ハナレタ森へ
東口に向かって歩いているとエアからの通信が入る。
(こちらエアだ。聞こえるか?)
ちらと横にいるティナに目をやった。
決意を秘めた眼差しを遥か彼方に向けて歩いている。
何としても女の子を助けたいと思っているのだろう。
口数も少なくなっていて、今なら会話をしなくても不自然じゃなさそうだ。
俺は心の声に集中した。
(おう。どうした)
(今しがた発生したグランドクエストの達成条件は聞いているのか?)
(やっぱりあれがそうだったのか。聞いてないぜ)
(ゴブリンリーダーの討伐だ)
(じゃあそこだけは絶対にティナにやらせて俺は引っ込んどけって事か)
ゼウスからは過干渉をするなという伝言を受けている。
それはグランドクエストの達成条件に関わる部分に俺が触れると、さすがに見逃す事は出来ないという警告の意味合いもあった。
ちなみにゴブリンリーダーというのは、ゴブリンの中に稀に現れる、他よりも強い個体だ。
群れを率いて巣を作り、手下に命令をして動かす。
統率が取れている分、このリーダーが率いる群れというのはただのゴブリンたちよりも少しだけ厄介だったりする。
そうはいっても所詮はゴブリンなんだけど。
(そうだ。サポートをするにしても、手下のゴブリンを抑える程度にしておけ)
(ちっ、しょうがねえな。まあ消されちゃティナと一緒には居られねえし)
(私からは以上だ。また何かあれば連絡する)
(助かったぜ。お疲れさん)
ちょうど町を出るくらいのところで通信は途切れた。
東口を通過して街を離れていく。
草原地帯の真ん中を走る街道を歩きながら地図を広げた。
グランドクエストの舞台になるハナレタ森は、ツギノ町から東方向へ少しだけ離れたところにある。
森の中にもこの街道がずっと続いていて、普通に進んでいれば迷う事はない。
だけど一旦街道から離れてしまうと、途端に迷子や遭難の確率が高くなる。
それくらい入り組んでいるから適正範囲外モンスターが隠れている事も多く、俺も仕事で何度か来た事がある。
未だに「レーダー」がなけりゃモンスターを発見出来ないな、と思うくらいだ。
女の子を探すのは少し骨が折れるかもしれないな。
やがて町が小さく見えるくらいのところまで歩いた頃。
ティナは相変わらず気を張り過ぎているみたいだ。
その様子が何だか危なっかしくて、心配になって話しかけてみた。
「ティナ、気持ちはわかるけどあまり気を張り過ぎるなよ。まだレベルが低いうちは自分で出来る事と出来ない事の境界線をきちんと引かないと、ミイラ取りがミイラになっちまうぞ」
「うん、ありがとう。でも、あの女の子の涙を思い出す度にゴブリンが許せなくなっちゃって……。それに絶対お姉ちゃんを助けてもあげたいし」
やっぱり気を張るな、というのは今のティナには無理な相談らしい。
少し俯きがちになりながらもその拳は強く握られている。
だから、なるべくティナの気持ちが楽になるような言葉を探した。
「大丈夫だ。俺も手伝うから、お姉ちゃんはきっと助かる。だからティナ、無理だけはしないって約束してくれ」
「わかった。ありがとう、ジン君」
そう返事をしたティナは、少しだけ笑顔を見せてくれた。
いつもの笑顔を取り戻すためにも頑張ろう。
俺もティナとは別種の決意を秘めて歩き続けた。
ハナレタ森へと続く街道を行き交う人はそんなに多くない。
出てくるモンスターはほとんどがスライムでたまにゴブリン。
それも街道から離れなければ遭遇する事も少なかった。
しばらくするとようやくハナレタ森が見えて来る。
昼過ぎに出発したから、思ったよりも遅い時間帯になってしまった。
なるべく終わらせないと日が暮れてしまう。
いや待てよ……そうなったらティナと野営出来るんじゃないか?
星空を眺めながら寝転び、語り合い……。
突然現れたモンスターにティナが驚いて俺に抱きつく。
よし、わざと時間をかけよう。
そう心に決める内に森の入り口に差し掛かった。
入る前にティナの準備が出来ているか確認する。
「これから森に入るけど、準備はいいか?」
「ばっちりだよ」
やる気に満ち溢れた瞳でこんぼうとかわのたてを手に持つティナ。
その姿が何だか可愛くて、こんな時だけどほっこりしてしまった。
思っている事が顔に出ない様に無理やり気を引き締める。
「よし、行くぞ」
「はい!」
ティナの返事と共に、森の中へ突入した。
街道に沿っていれば迷う事はないし、そこまでモンスターも出ない。
たまに出るスライムなんかもうまくティナに倒してもらいながら進む。
今日は急ぎで出て来たからパーティーを組んでいない。
だから経験値稼ぎの名目で戦闘を任せられるのだ。
とはいえ、パーティーを組んでいても経験値の分配はモンスターのHPを削った割合や止めを刺したかどうかに応じて決まるらしいので、同じ事なんだけど。
そうして森の入り口から少し入ったところで、ティナが地図を確認する。
どうやら最初のみかん採集ポイントが近づいているらしい。
女の子のお姉ちゃんが連れ去られたのは、みかんの木がある場所。
だからみかんの木の近くを探してみようという作戦だ。
その間に俺は「レーダー」を発動してモンスターを探してみる。
当然ながら無数の反応があった。
これだけじゃまずゴブリンとそれ以外のモンスターの区別がつかない。
とりあえずみかんの木の近くまで行ってみるしかないか。
ティナが地図を見ながらある方角を指差して言った。
「こっちにみかんの木があるみたいだよ」
ずんずんと歩き出すティナ。
慌ててその後ろをついて行くと、程なくしてみかんの木を発見した。
一ヶ所に集中して何本か生えている。
……梢が普通のみかんの木よりも高い位置にあるな。
みかんの木ってのは確か子供でも実を採れるくらいに梢が低かったはずだ。
他を見てみても、この森のみかんの木はそれがかなり高い位置にある。
まあ、それは今は置いておこう。
辺りを見渡してみたもののゴブリンは見当たらない。
みかんの木の間を歩きながらティナが口を開く。
「う~ん、ここじゃないのかなぁ……」
「みかんの木の周りに必ずいるってわけじゃないのかもな」
「でも、ハジメ村はりんごの木の周りにゴブリンがいたんだよね」
「そう言われてみればそうだよな」
ハジメ村のゴブリンたちはりんごが好きで、りんごの木を守っていた。
だとするとこの森にみかん好きのゴブリンがいても不思議じゃない。
いや不思議ではあるけど、可能性として無くはない。
う~ん、わからん。とりあえず他の採集ポイントに行ってみるか……。
そう思って何となく「レーダー」を発動した時だった。
俺たちの近くにゴブリンが数匹いる。
近くとは言っても、精霊の視力でぎりぎり見える位置だ。
当然ながらティナは気付いていない。
そして「テレパシー」の射程範囲内だ。
「テレパシー」を発動する前にティナに声をかけておく。
「ティナ、俺はもうちょっとこっちを探してみる」
「わかった。じゃあ私はこっちを見てみるね」
「何かあったらすぐに呼んでくれよ」
「うん、ありがとう」
これで少しの間は一人になれる。
ティナから見えない位置に来たことを確認して「テレパシー」を発動。
さっき発見したゴブリンたちに話しかけてみた。
(おい、そこにいるお前ら!)
(えっ、えっ? なになに!?)
(ばっかお前こりゃ精霊さんの声だよ。俺も体験したのは初めてだけど)
(これが噂の!? 聞こえますかやっほ~!)
どうやら「テレパシー」初体験のゴブリンたちみたいだ。
テイマーズと接したのも初めてなのかもしれない。
まあ、ゴブリンだとテイマーズの存在を知ってはいても接した事はないというのが普通のはずだ。
俺は周囲を確認しながら心の声での会話を続けた。
(俺はモンスターテイマーズのジンだ。ちょっと聞きたい事がある)
(えっ、ジンってあのジンさんですか!?)
(どのジンさんかは知らないけど多分そうだ)
(サインください!)
(えっ、なになに? お前この精霊さんを知ってんの?)
(おいおい待て待て。今急いでるんだ、サインもまた今度してやるから)
(何でも聞いてください!)
(この森で女の子がゴブリンに連れ去られたと聞いた。何か知らないか?)
すると心の会話には少しの間が空いた。
ゴブリンたちが口頭で確認し合っているのかもしれない。
やがて、申し訳なさそうな声音が頭に響いて来る。
(すいません。僕らの方では何も……)
(じゃあみかん好きのゴブリンがいるとかって話はどうだ?)
(あ、それならあっちの方に住んでるグループのボスがそうだったような)
それを聞いた瞬間、思わず右手で小さくガッツポーズを取ってしまった。
これはかなり有力な手掛かりになりそうだ。
(そのグループが住んでる場所を教えて欲しい)
(それなら直接ご案内しますよ!)
(いや、気持ちはありがたいけど人間が側にいるんだ。だから口頭で教えてくれると助かる)
(う~んと、どういえばいいのかなぁ……)
そこでゴブリンは、拙い言葉ながらも懸命に説明をしてくれた。
聞き出した情報とティナの地図とを照らし合わせれば大分絞り込めるはず。
最後にお礼を言っておく。
(わかった! すげー助かったぜ、ありがとうな)
(いえいえお力になれたなら幸いです)
そこで通信を終えた。




