スラム街をかける少女
「オブザーバーズの副隊長? そんな偉いやつが何で」
「そんな偉いやつだからだよ。ま、とりあえず座ろうぜ」
握手を交わした後に促されて席に着くと、グレイスもそうした。
俺が座ったのはグレイスとエアの間の席だ。
全員が落ち着いたのを確認してからエアが喋り出す。
「連絡役の精霊は随時入れ替えが行われるのだが、勇者と魔王が存在してシナリオが進行している今は我が副隊長殿が在任しているというわけだな。王都ミツメはしばらく勇者の拠点となる事が予想されるので、平の隊員では荷が重いのだ」
「ま、そういう事だ。オブザーバーズがこの役目をやりゃ何かと都合もいいしな。こうして話をしてる最中も、専用スキルで部屋の周りに誰かいないかすぐにわかるから警戒も楽だ」
がっはっは、とグレイスは豪快に笑う。
俺は視線をエアに向けて腕を組みながら問い掛けた。
「それで、何でお前までここに居るんだ?」
「いてはいけないのか」
「違えよ。今までずっと出て来なかったから、何か顔を見せたくない理由があんのかなって勝手に思ってただけだ」
するとエアはそこで肩をすくめ、ため息を吐いた。
「たしかに、あまり外に出る事自体好きではないな。今日も人混みの中を歩くだけで酔って吐きそうになったくらいだ」
「ただの引きこもりじゃねえか」
「それに、そろそろ一度くらい顔を合わせてもいいだろうと思ってな」
「言えてる」
会話が一区切りを迎えて場を一時の静寂が包む。
そこで俺たちを穏やかな表情で見守っていたグレイスが口を開いた。
「で、今日はどんな用件なんだ? ジン。お前からここに来たんだ、顔合わせだけって事はねえだろ?」
「テイマーズ所属のセイラとノエルってやつらを呼び出して欲しい」
「そいつらなら知ってる。お前と仲がいいってんでゼウス様が伝言役やら何やらを任せてるんだったな」
「ああ。色々と聞きたい事もあるし、ティナと会わせてやりたいってのもある」
勇者やイベントについて聞くだけならここにいる二人で事は足りる。
だけどティナが二人に会いたがっていたからな。
グレイスが豪快な笑みを口元に湛えたまま答えた。
「了解だ。だが今回はエアが行ってみるってのはどうだ? 今の内に顔を合わせといて損はしない相手だろ」
このタイミングで話を振られるとは思ってなかったのだろう。
エアは一瞬鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてから口を開いた。
「私にはここでジンや勇者の様子を見るという任務がありますが」
「一時的に俺が引き受けてやる。そもそもちょっと天界に行って帰って来るだけだしそんなに時間もかかんねえだろ」
どうやってセイラとノエルを見付けるかにもよると思うけど。
グレイスの言葉に、エアは少しだけ悩んだ仕草を見せてから頷いた。
「わかりました。では今すぐに行って来ます」
「おう」
「悪いな。頼んだぜ」
仮にも俺が頼んだ事なので礼だけは言っておく。
だけどエアは立ち上がってからこちらを振り返ることもなく部屋を去った。
精霊が天界に帰る際には「ログアウト」というスキルを使う。
どこで使っても天界の中央広場に出るので場所は選ばない。
ただ、部屋から出て行くところを見せないと不自然だからそうしたんだろう。
ちなみに一応の追放扱いを受けている俺には「ログアウト」は使えない。
後には俺とグレイスが取り残される。
何となく何かを話した方がいい気がして口を開いた。
「あー、その、何だ。ゼウスのジジイは元気なのか?」
するとグレイスは一瞬目を丸くして固まった。
でも次の瞬間にはまた豪快な笑いを交えながら話始める。
「がっはっは! 噂には聞いちゃいたが、本当に友達みたいな感覚でゼウス様と接してんだな。いいねえ、神をも恐れぬモンスターテイマーズってとこか」
「別にそんなんじゃねえけど。小さい頃から技の練習台にしてたら何か仲良くなったし、いつも女の子のお尻の話とかしかしねえからさ」
「そうかそうか」
グレイスは腕を組んだまま穏やかな表情で目を瞑り何度かゆっくりと頷いた。
「あんたは怒ったりしないんだな。セイラとノエルにはいつもゼウスには敬語を使えとか何とか言われてるんだけど」
「ゼウス様が何も仰らないなら、俺から言うことも無いさ。それに、お前みたいな精霊だっていないと天界もつまんねえよ」
よくわからない事を言うやつだな。
グレイスは見た目に反して結構思慮深いのかもしれない。
面倒見のいい兄貴肌、というか親父肌? な印象を受ける。
伊達にオブザーバーズの副隊長はやっていない、か。
用は済んだしこれ以上居てもしょうがない。
立ち上がりながら礼を言った。
「とにかく今日は助かったぜ。ここにはちょこちょこ来るかもしれないけどよろしくな」
「おう。いつでも来い」
グレイスも立ち上がってこちらに歩み寄って来た。
そして握手を交わしてから部屋を後にし、そのままギルドを出た。
次はセイラとノエルと会うんだけど、それまでどうやって時間を潰すかを考えていなかった。
時刻は昼過ぎ。高く登った太陽が人々を見守るように、建物群で切り取られた空から顔を覗かせていた。
特に行く当てもなく街をぶらぶらとほっつき歩く。
ちゃんとした買い物ならティナと一緒の時にした方が楽しいし効率もいい。
どうすっかね、何か暇つぶしになる様な面白い店でもあればいいけど。
そう思いながら大通りを外れて細い路地に入って行く。
大通り程ではないとは言えそこそこの人がいる。
だけどまた一つ別の路地に入って大通りから離れる度に人は少なくなっていく。
それを繰り返していくと、やがてほとんど人のいない場所に出た。
日光があまり届いていないせいか、全体的にうす暗くて不気味な雰囲気だ。
建物は住居なのか店なのかよくわからないものばかり。
看板がかかっていても何のお店かわからないし、営業しているのかも怪しい。
この街にもこんな場所があるんだな……。
たまに路上に座り込んでいるやつもいるけど、怪しい雰囲気のやつばかりだ。
目に生気がなく着ている者もぼろくて清潔とは言い難い。
おまけに誰もがどこか恨めしそうにこちらを睨みつけて来る。
ティナといる時には絶対に来ちゃいけない感じの場所だ。
でも逆に面白い店とかありそうだし、もうちょっとうろついてみよう。
と、色々考えながら薄気味悪い場所を歩いていた時だった。
前方に小さな女の子が現れた。
別の路地から走って折れ曲がりこの路地に入って来た形だ。
その女の子は間違いなくここら一帯の住人じゃない。
まず、全体的に清潔で気品がある。
顔から下はローブで覆われているものの、そのローブが高そうだ。
破れている個所なんかも全くなくおろしたてといった雰囲気。
腰まで伸びる、ルビーのような少し紫がかった赤の髪には愛らしい花飾りが乗っている。
ぱっと見た印象で言えば「かなり大切にされている子供」って感じだ。
しかし何でローブを着てこんなところに?
それに切羽詰まった表情で息を切らしながらこちらに走って来てる。
ぼけーっと眺めていると、女の子はどんどんこちらに近付いて来た。
そして俺に気付くと短く叫ぶ。
「ちょっとそこのあなた、助けなさい!」
「はっ?」
えっ何こいつ。俺の知り合いか? しかも命令かよ。
記憶を探っている内に、女の子が出て来た路地から複数人の男が現れる。
どいつも柄が悪くて少なくともいいやつじゃなさそうだ。
見た目で人を判断するのは良くないといつか誰かが言っていた。
でもこの状況でこの男たちをいいやつだと考えるのはちょっと難しい。
どう考えてもこの女の子を追いかけて来ている。
女の子は俺の横を通り過ぎたかと思うと、そのまま後ろに回った。
俺を盾に使うような感じでしがみついて男たちを睨みつけている。
おいおいこいつまじかよ、俺も悪い奴だったらどうすんだよ。
まあ小さいしそこまで考える余裕もないだろう。かなり必死な形相だ。
男たちは俺の前で止まり、言葉をぶつけて来た。
「何だあ!? 兄ちゃん、この子の知り合いかぁ!?」
「は? 何お前ら。俺は別に……」
そう言いかけた次の瞬間、女の子は信じられない事を口走った。
「こっ、こいつはね、すごく強いんだから! あんたたちなんかけちょんけちょんにしちゃうわよ!」
いやいや、何言ってくれちゃってんのこのちびっこは!?




