ドクドクキノコでひと騒動
ミツメを出て街道を歩いて行く。
トチュウノ町方面へと向かう人影はそんなに多くはなく、逆にこちらに向かってくるそれはもっと少ない。
街道の左右には草花の絨毯が敷かれた一帯に樹々が点在し、その奥に林が広がるといった風景が続いていく。
照りつける陽光が眩しく、穏やかな風が緑の匂いを運んでくれている。
トチュウノ町までは馬車が通っているので乗って行ってもよかったんだけど、ティナが少しでもラッドたちと一緒にいたいというので歩いていくことにした。
少しだけ前を歩いて先頭を切るティナの足取りは軽い。時折鼻歌なんかも交えながらスキップ気味に歩いている。
完全に遠足気分のティナ……いいな。
ほっこりしていると、突然ティナが振り返って言った。
「ねえねえ、エルフの里ってどんなところなのかな?」
「ん、悪いけど俺は行ったことねえんだ。お前らは?」
これは本当だ。ミツメ周辺と南方面一帯は俺の担当区域だったものの、さすがにエルフの里は周辺、というには離れすぎている。
先日のアッチノ山でも行ったことがないくらいだ。
後ろを振り向くと、ラッドがふっとため息をついてからドヤ顔になった。
どうやら行ったことがあるらしい。
「観光がてら訪れたことがあるんだがね、何のことはない。素朴な村だったよ」
「エルフは自然との調和を大事にしていますから。ちょっと不便で鬱陶しくて二度と行きたくはないのですが、とってもいいところですわよ」
「全然いいところに聞こえねえな」
上品な微笑みを口元に湛えて言うロザリアの補足が辛辣過ぎて、どんだけ嫌な思いをしたんだろうかと考えてしまう。
まあ早い話がド田舎ってことなんだろうか。
そんな風に考えていると、ティナが突然声をあげた。
「あっ、モンスターだ! よ~し!」
視線の先にはビックリツリーという、木に目と口を描いたようなモンスターがいる。
ミツメ周辺では強い部類のモンスターに入るうえ、普段は木に擬態しているのでレベルの低い冒険者が危険な目に遭うことが多い。
ティナははがねのつるぎとはがねのたてを構えながら走り寄っていく。
近づくにつれて向こうもティナに気付いたらしく戦闘態勢にはいった。
俺たちもゆっくりと後を追って万が一の時に備えてスタンバイ。
先制攻撃はティナ。袈裟斬りの軌道ではがねのつるぎが振り下ろされる。
攻撃はかなり有効だったらしく、相手が怯んだ。
さらにティナが一歩前進したところで、ビックリツリーが腕代わりの枝を鞭のようにしならせてふってきた。
それをはがねのたてでうまく受け止めると、さらに一撃を叩きこむ。
モンスターが悲鳴をあげながら光の粒子に変わっていった。
歩み寄り、勝利した直後の背中に声をかける。
「ビックリツリーも二発か、ティナはどんどん強くなるな」
「まだまだだよっ、もっと強くならなきゃ」
褒めたらドヤ顔のパターンかと思ったのに違った。
勇者として認められて以来、ティナはまたいつものちょっと張り切りすぎるくせが出ている。
別にそれ自体は悪いことじゃないけど、焦り過ぎてドジを踏んだりしないか見てて心配になるんだよな。
「張り切るのもいいけどよ、ここから先はティナが遭遇したことのないようなモンスターも出るんだ。慎重にいくことも忘れんなよ」
「うん、わかってる!」
そう返事をしてくれた瞬間、ティナの燃え盛る瞳がまた何かを捉えたらしい。
「あっ、またモンスターだ!」
「ん? ……あっ、おい!」
駆け出したその先にはきのこの形をしたモンスター、ドクドクキノコが待ち構えていた。
大きさはほぼティナと同じくらいで、ステータスもさして高くはない。
だけどこいつには一つだけ注意しなければならない点がある。それは、毒を吐くということだ。
ドクドクキノコと初めて遭遇するはずのティナは知らないだろう。
「ティナちゃんそのモンスターは毒を……」
ロザリアが注意をしようとしたのもむなしく、モンスターはよりにもよって初手から毒を吐いてきた。
「きゃあっ!」
「ティナちゃん!」
ティナはドクドクキノコの口から放たれた毒霧を顔に受けてよろけると、そのまま後ろに倒れ込んだ。
あの息自体にダメージとかはないはずだから、突然のことに驚いて足を取られた形だろうか。
「エレメンタルブルーフレイム!………………………ファイア」
ラッドがただのファイアで応戦してモンスターを怯ませると、そのまま近付いて鞘から剣を引き抜き、斬りかかった。
ロザリアも杖を取り出すとラッドの少し斜め後ろで支援魔法の準備に入る。
その隙に俺はティナの側に走り寄り、屈んで顔を覗き込んだ。
可愛い。いやちげえだろジンばかやろぉ!
顔色が悪く息も荒い。「毒」の状態異常にかかっていると見て間違いないな。
ティナはうめきながらも俺の顔に向かって震える手を伸ばしてきた。
俺はその手をつか、つか、掴めるかばかやろぉ!
脳内で己との死闘を繰り広げていると、ティナが口を開く。
「ジン君。もし私が死んだら、骨は実家の裏の山に」
「ハジメ村の近くに山なんてあったか?」
よくわからんけど、この前アッチノ山の頂上で三人がやってた茶番を再現したのかもしれない。
まああれはそういう遊びだと勘違いしたティナによって茶番っぽくなってただけで、ロザリアは本当に死にかけてたんだけどな。
台詞を口した後、ティナの身体から力が抜けて腕もぽとりと地面に落ちた。
もちろん毒だけで死ぬなんてことは早々ないので芝居だろう。
ちょっと天然でお茶目なティナ……いいな。
いやいや、ほっこりしてる場合じゃない。
こうしている間にもティナのHPがじわじわと減り続けているのは事実だ。
そこまで確認すると、ちょうど戦闘が終わったらしくラッドとロザリアも側にきて屈みながらティナの顔を覗き込んできた。
俺はロザリアの方を見て口を開く。
「『毒』だ。ロザリア、キュアを頼む」
するとなぜかロザリアは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「使えませんわ」
「何でだよ」
キュア、というのは毒や麻痺などの状態異常を回復する初歩的な回復魔法のうちの一つだ。
回復を得手とする者ならまず誰でも習得しているはずだし、消費MPも少ないから使えない状況を想定する方が難しい。
だけどロザリアの口から放たれた言葉は予想外のものだった。
「もうMPが足りませんの」
「んなわけないだろ。いつも回復魔法も支援魔法もバンバン使ってくれるじゃねえか。これぐらいでMPがきれ」
「実は、わたくしの最大MPは5しかないのですわ」
「何言ってんだお前」
ロザリアが大真面目にまるで訳の分からないことを言いだす。説明するまでもなくこれはどう考えても嘘だ。
一体何がしたいのかわからずに困惑していると、ラッドがすごい勢いでまくし立ててきた。
「今はそんなことはどうでもいいだろう! ジン、ロザリアがキュアを使えないのだから、君がどくけしそうを直接! その手で! 食べさせてあげるしかない!」
「そ、そりゃそうかもしんねえけど」
想像しただけでもめっちゃ恥ずかしい……。
とりあえずどくけしそうを取り出して手に持ったものの、俺の身体は固まったままで動いてくれそうになかった。
全身から汗が噴き出ていて、顔が熱いのも陽射しのせいなんかじゃない。
そりゃあ最初出会った時にティナにやくそうを食べさせたことはあるけど、あれは緊急事態だから何とかなったわけで。
いや今も緊急事態といえばそうなのか? でもな。
考え込んでいると、ラッドの急かす声で意識を引き戻された。
「さあジン早く! さあさあ! ティナを見殺しにする気かい!?」
「ごめんなさい力になれなくて。だから今はジン君だけが頼りなのですわ!」
何で俺がどくけしそうを食べさせる役に決定してんだよ。
しょうがねえ。俺は観念して空いた方の手でティナの頭を起こした。
すると瞑目したままのティナの顔が、耳まで赤くなっていることに気付く。
そりゃティナもこんな茶番に付き合わされて恥ずかしいよな。よくわからんけど早く終わらせてあげよう。
このままじゃ危ないってことも事実だし……よし。
「ティナ、今からどくけしそうを食べさせてやるから頑張れよ」
声をかけると、唾を飲み込んでからゆっくりとどくけしそうを口に当てた。
唇が艶めかしく動いてどくけしそうが入るための道を空ける。
何だかすごくいけないことをしているような気分になってきたぞ。
身体は熱に浮かされたかのようにふわふわとしている。
確保された道にどくけしそうを入れていくと、ティナの身体が少しだけ動いた。
どくけしそうが入りきり唇に触れる直前で指を離す。
するとティナはもごもごと咀嚼をし始め、間もなくごくんと飲み込んだ。
それからぱちっと目を開けるとティナは俺とは目を合わさずに、
「あ、ありがとうジン君それじゃあ私先に行くから!」
そう投げ捨てるように言ってから走り去って行く。
ラッドが肩をすくめて「やれやれ……」と言っているのを尻目に、俺も声をかけながらティナの後を追った。




