エピローグ:勇者ティナの誕生
「あれはお母さんと妹にあげるために隠し持っておいた分だったんです」
「そうなんだ……辛かったね」
洞窟からの帰り道。もう涙は無いながらも沈んだ表情で女の子は語る。
今は、ティナが救出に向かう直前の悲鳴の理由を聞いていたところだ。
何でもみかん大好きなゴブリンリーダーに全てみかんを取り上げられてしまったらしい。
女の子を励まそうと、ティナが元気な声音を作って口を開いた。
「じゃあさ! 今からみかん採って帰ろうよ! ねっ、ジン君!」
「ああ。そうするか」
そうして俺たちはみかんを採りながら帰った。
基本はティナがモンスターを倒しつつ、たまに俺のところに寄って来てしまったやつははるか彼方にぶん投げてみる。
視界があまり良くない場所ならこの方法は結構使えるかも。
投げる瞬間さえ見られなければ、いつの間にか倒した様にも見えるし。
いやだめだな。投げられたやつごめん。
とにかくそうして俺たちが護衛している隙に、女の子にみかんを採ってもらう。
森から町への帰り道では、採り過ぎたみかんを少しだけ分けてもらって食べた。
談笑する女の子二人を眺めながらのんびりと歩く。
徐々に茜色に染まりゆく空を背景にしたティナの笑顔が眩しい。
いつまでもこんな楽しい時間が続けばいいって、そう思った。
やがて町に到着すると、その足で女の子を家まで送る。
母親と妹が出て来てお礼を言われてしまった。
「本当にありがとうございました」
涙ながらにそう言って腰を折る母親。
再会を喜び、顔をくしゃくしゃにして泣く姉妹。
ティナも思わずもらい泣きしそうになっていた。
家族の再会が一段落すると、妹の方がティナに駆け寄って抱きつく。
そして顔を上げてから元気よくお礼を言った。
「おねえちゃんありがとう!」
初めて会った時に流していた涙はもうどこにもない。
花が咲くような笑顔に、ティナも照れ笑いを浮かべている。
次に姉がティナの前まで歩み寄ってから口を開いた。
「決めました。私、冒険者になります。この町近辺のクエストをこなすだけの地味な活動になると思いますけど……強くなって、家族だけでも守れるようになりたいんです」
柔らかな笑みを口元に湛えながらも固い決意を語る。
ティナの手を両手で包み込むように握って、姉は言葉により一層の力を込める。
「あの時私を守ってくれた、ティナさんみたいに」
「そっ、そんな。私なんて全然……」
俯き頬を赤く染めるティナ。嬉し恥ずかしと言った感じだ。
俺はぽんとその肩に手を置いて言葉をかける。
「謙遜するなよ。この子を助けたのは、間違いなくティナなんだから」
「本当に。おとぎ話の勇者様みたいでした」
「二人ともありがとう」
まだ少し恥ずかしそうにしながらも笑顔でしっかりと返事をする。
そんなティナを皆もまた笑顔で見つめていた。
家族に見送られながら宿屋への帰路につく。
さすがに今日は疲れたので、部屋に戻るとすぐに寝た。
そして翌日。体力も回復して爽快な目覚めを迎える。
昨日は大活躍だったし、またお祝いをしてあげたいな。
今度は何がいいかな、飯がいいかな装備がいいかな。
そんな風に思索を巡らせていた時だった。
「あの、ジン君……」
何やら言いにくそうに、ティナがもじもじとこちらの顔色を窺っている。
相変わらず破壊力抜群の上目遣いだ。
崩壊しそうになる精神を何とか支えながら返事をした。
「おう、どうした?」
「その……実はね。ジン君に買ってもらったこんぼうなんだけどね、大きなゴブリンと戦った時に壊されちゃったの」
「なんだそんな事か。それじゃまた今日新しいのプレゼントするよ」
「ええっ!! そんなつもりで言ったんじゃないからいいよ……」
ぶんぶんと小さく激しく手を振って拒絶の意志を示して来る。
それが落ち着くと俯くティナ。何だか元気がない。
あのこんぼうを大切に思ってくれてたのは嬉しいけど、何だかな。
「ソフィア様のこんぼう、そんなに気に入ってたのか?」
「ううん。それもあるけど、ジン君に初めて買ってもらったものだったから」
「えっ?」
思わず俺は肉をフォークごとぽろりと落としてしまった。
これはプロポーズも同然なのでは……?
いや、待て落ち着け。最近になってわかった事がある。
物事には順序というものがあるんだ。
まだ付き合ってもいないのにプロポーズなんてされるわけがない。
つまりこれはただの告白だ。
少し長かったけど、これでようやく俺とティナも恋人同士か……。
感慨に浸っていると、ティナは慌てて言葉を取り繕い出した。
「あっ! 違うの! 初めて買ってもらったのにすぐ台無しにしちゃって、私ってだめだなあなんて思って! ソフィア様にも申し訳ないなぁなんて!」
何だそういう事か。ちょっと残念だけど、それなら話は早い。
肉を拾って食べながら返事をした。
「なるほどな。でもそう思えるくらい物を大切に出来るんなら大丈夫だろ。それと次からは壊しても申し訳なくないようにゼウス様のこんぼうにすればいい」
「ええっ……そんなのゼウス様に失礼だよ」
いやぁ、ティナみたいな女の子なら何でも許すと思うけど。
あいつ確か黒髪を結った子がタイプだからどストライクなはずだし。
もちろんそんな事は色んな意味で言えない。
「とにかく武器が無いと始まらないし、今日はこれから買い物に行くか」
「ふふ、昨日も防具屋に行ったばっかりなのにね」
飯を食い終わると、宿屋を出て武器屋へと向かう。
ティナが手に持って広げている地図で位置を確認しながら歩く。
ちなみに、地図にはまたしても宿屋のお姉さんに印を付けてもらった。
前回は女性向けのお店ばかりだったから聞き直した形だ。
さすがに慣れたツギノ町も、ティナと歩くのは変わらずに楽しいままだ。
だけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。
セイラやノエルが言ってたみたいに、王都ミツメならこちらから天界にいる知り合いに連絡を取る手段もあるしな。
やがて武器屋に到着。剣の意匠が施された看板を掲げた扉を開けて中に入る。
今回は棒系武器の専門店じゃないから品揃えの幅が広い。
ひのきのぼうやこんぼうはもちろんのこと、どうのつるぎなんかも置いてある。
ティナは、真っ先にこんぼうのコーナーに寄っていった。
その横に並んで、俺は一つの提案をしてみる。
「なあ、そろそろこんぼうじゃなくてどうのつるぎを買ってみたらどうだ?」
「どうのつるぎかぁ……私にはまだもったいなくない?」
顎に指を当てて、何かを思案しながらそう言って来るティナ。
俺は背中を押せる様な言葉を探して、やがて思い当たった。
「いやいや、絶対似合うと思うぜ。おとぎ話の勇者様みたいだったって、あの女の子も言ってただろ」
「ええっ……もう、からかわないでよ」
からかうつもりはなかったんだけど、少し怒らせてしまったらしい。
ティナは頬をぷくっと膨らませている。非常にいい。
でもその頬がほんのり赤く染まってる辺り、まんざらでもないのかも。
黙って様子を見守っていると、やがて意を決したような表情で顔をあげる。
それからティナは宣言した。
「うん、どうのつるぎ、買ってみようかな」
そう言って軽い足取りでカウンターに向かうティナ。
俺は剣が似合うようになったその背中を見送りながら思う。
きっと昨日、勇者ティナは本当に誕生したのだと。
これからも俺はこの最高に可愛い女勇者を支えていくのだと。
☆ ☆ ☆
どこか薄暗い建物の一室に、老神が立っていた。
色の抜けた長髪に無駄に蓄えた髭。
全ての神を統べる存在、最高神ゼウスである。
そして、ゼウスはその部屋の中で唯一光源の役割を果たしているものの前に立っていた。
まるで大時計を更に巨大化させた様な見た目のそれは、神秘的な光を放ってゼウスの姿を浮かび上がらせる。
老神は後ろで手を組みながら意味ありげにそれを見上げていた。
すると何者かがゼウスの背後から歩いてきて声をかける。
大柄で肩にかかるくらいにまで伸びた金髪を中央でわけていた。
顎髭がなければ性別がわからない程の端正かつ中性的な容貌だ。
「キースです。ゼウス様、お呼びでしょうか」
若干の間があった後、そちらをゆっくりと振り向く。
それから目を細めて老神が口を開いた。
「いや、別に呼んでおらんのじゃが……何しに来たんじゃ」
「失礼いたしました」
一礼をし、踵を返してあっさりと去っていく男に対してゼウスは首を傾げた。
気を取り直して光を放つ巨大な何かの方を振り向いて顔をあげる。
やがて、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「ようやくティナちゃんが勇者として目覚めたか……わしの願いが叶うにはまだ時間がかかりそうじゃが……」
一体老神の願いとは何なのか。
フォークロアーに何をもたらそうとしているのか。
それは神のみぞ……
「ヌッフッフ……ティナちゃんのお尻はワシのもんじゃ……」
…………。
これにて第一部は終了です!第二部予告です。
王都ミツメにやってきたジンとティナ。
そこで二人を待ち受けていたのは新たな出会いの数々と、勇者選定なるイベントだった。
そしてある日、ジンは路上で一人の少女を助けるが……。
新キャラも登場の第二部王都ミツメ編、近日スタート予定です。よろしくお願いしますm(__)m




