世界樹の見守る街
それからティナとエアが握手を交わすと、しばらく会話はなかった。
がたがたじゃりじゃりという音だけを聞きながら外の景色を眺める。
やがて握手騒動のほとぼりも覚めようかという頃、ティナが外を指差しながら声をあげた。
「あっ、見てみてジン君。あの蛇ってモンスターなのかな?」
そう言われて見てみると、馬車の進路から少し離れたところに通常よりもあまりに大きすぎる蛇がいた。
「スキャン」をするまでもない、あれはジャイアントスネークというモンスターの一種だろう。
「だと思うぜ。ジャイアントスネークっつーやつだな。強力な毒を持ってるから、もし戦うことになったら、あらかじめどくけしそうをちゃんと持ってるかたしかめなきゃだめだぞ」
「わかりました、たいちょー!」
びしっと敬礼のポーズをするティナエル。
ちなみに、馬車の通り道をモンスターがうろついていても基本は無視で、馬や客に危害が及びそうになった場合のみ用心棒か運転手が対応する。
馬車には基本ギルドに依頼して雇った用心棒が同乗するか、そうでない場合は運転手がめちゃめちゃ強いそうだ。
つまり今乗っている馬車の運転手はめちゃめちゃ強いということになる。
……というのはラッドやロザリアから仕入れておいた知識。
ともあれ、そんな他愛のない会話のおかげで緊張もとけてきた。
気付けばトチュウノ町を出発した時よりも自然に振る舞えている気がする。
これならエルフの里では楽しく過ごせそうだ。
それからいくつ目かの休憩所的なところで、飯を食うことになった。出発時になったら運転手が声をかけてくれるらしい。
休憩所は人が住む家と似たような大きさの小屋がぽつんとあり、それ以外には馬車を停めるための場所が広がっているだけだ。
馬車の停車スペースには「敷地内での野営禁止」などの看板が立っている。
何でもトチュウノ町からエルフの里までは本当に何もないので、こういった食事処を兼ねた休憩所がたくさんあるらしい。
俺たちが乗って来たものの他にもいくつか馬車が停まっているけど、そんなに数は多くない。
小屋に入ると、軽快なベルの音が出迎えてくれた。
肉の焼ける匂いが鼻をくすぐって食欲をかきたててくる。
他の客もちらほらいて、店内はそこそこに賑わっていた。
「ふむ。なかなかうまそうな匂いだな、楽しみだ」
別に何もいってないのに自然とついてきたエアがそうつぶやく。
まあ同じ馬車に乗っといて別に飯食うのもそれはそれで不自然だからいいけど。
適当に空いたテーブルについて座り、メニューを眺める。
ちなみに俺の正面にティナ、向かいにエアという席順だ。
ふとメニューを眺めていたエアが顔をあげて口を開いた。
「ティナはどんな食べ物が好みなんだ?」
「えっ私ですか? アップルパイとか、甘いものは大体好きですけど……」
「そうか奇遇だな。私もだ。よければ今度甘いものについて熱く語り合おう」
いやだから何でこいつぐいぐい来るんだよ。
まさか……と思い、繋ぎっぱなしの心の声で語りかける。
(おい、お前まさかティナを狙ってんのか?)
(何を言っている、そんなわけがないだろう)
(それにしてはやけに積極的じゃねえか)
メニューは二人分しかなく、今はエアとティナがそれぞれ眺めている。
俺は手持ちぶさたであちこち見渡すフリをしながら、時折メニュー越しにエアと視線を合わせていた。
(逆にボロが出ることを臆して一切口を開かないのも不自然だという判断だが)
言われてみればそれも一理ある、のか……?
(いやいや、それでも今度熱く語り合おう、までいく必要はないだろ)
(何だ案外細かいやつだな。そもそも俺がぐいぐいいったところでどうだというのだ。お前は好きかも知れないがまだ付き合っているわけでもないだろう)
(うっ……そりゃ、そうだな)
(まあ、今のは少し意地の悪い言い方ではあったがそういうわけではないから安心しろ。私にはすでに心に決めた人がいるのでな)
(そうか、そういえばお前がモテるっての忘れてたわ)
(別にそういうわけでもないが)
要は女の子と会話をすることに慣れてるエアにとって、ティナとの会話はあくまでコミュニケーションの一環ってとこなのか。
そんなやり取りを交わしているうちに、ティナが注文するものを決めたらしい。
「私は決めたからもういいよ。はいっ」
「さんきゅ」
差し出されたメニューを受け取って眺めた。
さして悩むこともなく決まり、すぐに料理を注文していく。
料理が届くのにあまり時間はかからなかった。
それぞれの手に料理が渡るとエアとの出会いに一応の乾杯をする。
その後は俺の文句を受け入れてくれたのか、そこまでエアがティナにぐいぐいいくということもなく、平和に飯の時間は過ぎていく。
飯が食い終わる頃にはちょうど馬の休憩やらも終わったらしく、出発の準備が整っていた。
またさっきまでと同じ席どりで馬車に乗り込むと、ほどなくして出発した。
特にトラブルもなく馬車の旅は進み、やがて陽が傾いて空が茜色に染まる頃。
外のある一点を指差しながらエアが口を開く。
「あれがエルフの里フォースだ」
その指が示す方向には、遠目からでも見える程の巨大な木があった。
世界樹。これまで見たこともない大きさに、なるほどたしかにご神体と崇めるやつもいるのかもしれないと感心してしまう。
「フォース……世界樹……」
そのつぶやきに振り向くと、ティナも世界樹に魅入られていた。
脇目もふらずに、ぐんぐん近づいてくる巨木にじっと視線を向けている。
そしてハッと我に返るとこちらを向いて、俺の肩を叩きながら口を開く。
「ねえねえ、フォースに着いたら世界樹を見にいってみようよ!」
「そんなに焦らなくても、俺たちはどっちにしろ見に行かなきゃいけないだろ。日が暮れるから、今日のところは着いたらすぐに宿屋行きだ」
テンションの上がっているティナに、思わず微笑をこぼしながらそう言ってしまった。
するとティナは恥ずかしそうに俯いて、
「そ、そっか。そうだよね」
と言うと、それからフォースに着くまでは口を開かなかった。
フォースの馬車乗り場に着くと、運転手に別れを告げて宿を探す。
到着したら一度長老の家を訪ねろと言われていた。
そうすれば案内役の人やらなにやらが色々と教えてくれる手はずになっていたんだけど、それは明日だ。
運転手から聞いた話だと、入り口から入ってすぐに宿屋があるらしい。
言われた通りに入り口付近を歩きながらきょろきょろしていると、やがてとてつもなく見覚えのある宿屋を発見した。
高級過ぎず、ボロ過ぎず。
ほどよく冒険者に優しそうな外観に、俺とティナは思わず顔を見合わせた。
ティナはにやつきながら口に手をあて、もう片方の手で建物を指差す。
「どうした、疲れたので早く休みたいのだが」
「悪い悪い、ちょっとな。じゃあ入るか」
急かすエアに片手をあげて応じる。ていうかこいつも同じ宿に泊まるのか。
ドアをあげると、案の定聞きなれた声が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「お姉さん、こんばんはっ」
とててて、とカウンターまで走りよっていくティナ。
俺とエアはその様子を後ろで静かに見守っている。
「あら、どこかでお会いしたかしら?」
「ツギノ町とミツメと、トチュウノ町で妹さんにお世話になりました!」
「あらあら、元気一杯なお嬢さんね」
こういうことだよ、とカウンターを指差しながらエアを見た。
だけどエアは無表情でこちらを一瞥しただけなので、理解できたかどうかはわからない。
そんなエアを尻目に俺もカウンターに歩み寄って行った。
すると、お姉さんはいつものあの台詞を口にする。
「旅人の宿屋へようこそ。今日はこちらにお泊りかしら?」




