ウォードの叫び
「くうっ、油断した。まさかあれ程の実力とは」
魔王軍幹部、デュラハンのウォードは相棒のチェンバレンと共に魔王城の廊下を歩いている。
ふらつく足元とぼろぼろの身体がジンのパンチの重さを物語っていた。
「チェンバレン、お前は何ともなかったか?」
「ブルヒヒヒィン」
ウォードの問いに、黒馬は勢いよく鳴いて答えた。
「そうかそうか。ならいいんだ」
頷きながらそうは言うものの、別にウォードは馬の言葉がわかるわけではない。
何となく雰囲気で察しているだけである。
実際には「あの精霊、中々いいやつだったぜ」と言っているのだが。
微妙にコミュニケーションが取れていないウォードであった。
「ただいマンドラゴラ」
「ブルルッ」
自室に戻って来ると、ウォードはまずチェンバレンの身体を洗った。
仮にも幹部なので割り当てられている部屋はそこそこに広い。
藁を敷き詰めたがスペースあって、そこが馬の寝床になっている様だ。
ウォードはそこまでチェンバレンを連れて行った。
水をかけ、ブラシでしっかりこすって汚れを落としていく。
鞍があった部分や汗のたまりやすい場所などを重点的に洗うらしい。
「どうだチェンバレン。気持ちいいか?」
「ブルルッ!」
「そうかそうか」
ブラシでこすりながらうんうんと頷くウォード。
実際には「もっと気合入れろや」と言われているのだが。
知らぬが仏とはよく言ったものである。
一通りチェンバレンを洗い終えると、ウォードは風呂に入った。
それから睡眠を取る。
「おやすみチェンバレン」
「ブルルッ」
黒馬同様自身もベッドに横たわり目を瞑る。
疲れていた為かすぐに意識が消えていくウォードであった。
目が覚めると窓の外は明るい。
城に戻って来たのは夜遅くだったので一晩中眠っていた事になる。
ベッドから降りて伸びをすると、ウォードは馬に挨拶をした。
「おはようチェンバレン。よく眠れたかい?」
「ブルヒヒィン」
「そうかそうか」
馬の頭を撫でながら満足げなウォード。
チェンバレンは「まあな」と言っている。
今度はちゃんと意思疎通が取れている様だ。
チェンバレンの餌を用意してから自分の食事にありつく。
テーブルに向かって座るとウォードは行儀よく朝食をいただいた。
そして「こおりのませき」という結晶を使った箱を開ける。
これは冷気を放つ魔石を利用した簡易型の食料保存庫だ。
魔石とは魔力の込められた石の事である。
貴重であるため、人間では貴族や王族の間でしか利用されていない。
ただ、モンスターにとって魔石が採れる火山や氷山といったエリアは縄張りの一つでしかない。
人間程魔石は貴重ではないというわけだ。
しかしその簡易型食料保存庫を開けたウォードが固まった。
次に身体をわなわなと震わせながらぽつりと呟く。
「プ、プリンが……ない」
膝から崩れ落ちたウォードは頭を抱えた。
あまりのショックに混乱する脳を必死に落ち着かせようと努める。
そして考えた。
どうしてプリンがここに入っていないのか。
食後の楽しみに取っておいたはずのプリンが。
ウォードの脳内に、今までのプリンと過ごした思い出が溢れ始めた。
もはや何故かを追求する余裕はない。
ただそこに無い事を嘆くのみである。
ウォードはプリンの為に生きていると言っても過言ではなかった。
あれを食べる事が最上の楽しみだというのに、これでは死んだも同然だ。
ウォードは立ち上がり、ふらふらと自室から出て行く。
チェンバレンはあまり興味が無いらしく、主人にはついて行かずに藁ベッドに横たわったままだ。
おぼつかない足取りで廊下を歩いて魔王の部屋を目指す。
この悲しみを誰かと共有したいのだろう。
友達の少ないウォードがこういった時に真っ先に頼るのは魔王なのだ。
心の友と言えばチェンバレンだが、言葉が通じないのでこういった時には残念ながら役不足らしい。
もちろんそんな事は口には出さないウォードである。
昼にも関わらず魔王城の廊下は薄暗い。
絶望の淵から這い出た様な闇が辺り一面を包み込んでいて、それを完全に払うには点在する松明の灯りなどでは全くもって足りない。
いくつかの松明を通り過ぎるとようやく魔王の部屋にたどり着いた。
扉をノックして誰何の声に答えるとドアを開けて中に入る。
部屋に足を踏み入れると同時に叫んだ。
「魔王様ぁ! 聞いて下さ……」
しかし次の瞬間ウォードは言葉を失った。
こちらを振り向いた魔王の口元に付着したキャラメルソース。
まだ手に持ったままのカップの中に残る「彼」の残滓。
「ああ……あ……」
魔王軍幹部のデュラハンはよろよろと魔王の元に歩み寄っていく。
膝から崩れ落ちてくんくんと鼻腔に匂いをかき集めた。
するとわずかに残った「彼」の残り香がウォードを刺激する。
「どうした? ていうか何の用で来たんだ?」
魔王の声ももはや耳には入っていない。
ウォードの身に纏われた悲しみは既に怒りへと変貌を遂げている。
激情に揺り動かされた怪物と化したウォードは声をあげた。
「どうして……」
跪いた姿勢で両手をわなわなと震わせている。
もちろん震えているのは手だけではない。
全身も声も感情も。あらゆるものを震わせながらウォードは叫んだ。
「どうして俺のプリンを食べてるんですかああああぁぁぁぁ!!!!」
「えっ? あっ」
最初は何でそんなに怒ってんだコイツという表情をしていた魔王だが、事の重大さに気付いて焦り始める。
魔王はカップを置いてから手を合わせて言った。
「いや、お前そんなにこれ食べたかったの? 悪かった悪かった」
「『ガトリングブロー』!!」
ウォードのこうげき。ガトリングブロー!
魔王にちょっとのダメージ。
武闘家等が使う体技系スキル『ガトリングブロー』。
数秒の内に何十発と放たれる拳の弾丸が標的を蜂の巣に変える。
魔王は咄嗟に通常の「ぼうぎょ」でガードしたがそもそも「ゆうしゃのつるぎ」が無ければ魔王を倒す事は出来ない。
しかし激情に駆られた今のウォードにそんな事を気にする余裕はなかった。
あまり部屋で暴れられても困る魔王は説得を試みる。
「待て待て! プリンならまた買って来てやるから!」
「彼らには一つ一つ思い入れがあるんですよ! 魔王様の腹に入ってしまったプリンの替えはありません!」
「何を言っているのかわからないのだが!」
「そこまでよ」
突如二人のやり取りに女性の声が割り込む。
二人が同時に振り向くと、部屋の入り口には一人の女性が立っていた。
ピンクのロングヘアーからは二本の角が覗く。
背中からは小振りな翼が、お尻からは細長い尻尾が生えている。
どうやらサキュバスのようだが、シルエットだけでは仮装をした人間の子供と間違えてしまいそうだ。
その女性は部屋の中へと歩を進めながら口を開く。
「魔王様の元に遊びに来たら、まーたウォードが何かやってるじゃない。今度は何をやらかしてんのよ」
その顔を見た魔王は表情をわずかに緩める。
「おお、ファリスか。ちょっとこいつを止めてくれ」
「うるせえな、魔王様が俺のプリンを勝手に食べたんだよ」
魔王とウォードは双方とも視線をファリスと呼ばれたサキュバスに向けている。
ファリスは二人を見比べてから裁定を下す。
「それは魔王様が悪いわね。プリンを勝手に食べられたら私だって怒るわ」
「だろ!? しかも食後に食べようと大事に取っておいたやつだぞ!?」
「それは知らない」
するとウォードは両手を広げてやや大げさに抗議の意を示した。
「何でだよ! 何でわかってくれねえんだよ!」
「ていうか魔王様はどうやってウォードのプリンをゲットしたの?」
ファリスはウォードの叫びを全く意に介さずに問いかける。
すると魔王はぽりぽりと頬をかきながら答えた。
「いや、部屋に遊びに行ったら誰もいなくて。それで箱の中を覗いてみたらプリンがあるではないか」
「あるではないか、じゃないでしょ」
片手で顔を覆ってため息をつくファリス。
一方でウォードは全身を震わせながら手のひらを魔王に向けた。
その動きで何かを察したのか、魔王とファリスの顔に焦りの色が滲む。
「ちょ、ちょっとウォード!? 待ちなさいよ!」
「待て落ち着けっ! 話せばわか」
「『ハイエクスプロージョン』!!!!」
その日、魔王の居室を中心として魔王城の一部が爆散した。
復旧には数日を要し、しばらくの間魔王は作業に追われたという。




