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女勇者が可愛すぎて、それだけで世界を救える気がしてきた。  作者: 偽モスコ先生
英雄たちの選択 後編 そして、世界の行く末は
202/207

死闘の果てに

「な、なんで……」


 地面に不時着したミカエルが何とか起き上がって片膝をつきながらつぶやいた。


「いや、俺も壊れた時はびっくりしたけど、あれだけ会話しててその間ずっと剣振り続けてたんだから当たり前の話じゃね?」

「そ、そう言われてみればそうかもしれませんね……」


 ミカエルはがっかり、といった様子でうなだれてしまう。

 ジンの攻撃力は非常に高く、ただの通常攻撃といえども一撃が必殺といえる威力を持っている。それを会話をしている間ずっと叩き込んでいたから、防壁の耐久値を超えてしまったのだろう、という話だ。

 大剣を持ったまま、特に構えるでもなく自然に無表情に歩み寄ってくるジンを見て、ミカエルは諦観の念をにじませつつ微笑しながら口を開く。


「正直、いくら相手がジン君といえども天使である私が負けるとは思っていませんでした。まったく、あなたという……いっ、いた! ちょっと、何をしているのですか! あいたっ!」


 ジンは無言でミカエルに斬撃を浴びせ始めた。


「いや、おばさん天使でステータス高いんだろ? ちゃんととどめを刺しとかないと復活するじゃん」

「わかった、わかりましたから! もうあなたが何をしようと止めませんから! だからやめっ……やめろ!!!!!!」


 とうとう我慢の限界に達したミカエルは、これまでほとんど変わらなかった顔を大いにゆがめて叫んだ。

 それを聞いたジンは、満足気に、いたずらが見付かった子供のように微笑む。


「わかりゃいいんだよ。じゃ、俺はもう行くから! またな、おばさん!」

「誰がおばさんですか!」


 挨拶を口にすると早々に踵を返して走り去るジンの背中に、ミカエルはお決まりの文句を飛ばした。

 そして、彼が走り去った方向を見ながら笑みを浮かべる。


「ふっ、まったくあの子は」


 戦いが終わった後の北地区には、ミカエルに家を破壊されたり燃やされたりした住民の悲鳴や怒号だけが響き渡っていた。


 それぞれの戦いに決着が着いた頃、某時計台の上にて。


「ジン君もティナちゃんも勝っちゃいましたね」

「ミカエルは負けるかもしれんとは思うておったが……まさかリッジまで負けるとは、これぞ無限の可能性というやつかの」

「ふふっ、わかってるじゃないですか」


 屋根から投げ出した足をぷらぷらとさせながら、ソフィアはとても上機嫌な様子を見せている。一方で、それぞれ相性のいい相手にぶつけたというのに、部下が二人共負けてしまったゼウスはばつが悪そうに頬を指でかいていた。

 まるでそんな老神をからかうかのようにソフィアは問い掛ける。


「どうします? 後はアカシックレコードを壊すだけになっちゃいましたよ?」

「それなんじゃがの……」


 煽られたところで老神は気分を害した様子がない。それどころか申し訳なさそうに俯いていて、頬には冷や汗が伝っている。

 不思議に思ったソフィアは、首を傾げながら尋ねた。


「どうしたのですか?」

「いや、その……今からでもジンとティナちゃんを止めることは出来んかの?」

「…………」


 言葉を聞いただけでは、往生際の悪いゼウスの悪あがきのようにも聞こえる。だが彼の様子から考えてそうではないようだ。どちらかといえば、二人のことを本気で心配しているような……。


「ゼウス、ここからアカシックレコードに至るまでの間に何が?」

「もちろん罠などは仕掛けてはおらん。じゃが何つうかの、その、アカシックレコードそのものが罠というか」

「…………」


 ゼウスが何を言いたいのかがわからず、ソフィアは真剣な表情で眉をわずかにひそめて思索を巡らせる。

 そう言えば、当初は地下室で待ち構えると予想されたゼウス達だが、何故こんなところに張り込んでいたのだろうか。見落としている情報はないか。ゼウスから聞いたアカシックレコードに関わる話に、何か。


「!!」


 そこで、聡明な女神は一つの可能性に思い当たった。鮮明な赤と蒼のオッドアイが大きく見開かれて宝石のように輝いている。


「まさか!」


 ソフィアは立ち上がると同時に屋根の上から飛び立った。ゼウスはその背中に慌てて声をかける。


「待てい、ソフィア!」


 ソフィアはその言葉が耳に届いている様子もなく、まっすぐに創世の神殿へと向かっていった。

 漆黒の翼から何本もの羽根が華麗に舞い落ち、ゼロの透き通るような空をわずかばかりに彩る。通常ならあまりいいイメージの浮かばない色である黒だが、ソフィアから落ちるそれは、不思議と民衆の気持ちに陰りを落とさない。


「わあ、きれ~い!」「何だろ」

「これ、あの神様から落ちて来てるみたいだよ」

「えっあれソフィア様じゃん!」「私、ソフィア様の羽根拾えちゃった!」


 ソフィアの心境など知る由もなく、幸運にも『切り札』モードを目の当たりに出来た民衆は、空を見上げながら大いに賑わっている。

 創世の神殿へは直線的に飛んでいけばそこまで遠くはない。二人の足の速さから考えて、急げば間に合うはず。

 しかし気付くのがわずかに遅かったか、ジンとティナは今正に神殿の中へと入っていくところだった。


「ジン君! ティナちゃん! 待って……」


 呼びかけも虚しく、二人の姿は消えてしまう。

 とはいえまだチャンスはある。ただ自分も一緒に中へと入ってしまえばいいだけの話だ。

 そう考えたソフィアは飛行の勢いそのままに神殿の中へと入ろうとするが。


「へぶっ!」


 入り口のところで見えない壁のようなものにぶつかり、ソフィアは女神にあるまじき声を発しながら、無様にずるずると地面にずり落ちた。


「???」


 涙目になり、先端が赤くなった鼻を押さえながらソフィアは混乱している。

 たった今、ジン君とティナちゃんが入っていくところはこの目で見た。たしかに見た。ということは、これは自分だけが通れないような結界……? そんなものが存在し得っ……。


 ソフィアはとっさに身体を起こし、身体をねじらせて後ろを振り返る。するとそこには、ちょうど女神を追いかけて来て着地をするゼウスの姿があった。


「ゼウス、こ、こりぇは」

「うむ。万が一にと思うての、お主だけを通れないようにしたわし特製の神聖魔法による結界じゃ。ばっちりじゃろ?」


 ぶつけた鼻が痛くてうまく喋ることの出来ないソフィアは、ゼウスの返事を聞いて涙目のままで顔をしかめる。


「どうふぃて私だけふぉ」

「他の者も通れないような条件を付加したら手間がかかるじゃろ? つまりめんどくさいじゃろ?」


 今のソフィアに、いちいち言葉を挟む気力はないらしい。


「何をやっふぇるんですか。は、はやふ解除してくだふぁい」

「それは出来ん」

「へ?」


 この期に及んで何を言っているのかと、ソフィアは間抜けな声を発した。


「交換条件じゃ。ソフィア、この際お主の尻でもいいから触らせてくれんか」


 どうやら何一つ欲望を叶えることが出来ず、自暴自棄になってしまったらしいゼウスは遂に禁じ手を繰り出した。暗黙の了解的な感じでこれまでソフィアには手を出さなかった彼だが、この際本当に何でもいいらしい。

 尻を狙われて不愉快なのと、ジンとティナが心配でそれどころじゃないと憤慨したソフィアは、途端に眉根を寄せて背中から黒いオーラを発し始めた。


「ゼウス、今はそんなことを言っている場合ではないでしょうっ……!」

「それはわかっておる。じゃが時には尻の方が大切なことも」

「ありません!」


 漆黒の翼を背負った女神はそう叫びながら立ち上がり、最高神と対峙すると改めて口を開いた。どこかの世界では堕天をも想起させると言われる翼がその存在を誇示するように広がる。


「さっきのは演技でしたが、今度は本気で戦わねばならないようですね」

「ふっ、素直に尻を差し出せばいいものを」


 ゼウスは軽口を叩きながら下卑た笑いを浮かべた。

 時計台の上でののどかな雰囲気はどこへやら、一転して神々の間を流れる空気は一触即発の様相を呈し始めている。

 近くを通りかかった精霊たちは本気の神々のただならぬ様子に悲鳴をあげ、直ちに避難を開始した。

 大地が、空気が揺れる。まるで百年や千年に一度の厄災が起こる前触れのように不吉な予感が周囲一帯を覆っていた。漂う魔力すらもひりついているようで、お互いを突き刺すかのような二柱の視線は何人もの介入を許さない。


「ゼウス、あなたとは分かち合える部分もあるとは思っていましたが」

「わしもじゃ。出会う場所が違えば、もっと仲良くなれたかもしれんの」

「それはないですね」


 あっさりと拒絶されたものの、ゼウスは大して気にはしていないようだ。

 二柱はお互いに手のひらを向け合い、戦闘の準備を整える。そしてソフィアが開始の合図のように口を開いた。


「最高神ゼウス。ここであなたを裁きます。覚悟はいいですね?」


 ここに、ソフィアのお尻を巡る戦いが幕を開けた――――。

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