がそう言っているようにみえた。

「だから違うって」

 勘助は荷物を下ろして、中から治療に必要なものを取り出した。

 水筒で男の傷を洗い、薬を塗る。それから、針と糸を出して。

「結構痛いかもだけどがんばってね。あぐり、暴れないように抑えて。」

「でも・・・」


 こいつどうするの?


 あぐりは下の青年を示して、聞いた。

「いいよ。何かもう襲わなそうだし・・・」

 勘助は青年の様子を見て、勘助が盗賊ではないのかもと考え出しているのを感じてそう言った。

 あぐりは青年を放し、怪我人の男を押さえつけた。

 勘助は申し訳なさそうに苦笑いして、傷を縫った。男はぐぅっと呻き、暴れようとしたが、あぐりがしっかり抑えているので、勘助はするすると綺麗に傷を縫えた。

「これでよし・・・と」

 あとは綺麗な布で巻く。

 そう考え、荷物を漁ったが丁度いい布が見当たらない。

「おい・・・」

 先ほどの青年が懐から白い布を取り出した。

「これを使え。大丈夫だ。まだ使ってないから」

 勘助はそれを見て、にっと笑って「ありがと」と受け取った。

 患部を布で巻いて、治療を終了させた。

「お前は医師か?」

 青年は勘助に尋ねた。

「違うよ・・・まぁ、これは経験から得た術って奴かな。伊達に長く生きてないもんで」

「本当に盗賊じゃないんだな」

「そうだよ」

青年はじっと勘助と怪我の男を見詰め、息を吐いた。

「誤解をして悪かった」

「ようやくわかってくれた? にしてもこの辺って盗賊が出るの? 甲斐も物騒だねぇ」

「違う。盗賊じゃない・・・」

 青年は苦しげに否定した。

「この男は年貢を納められず、それを理由に捕らえられ、殺されそうになったんだ。そして逃げた・・・」

「え?年貢を納めてないだけで殺されるの。甲斐は物騒だねぇ・・・」

 勘助はまじまじと青年を見詰めた。

 青年の姿は綺麗な直垂で、どこぞの良い家の武士のようだった。ひょっとしたら甲斐の役人だろうか。

「君はこの男を捕らえなおしに来たの?」

「違うっ」

 青年はまた否定する。

「私はこの男がうまく逃げられたか確認するために後を追ったんだ。するとお前がこの男を襲う盗賊だと思った・・」

「ふぅん」

「お前は旅人か・・・」

「あぁ、山本勘助という。こっちは妹のあぐり。情報屋をしている。あ、そうだ。穴山家って知っているよね。良かったら案内してくれない?」

「情報屋・・・か。左眼はどうした。あと右足も・・・よく見たら怪我をしているようだ。戦にでもやられたのか?」

 青年は興味津々に尋ねた。勘助はまた苦笑いした。

「いや、これらは昔の古傷がもとで不自由になっただけのこと。もう痛みはない。」

「そうか・・・苦労したんだな。そんな容貌をしていたから盗賊と勘違いして本当に悪かった。」

 青年は懐から巾着を取り出して、中から何かを取り出して、勘助に手渡した。

「?」

 よく見るとそれは金だった。小粒だったが、これくらいの大きさのはかなりの値打ちものになるだろう。

「先ほどのわびだ。私はあいにく仕事があって、案内ができない。」

 すまない。

「いや、いいよ。誤解が解けただけで十分だ。」

 勘助は返そうとするが青年は拒んだ。

「わびついでの駄賃だと思って欲しい。その男を武田の手が届かないところへ逃がして欲しい。」

「これは随分とこの男に親切だね・・・縁者か?」

 青年は首を横に振った。

「これは罪滅ぼしだ。父の暴虐を止められない不甲斐ない私の」

 青年は自嘲とも取れる笑みをし、勘助は目を丸くして青年を見詰めた。

「まさか・・・武田家の・・・」

「あぁ、私は武田晴信という」

 勘助は絶句した。あぐりも口を大きく開けて、晴信を見詰めた。

 晴信というのはあの晴信だろう。

 勘助は記憶の中を探り、この青年が武田家の嫡男だと認識した。

「驚かれるか・・・それだけ私が武田家の跡目に相応しくないということだ」

「いや・・そうじゃなくて」

 勘助はどういっていいのか迷った。

 普段は飄々してる勘助だが、さすがに今まで国を統治する武家の跡目がこんな供も連れず、農民のためにどこの素性とも知れない男に金子をやるなんて見たことも聞いたこともない。

 それを説明しようと思ったが、口にするのは失礼にあたるのではとためらった。

「ああ、気にするな。私も自分が家督を継げるとは思っていない」

 勘助は首を傾げた。


 どういう意味だ?


 そういえば集めた情報によると武田家の当主信虎は長男の晴信よりも次男の方をことさら可愛がっているという。そして、次男を跡目にしたいために晴信を疎ましく思っているという噂もある。それが真実かどうか知らないが・・・


 そのことを言っているのだろうか?


「山本勘助といったな。この者を頼む。穴山家には案内できないが、お前がいずれ訪ねることを話しておこう。」

「そうしてくれるとちょっとありがたいです。」

 晴信は笑った。

「またな。山本・・・」

 晴信は木々の中へ消え、その場を去った。

「ねぇ兄上・・・さっきの人、本当に武田の嫡男だと思う?」

「じゃない?そう簡単に金子をほいほい渡せる若者なんてそういないよ。」

 勘助はじっと金子を見詰めていた。


 武田・・・晴信ねぇ・・・。


 まさかこの男が俺の人生に深く関わることになろうとは思いもよらなかった。


(終わり)

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